第1111号『映画『TOKYOタクシー』を観た』

食べ放題のてんこ盛り料理も、ガチャガチャした音も、チカチカしたアニメや中高校生向けのような恋愛映画も少々うんざりしている。欲しいのは少量で味わいのある料理、落ち着いた音楽、そして、できれば大人の映画が観たいなと、思っていた。

先週末、映画『TOKYOタクシー』を観た。御歳94歳となる名匠・山田洋次が、倍賞千恵子と木村拓哉を主演に迎え、2022年製作のフランス映画『パリタクシー』を原作に、人生の哀しみと喜びを描いたロードムービーである。ちなみに、本作が91本目の山田洋次監督作となる。日本映画にあって、山田洋次という監督が存在することがどれほどのことか、その重みは計り知れない。

さて、あらすじである。タクシー運転手の宇佐美浩二(木村拓哉)は、85歳の高野すみれ(倍賞千恵子)を東京・柴又から神奈川の葉山にある高齢者施設まで送ることになった。すみれの「東京の見納めに、数箇所寄ってみたいところがある」という頼みを受けた宇佐美は、すみれの指示のもとタクシーを走らせる。こうして共に移動する。次第に心を許したすみれから語られたのは、彼女の意外な、そして壮絶な過去だった。柴又から葉山へ向かうタクシーのなかで語られた85年間は、一人の人間の大河ドラマのようだった。いつもは主役(ピッチャーで4番バッター的)として演ずる木村。方や、賠償は『男はつらいよ』他、多くの作品で受ける役(キャッチャー的)を演じてきたが、今作では賠償が投げ、木村が受ける役。この受ける役の木村がとても良かった。ひょっとしたら俳優としての分岐点になるかもしれない。ここまでほぼネタばれなし、ここから先は劇場で・・・

この世界には、多くのすみれさんがいる。この物語には、「悲しみ」と「哀しみ」と「愛おしさ」とを通して「生きる覚悟」と「死ぬ覚悟」をスクリーンから問いかけてくる。戦後を生き抜いた人のたくましさ、我慢に我慢を重ねた人生、生きることは、悲しいことの連続かもしれない。しかし、そんな中にあって、地に足をつけて生きることが暗闇の中で光を見出すことに繋がる。いかなる事柄も、いかなるときも、どうにかなる。85年という歳月を生き抜いてきたすみれは、時代がどんなに変わっても、人のカタチはそうそう変わるものではないことをよく知っている。

すみれとも宇佐美とも立場は違うが、僕とも重なるところは多い。映画という架空の他人の物語を通して、ふと我が身を振り返ることがある。なんとも不用意ではあるが、そんな鈍感さがあるから、世知辛い世の中を日々なんとか過ごしていける。この映画は、そんな市井の人々へのエールのようにも思えた。

これこそが佳き映画の共通項と感じたシーンがあった。備忘録として記す。

タクシーの後部座席に座る、すみれ(倍賞千恵子)。その傍にすっと現れる若い頃のすみれ(蒼井優)。そして、若い頃のすみれ(蒼井優)がすみれ(倍賞千恵子)の手をそっと握り、微笑む。その時、流れるの歌が「星屑の町」。(かつて、三橋美智也の歌でヒットした昭和歌謡。そのカバー曲として、高橋幸宏のアルバム「colorsグリーンジャケット」にも収録されている。この場面では、女性のボーカルだったので、誰かなと調べてみた。それは倍賞千恵子だとわかった。なんとも美しい歌声である。)この間、言葉は一切交わされていない。ただ、映像と音楽があるだけ。でも、僕たち観客にはわかる。若い頃のすみれが、今や人生の終焉を迎えようとしているすみれに、あなたはよく頑張ったよねと、手を握り微笑んでいることを。このシーンに涙した。

「星屑の町」

作詞:東条寿三郎 作曲:安部芳明

両手を回して 帰ろ 揺れながら
涙の中を たった一人で
やさしかった 夢にはぐれず
瞳を閉じて 帰ろ
まだ遠い 赤いともしび

【付録】ファンサイト有限会社の取締役、川村勇気のブログです。ブログ『ファンランドへようこそ』 を配信しました。

『ファンランドへようこそ』 #7 過負荷の収穫

ファンランドへようこそ。ファンサイト有限会社、取締役の川村勇気です。今回は更新の間がだいぶ空いてしまったことへの言い訳とコンテンツが共存する内容にしたいと思います。
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