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第150号『基準』

最近、デザインの専門書以外でも文字を特集した雑誌を目にする事が多い。

何を基準に文字を選ぶのがいいのか?
趣味で友達のバンドのCDジャケットを作っているS君と、時々仕事を依頼する若手のデザイナーH君から、たて続けに同じような相談を受けた。

PCがデザインの作法を変えて久しい。
素人でも、僅かばかりの絵心とデザインワークに必要ないくつかのソフトが出来れば、誰でも容易く名刺や葉書やパンプレットをデザインすることが可能になった。
もちろん、われわれプロのデザインの現場でもPCによる作業があたりまえになっている。
それに伴い、デジタル化した文字(フォント)の種類もとてつもなく増えた。

種類が豊富な中から文字を選べるのはいい。
しかし、その一方でどのフォントをどの場面で使うべきなのかがわからない、あるいは決められないというデザイナーの困惑と混乱が生まれた。

例えば、結婚式の案内状で使うフォントとその文字の大きさはどうあるべきか?
例えば、社長就任の挨拶文の文字とその組み方はどうするべきなのか?
例えば、海外で使用するビジネス用と社交用の名刺の文字の扱い方の違いは?

デザイナーの困惑は、さながら中島敦の短編「文字禍」に登場する老博士の様である。

「文字禍」は毎夜、図書館の闇から聞こえてくる怪しい声について調査するよう王から依頼を受けた古代アッシリアの老博士の話である。
博士は図書館に通い、万巻の書籍に目をさらし、文字を見つめ研鑽に耽ける。
そして、ある日一つの文字を見つめていると、いつしかその文字が解体し、バラバラな線の集まりに見えた。
この、単なる線の集まりが音と意味を持つのはなぜか?

他でもない、それが「文字の霊」だという確信を得た。
そして、文字の霊がもたらす害悪をあげつらい、その崇拝をやめるよう王に進言した。
文字の呪縛から逃れることができなくなった博士。
その結果、文字の霊から思わぬ復讐を受ける結果となるという寓話である。

ご縁があり、かつて勤めていた職場で、高岡重蔵先生からタイポグラフィーのいろはをご教授いただいた。
先生は「嘉瑞工房」の先代代表で、日本における欧文組版の第一人者である。

その先生のことばを思い出した。
「デザイナーはプロの組版職人じゃないんだから組版の細々としたことまで理解する必要はない。
でも、例えばヨーロッパの北に位置するドイツの薄暗い教会の中では細かい字が見えないだろう。
ところが南イタリアの教会では、窓からさんさんと日がはいってくる。
だから字が細かくても読める。
なぜゴシック体がドイツで生まれ、ローマン体がイタリアで生まれたのかを大掴みにでも理解することが大切なんだよ。」

概ねこんな話しを雑談でしてくれた。
なるほど、腑に落ちた。

そして、さらに先生に質した。
もし、どうにも文字選びに迷ったときはどうすればいいかと。

師曰く、その時は「何がタブーか」より「何が望ましいか」と考えなさい。

いまも、この考え方が僕の選択の基準である。

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