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第214号『ホノルルマラソンの走り方−11 〜走っていて、突然ダイアン・アーバスのことが思い浮かんだ〜』

【写真集】
【写真集】

来年春の完成を目指しているプロジェクトの取材で、大分へ行った。
11月に入り、無茶苦茶に忙しい。
ありがたいことである。
結果、トレーニング量は反比例の指数曲線を描く。
ホノルルマラソンまでの目標走行距離400キロ。
これまでの走行数は9月162キロ、10月128キロ、そして11月現在28キロ。(^^!
月の半分を過ぎたというのに、今月の走行距離は悲惨である。

ともあれ、席に付き、添え付けの機内誌を手に取る。
特集「ニューヨーク 写真の時間」とある。
数軒のギャラリーと写真が掲載されていた。
その中の1ページに、忘れることのできない写真があった。
彼女の写真集を見たのは、たしか友人の写真家、故牛腸茂雄の部屋だったような気もするが、もはや記憶は定かではない。
見た場所の記憶は曖昧であるが、その写真の印象はあまりに強烈で忘れることができない。
それは例えば性倒錯者、小人、巨人、ヌーディスト、覆面舞踏会に集う人など、奇怪な人々が写し出されていた。

強烈で愕然としたが、同時にその一葉一葉を、まじまじと観るには人目を憚るもののようにも思えた。
いや、有り体に言えば、いま目の前にある写し出された人々のなまなましい生態を見ていることを、人に見られたくない、と思った。
彼女こそ、現代写真におけるポートレート写真の意味を変革したとされる伝説の写真家、ダイアン・アーバスである。

町や河原を、歩くほどのスピードで走り、走るほどのスピードで歩く。
そして走っていて、ふとした気づきを感じることがある。
例えば、季節の移りとともに風向きや風景が変わること。
例えば、通りがかりに漂う朝餉の香りも夏と冬では少し違うこと。

そして、なにげなくすれ違う人々の表情や身振りに、あのアーバスが写したグロテクスな謎めいた人間たちの姿が、写し鏡のように似通っていることに気がついた。
奇怪さや、おどろおどろしさは誰の中にも存在する。
そうか、アーバスの写真は鏡に写った私たち自身の姿そのものだったのだ。
そしてあの時、直視できなかったのは僕自身の中にある頑迷な常識や、薄弱な理想だったのかもしれない。

ぼくたちは正しいから生きているのではない。
生きていることの中から、なんとか正しさをみつけ、創り出して行くことで、かろうじて生きているのだ。

ホノルルマラソンまでの目標走行距離数400キロ。
これまでの走行距離数、318キロ。
残り、82キロ。
そして、スタートラインに立つまで、あと24日。
明日こそは走ろう。

つづく

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