例えば、15世紀にグーテンベルクが発明した活字によってラテン語の聖書が各国の言語に翻訳され、王族や聖職者など特権的な階級ばかりでなく、より多くの人々に聖書が広まった。
その結果、ヨーロッパの広範な範囲でキリスト教が力を保持するに至った。
この論拠の前提となっているのは、活字や印刷という新たなモノや新たな技術の登場なくしては起こり得なかったということにある。
それまではむしろ、人間や社会の変化がモノや技術を生むのだとする考え方が一般的な認識であり、人間の思想、意識、感覚、思考そして社会の変化や変容がモノや技術の変化を引き起こすとされていた。
しかし、1960年代『人間拡張の原理』『機械の花嫁』『グーテンベルクの銀河系』などの著作で知られるマーシャル・マクルーハンの登場により、新しいモノや技術の出現が感覚や思考の変容を促し、社会や文化が変化したという視点がとりわけ決定的なものとなった。
こうしてみれば、例えば1個のハンバーガーが、突如として現れ、それまで築いてきた固有の文化や社会構造を変容することなど、さして驚くことでもなければ目新しいことでもない。
私たちの国でも、わずか30年あまりでマックとポテトチップスとコーラに支配された大人と子供を増産してきた。
まさしく固有の食文化が大きく変容し、その洗礼を十分に受けた民族の1つかもしれない。
そして、いま、またあたらな事例が加わりつつある。
昨年4月のバグダッド陥落の後、中心部にある宮殿敷地は旧フセイン政権に代わり、駐留米軍がその主となった。
そして、いまでは星条旗があちらこちらに翻る。
ここにマクドナルドのチェーン店が出店し、敷地内ではジョギングウエアに身を包んだ米国人がジョギングを楽しんでいる。
いまや、旧政権中枢施設の宮殿は米国のイラク占領を象徴する場所でもある。
宮殿そのものを大使館にするのは、イラク人からの反発がある。
だから宮殿近くに大使館ビルを建る。
そして、ショッピングセンターを造り、大使館職員約3000人とその家族が住む巨大な米国村=租界が2年後には現れるという。
6月28日、米英占領当局(CAP)はイラク暫定政府へ主権を移譲した。
しかし、その実態は米国のアドバイザーを各省庁に送り込み、占領を続けるというものだ。
イラク復興のために使う石油の収益と日本をはじめとする国際支援金による「イラク開発基金」の管理はCPAからイラク財務局に移管するが、その用途を監督する国際管理理事会のポストは国連、国際通貨基金(IMF)、世界銀行など米国の影響下にある代表が就く。
こうして、米国のカネとアドバイザーによる「間接占領」は行政、経済、安全保障などの主権移管の後も続く。
アメリカはなんのためにイラクで戦争をしたのか?
そして数年も経てば、街にマクドナルドのショップが点在し、マックとポテトチップスとコーラがまるで15世紀の聖書のようにイラク全土に広がるおぞましい風景を観ることになるやもしれない。
アメリカ人よ、あなたたちはいったい誰なのか?