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第488号『一生の習い』

【起きてしまったことはもとには戻らない】
【起きてしまったことはもとには戻らない】

10年前、前妻のもとを離れた。
どうにも、同意できないことがあった。
なんとか、修復することが出来るのではないかと、先延ばしに延ばしながら暮らしていた。
否、いま考えれば、ただ単に身勝手な安逸と保身が、結論を順延させていただけかも知れない。
結果、ほんの小さな窪みだと思っていたものが、気が付いた時には埋めようもないほどに、深く暗い溝になっていた。

再婚した妻から、家事と料理を手ほどきされた。
日々の暮らしのなかで掃除、洗濯をし、食事の準備をする、その一々の作法を知らず恥じた。
掃除の仕方、洗濯の仕方、ボタン付けは言うに及ばず、飯も炊けない。
あれこれと、語彙を並べたてることは出来ても実態は、たけも知らなければ、ゆきも理解していなかった。

畳と板張りの床では掃除の仕方が違うことや、洗濯も、色物、素材で洗い分けが必要なこと。
さらに、飯の研ぎ方からダシの取り方も、僅かながら、理解することができるようになった。
「ハイ、次はフライパンに油ひいて、それから、こうして・・・ほら、簡単でおいしい料理が作れたでしょ?」という言葉に、つい踊らされているようにも思うのだが。
そうして、食すことのなんと幸せなことか。
それにしても、女性には到底かなわないと、今更ながらに思い知った。

人から恥をかかされた時には、反発だけが先に立ち、素直に覚えることが出来ないが、身から感じた恥には、素直に、そして深く滲みる。
身に滲みて覚えた手技は、単なる技術や手段に留まらない。
そこから、さらに自分の血肉となり、思考方法にも影響を及ぼす。
茶道であれ、武道であれ、カタチから入って心を掴むに至る。
手段や技術を覚えていくプロセスを通して、身に付き、肚に落ちることは稀ではない。

日々の暮らしは、細々とした事柄が雲母のように堆積し、カタチを成す。
だからこそ、その一番底を支える、掃除、洗濯、食事をこれからも一生の習いとしたい。

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