唐突に、ロートレックが観たいと思った。
おそらく、2、3日前に、新聞か電車の中吊り広告で見た記憶が甦っただけかもしれない。
ともあれ、六本木ミッドタウンにあるサントリー美術館に向かった。
本名、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック。
遺伝子疾患が原因で、身長が150センチ足らずの、この小さな男は世紀末のパリの街を彷い、そこに生きる娼婦や酒場の女と男たちを描き続けた。
神聖な神話の世界ではなく、貴族の肖像画でもない。
パリの歓楽街で人々がどんな暮らしぶりをしているのかと、画家は彼らの日常に分け入り、つぶさに描き続けた。
それは、まさしく、都市の画家としての先駆けだった。
ロートレックの表現の特徴は、なんといっても、その軽やかなタッチとすべてを描かず、余白を大胆に取り入れた構図にある。
そして、作品の多くがリトグラクという版画による。
リトグラフとは、平板版画ともよばれ、オフセット印刷の原型のようなものである。
油と水の反発する原理を利用して複数の版を重ね、多色刷が可能な版画技法の1つである。
ロートレックの作品を支える、軽さとスピードを活かすには最適な表現技法だ。
リトグラフという複製物の軽さと、虚飾に彩られた都市で過ごす人々の軽さ。
本物と偽物の区別のつかない世界。
そんな所在ない中で、不具合な体の画家を受け止めてくれたのが娼婦たちだったのだろう。
眠る女や、身繕いをする女など、彼女たちの日常がさりげなく描かれた作品が数多くあった。
それは、ロートレックの、女たちに対する哀れみと慈愛に満ちた眼差しである。
まさしく、彼が切り取ろうとした世界は、都市生活者の孤独と愛の記憶だったのではないか。
都市の画家、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックは、梅毒とアルコール中毒に犯され、わずか37年の短い生涯を駆け抜けた。
「ロートレック展」は3月9日(日)まで、サントリー美術館で開催中。