第311号『作法と躾け』

夕方、食事をしようと日本料理店に入った。
あいにく席が一杯だったので相席となる。
相席の客は30代前後の女性二人組。

注文をし、料理を待つ。
見るともなく、向かいに座る女性たちの動作が目に入る。
その一人が、野菜の煮物を箸で切り分けようとしているが、固いのか、なかなか切れない。
やおら、煮物を持ち上げ口でちぎった。

「もぎ箸」。
これは箸で料理をもぎ取るという、タブーの1つである。
女性は致し方なく、潔く豪快に作法を犯したのであろう。

この店の料理人の力量が気になった。
本来、日本料理は箸で一口サイズにしてから口に運ぶのが作法の基本。
そのため隠し包丁という、見た目は切れていないが箸で簡単に切れるよう、予め料理の裏に切り込みを入れておく。
こうした客に対する配慮が、料理人の技であり力である。

たった2本の棒で、つまむ、切る、運ぶ、押さえるなど多様な役目を担う箸という道具。
とんとん箸、にぎり箸、寄せ箸、移り箸、迷い箸、押込み箸、重ね箸、刺し箸、なみだ箸、さぐり箸、なめ箸、振り上げ箸、もぎ箸。
これほど、箸のタブーはある。
自分でも気付かないうちにマナー違反をしていることが多々ある。
例えば、箸で器を引き寄せる「寄せ箸」は食器もテーブルも傷つけることになる。

作法とは何だろう。
それは、さりげない他人に対する思いやりの心や、食材、食器への気遣いから生まれたしぐさである。
そして、作法を守ることは美しい所作を生む。

つまり、美しい身を得るために躾けがあるのだ。

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