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第159回『賢いクリエイターからは無視される話?!』

▼クリエイターは経済を主導できるだろうか?

「クリエイティブ経済」とか「クリエイティブ・クラスの世紀」など「クリエイティブ」に期待と注目が集まっています。しかし、こうした期待や時流がカタチとなり実勢を持ってくるには正直ムリ、大きなカベがあるのではないか、と思います。
このカベとは、思うに企業側に、さらには困ったことにクリエイティブを担うクリエイターやデザイナーなど当事者にあるようです。
企業にあるカベは、さておいて問題はクリエイティブに携わる人々の中にあるカベです。

▼カベ①   他人の異見を無視することが「価値」だと思っていないか?

 極論と言われることを覚悟で申し上げると、クリエイターもしくはデザイナーと称する人々のマインドは他人からの異見を聞かないことにその特性さらには姿勢の基盤があるように思います。
それは何故か?ひとつにはアーティストとの区別が、自覚されていないこと、アーティストと呼ばれことで「他人へのサービス意識が希薄になる」こと、さらには困ったことにはこうした仕事の価値は、他者と関わりを絶つことによって「世界を持つこと」そして「その世界を純粋に表現することだ」と確信しているふしがあることです。
この思い込みは、イコール不遜に繋がりがちで、ひいては他者の意見・意見は邪魔であるのではないでしょうか?

▼カベ② 初めに自分ありき!?

 例えば、プロダクトデザイナーであれ、コミュニケーションデザイナーであれ、彼らが仕事を遂行するに当たって、自身を無にして、どれくらい市場データを読み込んでいるでしょうか?また、それをデザインにどれくらい生かしているでしょうか?
多くはまず自分の思いが先にあって、手続き上、参考にする、場合によっては、修正の目安にする程度ではないでしょうか?また、周囲も彼らの独尊を暗黙に認める流れにあります。とくに感性の時代と言われた時期にはこうした傾向が強く感性とは何かを考えず感性のあると思われているクリエイターに丸投げをしていた、または口を挟むのがマネジメントを業とする者にとって処世の智恵でもあったと言えます。こうした風潮は未熟のガキクリエイターを増殖させ、彼らのやんちゃ即クリエイティブという状況も輩出したほどです。

▼カベ③ クリエイターは「違いが判っている?」

 クリエイターたちは、自分では違いを意識しているつもりでも、実は自身の発想自体が多くの人々と同質であるため、所詮感性の差やスキルの違いでしかなくなっているのです。
私が時折参加する会議でも、デザイナーたちは表現者として参加しています。彼らに期待されているのはインパクトや大衆受けですが、これには常々疑問を抱いてきています。確かに情報過多の時代だから目立つことは必要条件ですが、それは人々の行動を誘発してこそ意味がある筈です。
ある著名な広告評論家は、「広告はバナナのたたき売りの口上」と似ており、その口上の芸が、魅力となるとか言う意味合いを述べておられました。それを否定する気はありませんが、それは広告のエンターテイメント性に偏したご意見で、クリエイティブの役割の一部でしかないと思いますし、ましてや市場の成熟・コモディティ化が進行し、WEB2.0の時代にあっては、こうした「受けを狙う考え」やその芸としての職人技は時代の要請にそぐわないとも言えます。

▼カベ④  情熱不足?

 いま市場には創造的なクリエイティブの機会はないのか?そんなことはありません。むしろ人々が不満だらけのいま、機会は腐るほどあるのではないでしょうか?
しかし、現在のマネジメントは、こうした不満を市場化することに、かつての時代ほどに情熱を持っていないようです。
またそれらを支援するクリエイター達もまた、処世に長けており、情熱不足です。ホントウはやらねばならないことはいっぱいあるのに・・・。
いまやクリエーションする人々は、市場に入って人々の生の不満を収集し、それを検証して資源化する必要があります。彼らはマーケの人以上に、不満に、社会に、世界にセンシティブに出会わなければならないのではないでしょうか?
しかし、彼らはそのためにどん欲に動いているでしょうか?また人々のホントウを知るのに素養と思いやりをどれほど持っているでしょうか? こうした知と情の下地がなければ、他人の異見は耳に入りません。ましてや儲け主義や仕事を取るなどという利己主義は論外でしょう。
クリエイターの持つべき関心は、いまや企業に与して「勝組に乗る」ことではないと思います。こうした勝ち、負けの意識ほどクリエイティブとは遠いものはないかも知れません。
一度、クリエイターは、企業から与えられた価値観を離れ、「人そのものの満足や幸福とは何か?」へと言うべき利他の考えに軸足を移して、企業の都合とは異なる異見を率直に唱える戦を企業経済社会に挑んだ方がいいのではないでしょうか?

 もちろんこうした考えにはリスクがつきものだということは承知ですが・・・。
こんな青い話、賢いクリエイターからは無視されそうですが・・・!

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