第1113号『日に日に 世界が悪くなる』

新年早々、米国トランプ政権がベネゼエラに武力侵略し、いとも簡単に独裁的指導者マドゥロ大統領とその夫人を拘束し拉致した。今後、米国がこの国を統治し、もともとアメリカ資本で構築した石油利権を奪い返すとも言っている。ここでも、ドリルベイビードリルとトランプは宣言している。さて、国際法上(不正選挙による独裁的支配とはいえ、国連で独立国家として承認されている)ウクライナに対してロシアが軍事侵攻したことと基本的になんら変わらないトランプの行為を、日本は、高市政権は、どのように評価し同盟国としての関係を意思表示するのだろうか。

ベネゼエラは世界最大級の石油埋蔵量を有する国である。これまで、中国がその産出量の大半を買っていた。今後は、米国支配となるベネゼエラ(トランプ自身がそう言っている)から買うことになるのだろう。相変わらず、化石エネルギーをベースにした大量生産による大量消費という生産様式は、変わらないということだ。当然ながらこの生産様式は、人間が自然からの収奪を無限にできるという倒錯に基づいている。このまま収奪し続けるならば、どこかで破綻をきたすことになることは誰の目にもあきらかである。

これまで「地球の再生」とは、どこかで「人類の成長」と同義語として語られてきた。その代表例が2015年9月25日に国連総会で採択された持続可能な開発のための17の国際目標だった。(青臭い理想論的な部分も多々あるが)SDGs17の目標は、さらなる拡大再生産をしていくことではなく、いかにして21世紀における「持続可能な人類の物語を共有する」ことができるのかといういわば地球市民としての目標であった。人類が自らの誇りと作法を取り戻すための物語を紡ぐことができるのかという「再生」のことだった。

しかし、それももはや過去形で語らなければいけないのか。有り体に言えば、2026年は「新たな戦前は終わり、新たな戦争(帝国主義的な力による現状変更と統治)の時代に突入した」年なのではないか。僕たちは、いまそうした状況下で何を決意することができるのか。その思案の真っ只中にいる。

NHKの朝の連続ドラマ『ばけばけ』主題歌の一節が口をつぐむ。

”日に日に 世界が悪くなる
気のせいか そうじゃない”

この言葉が頭の中でリフレインする。

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