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第236号『母の日』

【骨壺】
【骨壺】

高校を卒業してから、「母の日」におふくろの傍にいたことがほとんどない。
東京と津軽では致し方がない。
いつも、花を贈って茶を濁していた。
そのおふくろが先月、亡くなった。

郷里が遠いから、墓参りもままならない。
足を悪くしてからは出歩くこともめっきり少なくなり、以前は年に1、2度遊びに来てくれていた東京にもここ数年、まったく上京しなくなった。
だから、どうしても、東京に連れていきたいと思った。
そこで、菩提寺の住職にお骨を少し欲しいと、お願いした。

住職は、聞こえていなかったのか、聞こえない振りをしていたのか定かではないが、ともあれ、おふくろの髪の毛とお骨を紙に包み、袋に入れ、持ち帰ることを黙認してくれた。

2,3日経って、なぜだか納まりが悪いと感じるようになった。
なんとなく、布袋では、厚みもなくペッタリとしている。
もっとハッキリと、存在感があるようにしてやりたいと思った。

以前、水上勉の「骨壺の話」というエッセイを読んだ。
そのなかで、人生の幕切れには欠くことのできないはずの”終の棲家”が骨壺である、と書かれていた。

連休の一日、お骨をいれる壷を探しに、笠間に出かけた。
茨城県の笠間は益子ほど知られていないが、県立の陶芸美術館もあり、数多くの陶芸作家が住み創作活動をしている。
また、その作品を販売している陶芸店も数多い。

イメージしていた壷をすぐに見つけることができた。
その壷の印象は重たくなく、でも軽薄ではない。
軽やかで、はつらつとしていた時のおふくろの顔が浮かんだ。

初めて東京の街を、おふくろと歩いた日のことを出しながら、壷を洗い、その中にそっと髪の毛とお骨を入れた。
今年の「母の日」はおふくろが傍にいてくれる。
そして、骨壷を東京の街がいちばんよく見える窓際に置いた。

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