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第660号『レースで感じたこと-その3(最終回)』

IMG_6921s【レースナンバー7101】

「世界トライアスロン選手権横浜大会」は、エリート(プロ選手)とエイジ(一般参加選手)の2つの部門に分かれて競技が行われる。

エリートに参加する選手たちは、ゴールドコースト(オーストラリア)・ケープタウン(南アフリカ)・リーズ(イギリス)・エルモンド(カナダ)など、世界9都市で開催されるレースで総合ポイントを競う。

エリートのレースの翌日が、エイジ(一般参加)のレース。
全国から、集まるアスリート数1400名余り。
間違いなく、オリンピックディスタンス(スイム1,5 キロ・バイク40キロ・ラン10キロ)では国内最大規模の大会である。

さて、前回の続きである。
バイクを降り自転車置き場へ。
最後のランへと移る。
ところが、ボクのランシューズ(真っ赤なブルックス社のグリゼリンG13)がない。

スイムからバイクへ、バイクからランへ、この移動のための着替えや自転車を置く場所をトランジッションエリアという。
ここに、1400台のバイクが集まっている。
100台ごとに分けても14列になる。

ボクのレースナンバーは7101。
予め、自分の場所を周りの状況に併せて記憶しておいたのだが、なにを勘違いしたのか、レースナンバー7010(いい訳だが視覚的に似ていた)の場所で、赤いランシューズを探していたのだ。

ここからの展開を実況中継風に。
シューズがない→???→心臓がバクバク→周りをキョロキョロ見る→設置場所の番号を再度見る→自分のレースナンバーを見る→間違いに気がつく→やばい、焦る、どうする、待て待て焦るな(と心の声が叫ぶ)→一呼吸置く→自分の設置場所のあたりを確認する→自分のレースナンバーの設置場所を確認しバイクラックに置く→ヘルメットをとる→バイクシューズを脱ぐ→ランシューズに履き替える→走り始める。(ふぅー汗)

手痛い数分間のロス。
このトランジッションのタイムも、レース順位に組み込まれる。
ともあれこうして最後のランまで辿り着いた。
ランは、山下公園から山下埠頭を折り返し、山下公園を経由し、象の鼻パークを折り返しての1周4キロを2.5周する10キロのコース。

バイクを1時間30分ほど漕いだ後のランはトレーニングをしていても、走りだしは足がもつれる。
それでもしばらくすると、スムーズな足運びになった。
焦らず、いつもの練習で準備してきたことをランでも実践する。
後は、ゴールに向かって残りの距離と時間を楽しむだけだ。
こうして、無事ゴールのテープを切ることができた。
拍手と歓声が、まるでシャワーのようにボクに降り注いでいるように感じた。

ゴール後、トランジッションエリアで後片付け。
これが、また一苦労。
濡れたウェットスーツやタオルをたたみ、ヘルメットとシューズをまとめ、バイクを片付ける。
周辺にいるアスリートは、ボクと同世代の60歳を越えたオッサンたち。
疲れてはいるが、それでも、なんだかみんな晴れ晴れとした表情だ。
お互いに「やるだけのことはやった」といった心境を共有している同士だ。

なぜ、こんなにも面倒な(水泳・自転車・ランと3種目の練習をやり、道具を揃えるなど)スポーツが好きになってしまったのだろう?

一言で言えば、ボクにとってトライアスロンはロック魂を奮い立たせてくれる存在だからだ。

ボクにとってロック魂とはなにか?
それは、どんな状況であれカッコいいものはカッコいいし、旨いものは旨いし、ダサいものはダサいと言えることだ。

例えば、裸の王様を誰も「王様は裸じゃん」だと言えないような事態が起きたとすれば、その状況そのものがダサいことだ。
マンガであれ、ラーメンであれ、異種格闘技であれ、ベンチャーであれ、トライアスロンであれ、保守本流を超えてカッコいいものはカッコいいのだ。

保守本流を否定しているのではない。
出自も年齢も性別も関係なく、自分なりの道は確かにあるということなのだ。

この日のリザルト。
スイム 0:38:23/バイク 1:31:37/ラン  0:54:58
トータル 3:04:42
総合順位769位
年代別順位16位

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