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第7号『茶という名の前衛』

以外と知られていないが、芥川賞作家の赤瀬川源平さん(「路上観察学」や「老人力」でも話題になりました) は70年代、前衛アーチストとして活躍していた。 10年以上も前のことであるがその赤瀬川さんとお話しする機会があった。

信長、秀吉に仕えた茶人千利休を描いた、映画『利休』(勅使河原宏監督:草月流の家元でもありました)のシナリオを書き終えたころであった。

いまでも印象に残っている話がある。 なぜ勅使河原監督が前衛と呼ばれるような赤瀬川さんに日本の古典を代表する茶道をテーマにしたシナリオを依頼してきたのか、その意図が分からず戸惑った、いやむしろ驚いたというのである。 勅使河原監督自身「落とし穴」や「砂の女」といった前衛的な映画を撮ってきた人であるし、草月会館もナムジュン・パイクやジョン・ケージなどの前衛と呼ばれる人たちの演奏など行われ、 前衛芸術の場としても知られていた。 しかしその本来の姿は日本の伝統と家元制度の頂点に君臨する人なのである。 気まぐれとしてもその大胆さに思わず引き受けてしまったというのである。 そして子供向けの歴史書から読み始め、文献を調べ、史跡を訪れ、なぞを解きほぐすように進め、なぜ前衛と呼ばれた自分を監督が指名したのか理解できたというのである。

利休はそれまで茶碗、掛け軸、花篭、茶室、釜、等ばらばらに存在していたものを1つ1つ組みたて、飲み方やもてなし方を新しく構築した人なのである。

つまり、利休はいままでの慣習に囚われず自らの想像力で茶という世界を作り上げたいわば革命家、前衛の人であったということに気づいたというのである。(少し記憶があいまいであるがおよそそんな話しであった) ゆえに前衛である自分に前衛としての利休を描かせたのだ、と。

映画のなかで利休に秀吉が水盤に梅を活けよと命ずる印象的なシーンがある。 するとやにわに利休が梅の枝に咲く花を指でしごき水盤に散らすのである。利休のイマジネーションはもちろん凄いが秀吉もスゴイとなぜか思った。それがなぜなのかいま少し分かりかけてきたところである。

追伸
教えてください。

突然ですがここだけは本当は誰にも教えたくなかったというおいしいコロッケ屋さんを教えてください。 お礼といってはなんですがおいしい酒持参します。 コロッケをつまみに一杯やりましょう。

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