つまらなかったことが随分と後になってから面白くなる。
高校や大学時代に読んだ小説で、当時はまるで興味も面白さも感じ得なかったものが、再読してみると驚くほど新鮮に思えることがある。
こうしたことはさして珍しくもなく起こる。
例えば、倉橋由美子の「聖少女」、フィリパ・ピアスの「トムは真夜中の庭で」、トーマス・マンの「魔の山」などがそれだった。
小説は書かれた文脈から、読者自身がその体験や知識や創造力を駆使して読み取り、自分の世界を創り出す行為でもある。
つまり、面白いのは小説そのものだけではなく、それを読みとる読者の体験を通して再構築する行為そのもが面 白いということなのだ。
若いころには知り得なかった事柄が、時間を経て、筋書きだけはない新たな文脈の読み取りが可能になったということを発見した。
例えば、料理。
これまで料理には縁のない人生だった。
人が作ったものを食べる。
まるで興味もなく、それが当たり前と思っていた。
ところが、最近その料理が面白くなった。
原因、というほどのものではないが、些細な偶然の出会いが3つほど重なった。
1つ目、書店で見つけた料理本。
タイトルが気に入って買った。
「決定版ケンタロウ絶品!おかず」。
簡単でうまいものを作りたい人に贈る最高のケンタロウおかずレシピ集!
コピーがいい、写真とレイアウトがいい。
料理と器がマッチしていて、どれも旨そうな盛りつけだ。
レシピも簡単で自分にも作れそうな気がした。
2つ目は、いつもの散歩コースに農家があり、その軒先の無人販売所で夏野菜が売られている。
なす、きゅうり、トマト、じゃがいも、にんじん等、極々ありふれたものばかりであるが、そのどれもが、つやつやと、そして、みずみずしく並んでいる。
その野菜を食べてみたいと思った。
3つ目、趣味で集めている陶器やガラス器に作った料理を盛りつけ、見て楽しみ、味わいたいと思った。
かくして、日曜日、朝の散歩の帰り、野菜を手に入れた。
そして、ブランチの食卓をプランしてみた。
なすとトマトのパスタ、プレーンヨーグルトソースのほうれん草のサラダ、それに白ワインのソーダ割り。
パスタは砥部焼きの器に盛りつけてみる。
パスタソースの赤が深緑の砥部焼きに映える。
益子焼の乳白色の器にヨーグルトの白と、ほうれん草のグリーンが涼しげだ。
これまで食べるということでしか料理を見ていなかった。
しかし、作る側に立つと、こんなにも違うのかという驚きと面白さを発見した。
なんだか、気分は夏休みの自由研究のようだ。
齢を重ねることは以外といい。
何かに触発され、そして、自分の枠組みを越え、自分の中に潜んでいた別の自分と出会う。
こうして、ぽっかりと浮かんだアイデアが、それまでの自分とはまるで違う自分に出会うきっかけになることもある。
さて、パスタを食べ、白ワインのソーダ割りを飲みながら、もう一度「トムは真夜中の庭で」を読んでみるか。
大人の夏休みを楽しむことにしよう。
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