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第125回『スケールメリットの呪縛』

少子高齢化にともなって日常的な商品の消費市場が縮小しつつあるようです。
しかし、売りの現場を見るにつけ、こうした市場の変化とはほとんど無縁の状況である気がします。

例えばパック販売、一部の店では個売りやミニパックなどに取り組んでいるようですが、多くはまだまだ。
折角購入した商品が、使い切れなかったり、食品の場合では、冷蔵庫の中で賞味期限が切れたりして結局はゴミとして処理する始末。
私の暮らすところには生協があり、ここが日々の暮らしの兵站処でもあるわけですがそこはまさにこうしたことの典型。
一応暮らしに必要なものは何でも揃っています。
しかし、最近目にするのはやや遠くの商店街までバスを使って、わざわざ出掛ける生協離れした奥様たちの姿です。
生協では買う物がないというのが奥様方の理由です。

この生協を例に取ると、いまや416協同組合、売り上げ2兆円に及ぶ大流通業とのことですが、最近では大手の流通との競争が激化し、それらと互していくことが企業課題だそうです。そうした課題解決の一環として膨大な仕入れ力を活かし、消費者価値を打ちだして、顧客を惹きつける戦略が採られているようです。
とりわけ生活者の便益を追求することで創られた組織であるだけに量や価格へのこだわりは強いことは理解でき、パック売りや生協仕様の商品、PB商品の普及は安全で無理のない暮らしを望む実質的かつエコノミー志向の顧客便を考えた表れと言えます。
しかし、こうした生協の想いが生活者から敬遠されてきている?のです。
その理由として考えられるのは大きくは2つあると思います。
一つは、スケールメリットを基盤とした価格志向のビジネスモデルが現在の消費者が望むライフスタイルと合わなくなってきたこと、さらには大衆イコール貧乏と言うかつての左翼的な組合の考え自体が時代遅れになってきたことでしょう。
かつて「いいものをやすく」を唱い一世を風靡した流通の雄は、はかなくも破産しました。

「いいものをやすく」は永遠の課題ではありますが、時代によって内容が移ろうもの、そして、「いいもの」「やすく」はモノの問題以上に「心」=パーセプションに関わるものだからです。
T/レービットはお客様が購入するのは「期待」であると主張しました。

暮らしはいま急速に貧しい方向に向かっています。
しかし、その貧しさは、かつての貧困の再来ではありません。
それは持てる者の、貧しさです。
つまり貧乏人ではない貧乏人がそれぞれ個々の豊かさを求めつつ、充たされない結果の、いわば心の飢餓と言う新貧乏にほかなりません。
この新貧乏に対処するには、かつての貧乏人発想でのスケールメリット追求をミッションとする発想は無益ばかりか、社会悪です。

いま、詩人・加島祥三氏の「求めない」という著作が、こうした詩のジャンルには珍しく10万部というヒットとなって注目されていますが、これなどは新たな貧乏人のための応援歌としてこの詩集が受け入れられた結果でしょう。
まさに「求めない」貧乏な人々に対して何で応えるのか?

答えはスケールメリットの呪縛から解放されることを目的に企業価値を逐うビジネスを離れて、人々の心に聞くしか途はないように思えます。
その狙うところは、新たなモノ離れ。
即ち販売するモノの多くは、日々豊かさを感じさせる情報性・提案性をプラスした暮らしの部品、素材として位置づけされ直される必要があると思います。
暮らしの材を求めるなか、日ごとに暮らしと離れていく店を実感しての感想です。

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