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第97号『オンナを考える』

07年春夏の東京コレクション(第3回東京発ファッション・ウィーク)が開催されました。
昨年より約2ヶ月早く、世界の主なコレクションのでは最も早い開催とのことでした。
約40ブランドのショーが展開されたそうですが、そのひとつ、コシノヒロコ先生のショーを拝見することが出来ました。
コシノ先生は、いつも時代を知的に先取りし、美しいデザインとして大胆に提言できる希少なデザイナーとして私は注目している方で、さしてファッションを仕事にしているわけではない私は、衣装デザインの細部についてよりは、時代の切り方とその表現に強い関心を抱いて拝見しています。

そして今回のテーマは「フェミニナのメタファー」。
ストーリーは白からバラ色、黒へと渋めの色彩を軸にノスタルジックに、やや退廃的に、あるいは危な絵の危うさを醸しつつ展開しました。

最近、バザー誌による妊婦のヌードの登場が、話題になっています。
賛否両論はありますが、生む性として女性性を認識し、それを美として提案する主張であることは間違いありません。
ある意味では「鬼婆化する女性時代」への提言でもありましょう。

しかし、こうした対極にあるのがコシノ先生の「フェミナ」。
ここでは戦後の高度成長から今日までフェミニズムも含めて女性達が勝ち取った成果をよろこぶ表情は微塵も見られません。
あたかも機械仕掛けの人形のようにメトロノームの動きに合わせて動く妊娠とは無縁の少女のようなマヌカンたち、さらには足早に通り過ぎてゆく時間に支配されているような終局への動きなど、女性性のよろこびを謳歌するよりは、むしろ性の行き場のないようなもどかしさ、と明日の鬼婆化する女性たちによる孤独で憂鬱な世界です。

そこで思い出したのは、「誰に見しょとて紅鉄奬つけて」という都々逸の一くさりです。

確かに自己実現であり、自己表現を至上の価値としてすべてをどん欲に奪取してきた女性達にとってそれは何のため・・・・?。
それを導いた中心価値が見出せないまま、女性は、今を迎えている、
そんな状況がこの二つの一見対照的と思われる表現に共通するものはないかと思い当たりました。
つまり挑戦も含めて「心中だてする主」の不在です。

バザーの広告も女性にとっては、どうも美しいよろこびとは映らなかったようで、「少子化を改善」したいんじゃないの?と、にべもありません。
「フェニティは更新されており」「女が女をくぐり抜け、女を獲得」するというコシノ先生のメタファーは、オアキフの花ではなく、夢二の、はかない花のような気がしました。

と同時にオトコはしばらくの間、ひっそりと沈黙で世過ぎするしかないとも思った次第です。

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