ここのところ、行政も企業も不祥事が続いている。
どれもが信じがたい実態で、かつ、その中身が呆れるほどに稚拙なものばかりである。
そして、倫理感の欠如とリーダーの不在を感じさせる。
たしかに、企業にとって利益は血液であり、それなくしては、存続していくことができない。
経営の評価は結果主義であり、そこから逃れることはできない。
だから、形振り構っていられなくなる気持ちは、経営者の末席にいる身として、分かり過ぎるくらい、よく解る。
しかし、露骨なまでの利益優先の経営感と都合の悪い情報に対し、臭いモノには蓋をするという対応では、導き出される姿も、自ずと醜悪なものになる。
こうした不祥事の発覚は、従業員による内部告発が、そのほとんどであると聞く。
そこには、経営者と従業員との間に、なんの信頼関係も、共感をもって分かちあえる目的も無いことは、想像するに難しくない。
いまや、根本が問われているのだ。
経営者として、いや、もっと単純に一社会人として、なにを一番に据えて考えているのか、だ。
問題の共有、向上心ある個々の自己変革、責任の明確化。
そのいずれもが「物事をありのままに見て、当然なすべきことをなす」というあたりまえのことに帰結するのではないか。