連日の猛暑、そしていよいよ夏休み。こんな日は、よく冷えた映画館での映画鑑賞がお勧めだ。さて、夏休み前恒例の2025年前半、私的映画ランキングBEST5を選んでみた。対象作品は映画館だけにとどまらず、Netflix、Amazonプライムなど自宅での鑑賞も含む。ここまで鑑賞作品数35本。まずは5位から発表したい。
5位.『名もなき者』 ジェームズ・マンゴールド監督作品 3月2日:イオンシネマみなとみらいにて鑑賞
はじめてボブ・ディランを知ったのは中学3年の夏だった。叔母の家に遊びに行った時、大学生だった従兄弟が夏休みで東京から帰っていた。その彼の部屋にあったラジオから流れてきたのが「ライク・ア・ローリング・ストーン」だ。たしか、洋楽をランキング形式で流す番組で、この時ビートルズの「ヘルプ」も聴いた記憶がある。いままで聴いたことのないサウンド(音)に衝撃を受けた。
さて、今作『名もなき者』で描かれているのは、ディランがアコーステックギターをエレキギターに変え、バンド演奏を聴衆に初披露した1965年7月の伝説のステージ、ニューポート・フォーク・フィエステバルをハイライトとする5年間に絞って描かれている。田舎町から大都会ニューヨークへやって来た名もなき若者が、ウディ・ガスリーやピートシガー、そしてジョーン・バエズら著名ミュージシャンに認められ、いつしか彼らを超えて名声を得る過程で孤独と愛を知り、また次の場所へと旅立つストーリーである。
特筆すべきは、ディラン役を演じたティモシー・シャラメ。『デューン砂の惑星』でも素晴らしい演技を観せたが今作でも素晴らしい演技だった。そしてバエズ役のモニカ・バルバロのパフォーマンスも。製作が始まってすぐ、コロナ禍、映画業界でのストライキが続き約5年の停滞を強いられた。だが、製作プロデュースも兼ねるシャラメはその期間に歌と楽器を猛特訓。ギターとハーモニカをほぼ完璧にマスターしただけでなく、ディランの映像を研究しその音楽の本質に迫り、自らの演技を磨き、完璧と思えるまでに完成度の高いディランを演じていた。
余談だが、いまNETFLIX『グラスハート』での佐藤健(製作プロデュース担当してる点もシャラメと共通している)ら役者陣の音楽的パフォーマンスの高さ、そして音楽ではないが映画『国宝』での吉沢亮、横浜流星らの歌舞伎での舞の完成度が注目されている。まさしくそれは、役者の身体的(動きや声など)から発せられる魂がスクリーンを支配する瞬間と出会う場でもある。
4位.『F1(R)』 ジョセフ・コシンスキー監督作品 7月9日:横浜ブルク13IMAXにて鑑賞
主役はブラッド・ピット(彼以外の適役は考えられない)。かつて、カーレースの世界で栄光を掴みかけたが挫折した中年のオヤジ。そして、いま再び一念発起し再起をかけるというファンタジーである。このファンタジーを成立させるには、実際のF1の世界をそのままベースとして活かすことが前提となる。つまり現役の一流ドライバーやエンジニア・クルーが多数リアルに登場し、そのリアリティが物語を徹底的に補強する。ファンタジーを支えるリアル。F1のエンターテインメント性を高めてカーレース市場でのシェアを拡げるという目的での経営戦略である。つまり、作品タイトルに商標(R)がついていることからも分かるとおり、これは企業グループとしてのF1(FIA)が全面協力した、PR映画でありプロパガンダ映画なのだ。
監督のジョセフ・コシンスキーは『トップガン マーヴェリック』(2022)での成功を引っ提げ、この作品に望んだ。その監督へのインタビューで、なるほどと感じたことがある。
監督として最も難しかった、チャレンジングだった部分はどこですか?この問に監督はこう答えている。”この映画で一番困難だったのは、実際のF1レースを撮影するので、数分しか撮影できない。さらにレース会場のスタンドには数万人の観客やファンがいる。そのプレッシャーが、功を奏し、役者の演技が研ぎ澄まされていく。それは、CGではなく、すべて本物、その当日の出来事だ。リアルな瞬間を撮影しているのだ。”と。断言する。この映画は今年最もIMAXで観るべき作品である。そしてもうひとつ、音がポイントとなる映画だ。その音をいまや映画音楽の巨匠ハンス・ジマーが担当している。
3位.『ルノワール』 早川千絵監督作品 7月7日:ローソン・ユナイテッドシネマみなとみらいにて鑑賞
監督のこれまでの評価は、2014年の短編『ナイアガラ』がカンヌのシネフォンダシオン部門(次世代の国際的な映画制作者を支援する目的で、各国の映画学校から出品された短編・中編を毎年15~20本選出)に入選、長編初監督作『PLAN 75』がカンヌ「ある視点」部門でカメラドール(新人監督賞)の次点と、カンヌ映画祭の申し子といってよいほどである。
すでに、監督は『ルノワール』の製作過程で影響を受けた映画として、ビクトル・エリセ監督作『ミツバチのささやき』、相米慎二監督作『お引越し』、エドワード・ヤン監督作『ヤンヤン 夏の想い出』の3本を挙げている。筋書きを引用したり演出を参考にしたと、明かしている。
