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第936号『我が師へ』

恩師、柏木博先生(武蔵野美術大学名誉教授。英国王立芸術大学院RCA名誉フィエロー。近代デザイン史専攻。デザイン評論家。)が昨年末12月13日敗血症のため、75歳で亡くなられた。

ここ十数年、毎年正月には妻と国立にある柏木先生宅を訪問し、一献交わしながら取り留めもない話をするのが恒例となっていた。

2017年の春、突然胸が痛くなり何度かの検査の結果、多発性骨髄腫に羅患したことが分かり、闘病生活を続けていた。

寛解となった2020年春に久々にお会いした。

すっかり元気になられ、また再びお会いすることが恒例となると思っていたや先、コロナの蔓延もあり昨年は再会を見送っていた。

そして年末突然の訃報を聞き、お会いすることもできない状況でお別れすることになり、いまはただただ残念でしかたがない。

まだ心の整理も実感もないままの状態ではあるが、先生との思いでを話してみたい。

先生との出会いのエピソードの前に、僕の高校卒業時のことを少し話したい。

高校3年だった1968年から69年にかけて、大学はもちろんのこと、高校も学園紛争に揺れていた。

そして、僕も体制に異議申立てを叫ぶ一人だった。

その最後の場が卒業式だった。

しかし、それは悲惨なものだった。

卒業式阻止実行委員会として、同級生と下級生に参加を呼びかけた。

当初、参加を表明してくれた賛同者は数十名いた。

しかし、蓋を開けてみると実行する者はほんの十数名になっていた。

結局、式は学校側の思惑通りに進み、ほとんどなんの抵抗もできなかった。

僕たちにできたことと言えば、かぶっていた学帽を校庭に集め灯油で火をつけ燃やしたことくらいだった。

翌日、「高校生の反乱不発」と地元の新聞、陸奥新報に小さな記事として載った。

計画の頓挫と仲間に裏切られた怒りと虚しさ、そして敗北感。

こうしてもうすっかり、僕の心の中でも学生運動の季節も終わったころだったが、そうかといって次に何をすればいいのかも定まらずにいた。

祭りは終わり、気怠さと投げやりな気分しか残っていなかった。

1970年の春はそんな年だった。

高校は卒業したものの、進路も決めず(親には浪人生として勉強するからと方便して)上京。

先生と初めてお会いしたのは、JR御茶ノ水駅からほど近い御茶の水美術学院だった。

6月か7月のはじめころだった。

友人がこの学校に通っていた。

暇を持て余していたこともあり、彼を訪ねて学校へ遊びに行った。

彼の授業が終わるの待っていたその合間に、たまたまに潜り込んだ教室での授業が柏木博先生だった。

この時のことはいまでも鮮明に覚えている。

少し大きな教室で、生徒は50人ほど。

南向きの窓から初夏の日差しがいっぱいに降り注いでいた。

先生は、黒板に白墨で米国車クライスラー(後方に飛行機の尾翼のようなデザインが施された)を大きく画いた。

そして、こう話された。

画いた車を指しながら、「この尾翼のようなデザインは速さという意味の隠喩なのだ」と。

他にも、例えばワイングラス。

狭っ苦しいアパートに住んでいながらも、そのグラスでワインを飲むことで洋風の豊かな生活を一瞬錯覚させる。

「モノそのものではなく、モノのもつイメージに私達は支配されている」のだ。

つまり、デザインとは意味の生成なのだ、と。

雷に打たれたとでも言うのか、ともかくこの時、僕の心と身体に衝撃が走った。

授業が終わり、気がつけば教壇にいる柏木先生のところへ行き、「いまのお話は面白かった」と告げた。

先生は笑顔で、しかしながら幾分警戒しながら「君は誰?」と言った。

僕は頭に手をやりながら、友人がこの学校に在籍していること、たまたま待っていた合間にこの教室に入ったこと、いまは一応浪人生であること等々を話した。

こうしてあれこれと話しているうちに、柏木先生は「自宅に遊びに来なさい」と僕を誘ってくれた。

翌週の日曜日、先生のご自宅に伺った。

国立駅からほど近いアパートの2階。

先生と奥様、そして先生の友人のカメラマンSさんが出迎えてくれた。

夕食(いまも記憶しているのが、この時の夕飯は鳥の手羽が入った水炊きだった)をご馳走になりながら3人の話に耳を傾けるが、何を言っているのかほとんど理解できない。

日本語で話しているのに、なんでこんなに分からないのだろうと思いながらも、でも、とてつもなくワクワクし楽しかった。

そして、この人達の仲間に入りたいと思った。

こんな会話に参加できるようなるためだったら、大学に行ってもいいなとも思った。

先生が23歳、僕が18歳の時の話である。

この出会いがなかったら、確実にいまの僕は存在しえていなかった。

先生にお会いすることができた運命に、僕の人生に大好きな師がいたことを感謝し、いまはただ静かに合掌したい。

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2件のフィードバック

  1. ご無沙汰しております。
    第936号のお話「我が師へ」はとてもいいお話でした。

    コロナの蔓延が終り、以前のような生活に戻ったら
    また一献しましょう!

    1. 新井様、ご無沙汰しております。コメントありがとうございます。ぜひ一献の機会をいただければ嬉しいです。引き続きのご高覧よろしくお願いします。

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