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第131号『友よ』

早朝の知らせは、なぜか不幸な出来事であることが多い。

精神的に落ち込んでいる時、訪ねると手を休め、夜遅くまでウイスキーのグラスをかたむけ、話しを聞いてくれた師で画家M氏の死、そして実弟の、治ることのない病の知らせも早朝だった。

高校時代からの友、Tの死の知らせを受けたのも出張のため早朝、大分に向かっていた時である。
そして、その死が自らのものであったことにも呆然自失となった。

想像を逸脱した事が起きたとき、人はどう対応すればいいのだろう。

Tは高校に入学したその日、同じクラスで僕の一つ前の席に座っていた。
休み時間「どんな音楽が好きか?」と声を掛けられた。

彼の口からはビートルズ、ローリングストーズ、シュープリームス等々の名前がポンポン飛び出してくる。
当時、洋楽が流行りかけていたとはいえ、地方に住む中学から高校になりたての15歳には、耳新しいものばかりであった。

Tは音楽の趣味だけだはなく、文学も経済もあらゆることに長じていた。

60年代後半、学生運動の真っ盛りの時、高校生の僕たちにもその影は深く、重く、圧し掛かっていた。
Tは学生運動に組みするのでもなければ、体制に組みするのでもなかった。

ともあれ卒業し、同級生のほとんどが大学に進学した。

学年でトップクラスの成績だったTは、誰もが名のある大学に進学するのだろうと思っていた。
しかし、彼の選択はあっさりと大学に行くことを捨て、東京で働き始めた。

Tは、何かもっと深遠なものを探してるんだ。
そんな風に、彼の姿は僕に映った。

僕は1年浪人して、辛うじて大学に滑り込めた。
もともと好きな美術やデザインのことが学べるということもあり、割合、勉強した四年間であった。

方や学生、方や社会人。
遅くまで議論を戦わした。
僕は仕入れたばかりの浅薄な知識をここぞとばかりに開陳した。
例えば、「ラカン派精神分析」とか「ロランバルトの記号論」とか「ハイデガーの存在論」とか。
しかし、彼はびくともすることなく論陣を張った。

いつしかTは僕にとって、どうしても越えたいライバルになった。
あれから30数年、それぞれ別々の道を歩いてきた。
時折、会い、酒を飲み交わし、むかしを懐かしむ話しで盛り上がるのではなく、お互いのいまを語り合えた。

僕が独立することを伝えた時、Tが話してくれた。

「カワムラが何を考えているか知らないけど、まあ好きにやりなよ」いろいろなことが起こるだろうけど、困った時はみんなでちょっとずつトラブルを解決すればいいじゃないか。と。
それは、お互いに共感するのでも、理解するのでもなく、よく分からないけど、俺はお前の味方だよ。
そう言ってくれた言葉だ。

身に滲みた。

亡くなる数日前、最近、変わったばかりの職場も辞したとの連絡を受けた。
年末には会おうと約束していた。

なぜ、話してくれなかったのか。
水臭いじゃないか。
今度は僕が君に伝える番だったのに。
「俺はお前のことをすみずみまで理解も共感もしているわけではないけど、でも味方だぜ」と。

なぜ、自から命を絶ったのか、どうしても理解することが出来ないし、受け入れることもできない。

これは僕が彼から貰った問いかもしれない。
その答えをだすにはもう少し時間がかかりそうだ。

いまはただ、静かに君の安らかな眠りを祈る。
黙祷。

追伸
友の死は耐え難いほどのダメージとしていまも心の中に棲んでいます。
しかし、一方で、師や友や親族の死と向き合う度に、生かされている自分がやるべきことも自覚します。

今年は怒涛のごとく、様々なテーマが浮上しました。
そして、来年はこのテーマの道筋を1つ1つ着けていくことになります。
いま、僕がやるべきことは見えています。

今年最後のファンサイト通信になります。
来年も引き続きご高覧、応援いただければ幸いです。

お知らせ
次回、ファンサイト132号は年明け2005年1月14日(金)配信予定です。

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