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第30号『じっと向き合う』

ある日3人の男たちが椰子の木陰で海を見ながら与太話をしていた。
ハワイで行われるロングディスタンスの競技でどれがもっとも過酷かと。
あるものは4キロにおよぶ遠泳と答えた。
いやいや、およそ180キロのバイクレースだともうひと りが言う。
やはりなんといっても42.195キロのマラソンだろう。と、べつの1人が言い出す。
各様、過酷自慢をゆずらない。
それじゃ全部一緒にやってみようぜ。

実にばかばかしい話しから生まれたという説もあるトライアスロンはスイム、バイク(自転車)、ランの3種目を1人で行う複合競技である。
(最近ではスイム1.5キロ、バイク40キロ、ラン10キロでおこなわれるオリンピックディスタンスが一般的)
33歳の春、トライアスロンがやりたくてスイムを覚えた。
それまで25メートルを息継ぎなしに潜ったことはあるが、泳いだことはなかった。
1回目はタイのパタヤビーチでの大会、2回目は九州天草大会、ともかく泳いで漕いで走った。
無我夢中というやつである。

たしかに過酷ではあるがこんなものか。とも思った。
案外容易いじゃないかとナメた。
3回目のレースは天女の羽衣伝説で有名な静岡県美穂の松原海岸で行われた日本平大会であった。

スイムスタートの時、貝殻で足の裏を切った。
一気に泳ぎだす選手の群れの中で手と足でパンチされキックを(勿論故意にではないが)受け呼吸が出来ない。
慌てて息を吸う、吸う。
過呼吸。
それでもなんとか100メートルほど泳いだところでなぜか泳ぐのがいやになった。
突然、泳げなかった自分を思いだした。
(オイオイなんでよりによってこんな時にと思いました)
そして限りない恐怖心に襲われた。

心拍数が異常にあがり、周りがかすみスローモーションのように風景がゆらゆらしている。
前に進まなければと手足をバタバタすればするほど沈んでいく。
ようするに溺れかけたのである。
たまたま近くに赤いコースブイがありそれにつかまった。
運が良かった。しばらく波に揺られているうちに気持ちが徐々に落ち着いた。
ライフガードやコース審判の人たちが寄ってきて、大丈夫かと声を掛けてくれる。

人の力をかりず続けることがルールの1つであるトライアスロンはレースを止めるも続けるも自分次第である。
だから、止めると言えばその場でボートに乗って岸まで帰れる。

「止めますか?」コース審判から聞かれる。「少し待ってください。」と答えるのがやっとだった。

焦りと恥ずかしさと怒りが屈辱感を一層掻き立てる。

足が着かないこと(プールではないのだから当然である)の不安や波に揺られる恐怖心で水に顔を付けることさえ出来ない。
どのくらい漂っていたのだろう。

「もしこのまま泳がなかったら泳がないのではなく、泳げなくなる。」
このフレーズが頭の中で何度も浮かんでは消えた。
そしてこの時、自分ともう一人の自分が随分長い時間ぶつぶつと問答をしていた。(パニックで頭がおかしくなったわけではない が、そんな時間がたしかにあの時あったのです)

意を決して泳ぎ始める。
最初は平泳ぎで、徐々に水に慣れ恐怖感が薄れてくる。
スイムゴールまで残り20メートルのころにはさっきまでのことが嘘のようにグングンとクロールで泳げている自分を取り戻すことができていた。
残念ながらスイムでゴールした時はすでにタイムアウト(この時の制限時間は1.5キロ40分以内だった)になっていた。
途中棄権、最後まで走りゴールできなかったレースだった。
でも何かを乗り越えたというたしかな手ごたえは感じた。

あの時、なぜまた泳ぎだすことが出来たのか。
コースブイにつかまりながらもう一人の自分がぶつぶつ話してくれたことを、いまならはっきりと思い出すことができる。

「迷ったり、不安になった時は焦ることも怒ることも嘆くこともない、立ち止まって、その不安や恐怖とただじっと向き合えばいいんだよ。」そうしていれば次に何をすればいいかが見えてくる。と

追伸
なんと、気が付けば30号です。
こんなに続くとは、自分でも少しびっくりしています。
でも書いているうちにだんだんと自分がなにを考え、どんなことがしたいのかがわかりかけてもきました。
でも、わからなくっなたらまた立ち止まります。
自分にとってのゴールは決して逃げないからじっくりいきます。

お知らせです。
来週ファンサイト通信を1回お休みさせていただきます。
次回31号は11月1日(金)再開予定です。
これからもファンサイトをご贔屓にしていただければうれしい限りです。

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