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第470号『信頼のカタチ』

【たまごかけご飯も好き】
【たまごかけご飯も好き】

数年前、LAのダウンタウンにある吉野家で、現地に住む友人と食事を摂った。

「ビーフボール」という名の牛丼らしきものが出てきた。
紅生姜と七味唐辛子はあるが、生卵がない。
聞けば、置いていないという。
例えば、サルモネラ菌や1ヶ月はもつらしい保存料など、何が入っているかわからないからアメリカでは生卵は食べない、いや、食べられないのだ。
食べたら、とんでもないことになる、自殺行為でさえあると。
友人にあっさりと言われた。

そう言えば、ホテルでの朝ごはんでも、スクランブルエッグ、オムレツ、ポーチドエッグ等、様々なたまご料理はあるが、生卵という選択肢はお目にかかったことがない。
アメリカに限らず、日本以外の国で、普通に生卵や肉や魚の刺身など、生ものを口にする食事風景に出会うことは稀である。

では、なぜ日本では、ごく当たりまえのように、生の食材を口にすることができるのか。

農家、家畜家、漁師から始まり、物流に関わるトラック運転手、卸売業者、倉庫業者、小売店、スーパーマーケット、レストランなどの料理店の従業員に至るまで、数多くの人びとの手を経ても、なおかつ安全だということである。
つまり、この間、食材に何か異物を投与したり混入しようとするリスクが極めて低いということである。

この事実は、なにに因っているのか。
一言でいえば、信頼ということになる。
食に関わることだけではなく、日本人が、日本人として本当に誇れることは、庶民の慎ましい生活に裏打ちされた、親切心や相互に協力し合う価値観を共有しているという事実である。
この事実はまさしく自明の理だった。
しかし、いま、その自明の理が根本から揺らいでいる。

佐藤栄作、正力松太郎らから始まり福島の原発破壊の日まで、経済成長という錦の御旗のもと、すべてのことがらが許されてきた。
「自己責任」を「格差拡大」、「成長」を「膨満」と、正しく読み取れば、僕たちがいかに「自己責任」と「成長」というマジックワードに踊らされてきたかがわかる。

僕たちはこれからお互いにどう助け合うのか、それぞれの夢や希望を地域や国という単位でまとめれば、どんなカタチになるのか。
揺らぐ自明の理を、建て直す時がきている。

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