この背景には確かな計算があってのことだ。『ヤンヤン 夏の想い出』はカンヌで監督賞、『お引越し』もカンヌの「ある視点」部門招待、『ミツバチのささやき』はシカゴやサン・セバスティアンなど複数の国際映画祭で入賞。つまり、「幼い子供が大人の世界を垣間見て、成長する」映画は、世界の映画人から愛され、評価されやすい傾向がある。だから、その“傾向と対策”をしっかりと踏襲させ、当初からカンヌでの賞レースを勝ち取るための野心的戦略(世界で戦うためには当然のこと)を駆使した作品でもある。
本作品は、好き嫌いの分かれる作品だと思う。実際、ネットでの評価をみると、とても乱暴でそこまで言う必要がどこにあるのか、と感じてしまうほど悪意に満ちた意見も散見される。僕は好きだ。佳き作品だ。いや別に通ぶって言うのではない。監督自身の体験も踏まえ、一人の少女がどんなふうに挫折や不安や危うさを乗り越え成長するかを、丁寧に繊細に描いている。映画としての力を感じる作品である。
2位.『サブスタンス』 コラリー・ファルジャ監督作品 6月11日:ローソン・ユナイテッドシネマみなとみらいにて鑑賞
グロで、エグく、ヤバイ映画である。監督のコラリー・ファルジャは、1976年パリ生まれの女性監督。ラ・フェミス(国立高等映像音響芸術学校)で映画を学んだ。今作で、カンヌ国際映画祭脚本賞およびアカデミー監督賞にノミネートされた。今作は監督として長編2作目での快挙である。随所にクローネンバーグ監督の『ビデオドローム』や、キューブリック監督の『シャイニング』だったりのオマージュが感じられるシーンが散りばめられている。また、主演のデミ・ムーアの体当たりの演技も一見の価値ありだ。
グロテスクなシーンがとても多く、苦手な人にとっては目を覆いたくなるシーンも多いけれど、命を弄ぶようなスプラッタホラーではない。むしろ必然性さえ感じ清々しく観ることができた。
コラリー・ファルジャ監督は雑誌VOGUEのインタビューでこう発言している。
”個人的には、社会全体が変わらなければいけないと思っています。女性はいまだにモノや欲望の対象として扱われがちです。社会で評価され、居場所を得るために特定の基準に従ったり、期待に応えたりしなければならないのは誰か? それは女性たちなのです。今の状況を改善するには革命が必要ですが、女性たちの中にも、期待に応えなくてはいけない、美の基準に従わなければという意識が植え付けられているので、気が遠くなるほど大変な作業だと思っています。逆を言えば、個人レベルでルッキズムやエイジズムの考えやシステムを排除するのは容易なことではないのです。苦しみや不平等、社会の男性支配の度合いが大きいからこそ、私は今作を暴力的で振り切った作品にしたかった。そうすることで、問題がよりクリアで際立つと思ったからです。”
・カメラワーク・音の使い方・色彩・音響・キービジュアルとなる商品パッケージからその説明書のフォントまで、細部に拘る監督のセンスが気持ちいいほど光っている。最初から最後まで最高に楽しめた140分間だった。
1位.『国宝』
李相日(リ・サンイル)監督作品 6月13日:ローソン・ユナイテッドシネマみなとみらいにて鑑賞
女形として歌舞伎界の頂点に立とうとする、ヤクザの遺児と名門の息子が織り成す、ふたりの挫折と栄光の成長譚である。
隙きのない映画である。野球に例えれば日本選抜チームのような製作陣と役者陣で構成されたのが、この李組(映画で製作チームのことをはしばしば〇〇組と言う)だ。
列挙する。まずは、監督の李相日、その存在を知ったのは『フラガール』でだった。そして、『悪人』『怒り』『流浪の月』と佳作、傑作を作り続けている。因みに、『悪人』『怒り』で、倅元気が企画を担当した。映画監督にも挑戦したいと思ったのは、李相日監督の傍らでその姿勢に触れたことが大きなきっかけとなったと彼から聞いたことがある。そして、原作は『悪人』『怒り』の吉田修一。脚本は奥村佐渡子、相米慎二監督作品『お引越し』(1993年)で脚本家としてデビュー。その後、『八日目の蝉』『サマーウォーズ』『おおかみこどもの雨と雪』等々を担当した手練れである。美術監督は種田陽平、岩井俊二監督作品の『スワロウテイル』はじめ、三谷幸喜監督作品のほぼすべて、李相日監督作品の『フラガール』『悪人』、そしてクエンティン・タランティーノ監督の『キル・ビル』と挙げればキリがない。役者陣も凄まじい。吉沢亮、横浜流星の主演のふたりはもちろんのこと、渡辺謙、田中泯、永瀬正敏、寺島しのぶ、高畑充希、森七菜、黒川想矢、越山敬達らと。ほぼ、スキのないキャスティング。
なにより、複雑で難解な要素を丁寧に紡ぎ、大傑作の織物へと昇華させた監督の手腕を最大限に評価したい。かつて彼は『オッペンハイマー』(2023)の劇場用パンフレットに寄せた作品評で”理性の崩壊を理性的に描く”作品としてクリストファー・ノーラン監督のアプローチを高く評価していた。まさしく、本作で李監督は同様のステップを踏んでいる。想像するに、吉沢亮、横浜流星はじめ役者たちが表現や解釈に行き詰まりを抱える場面も多々あっただろうが、それを捉える監督の感情任せではない視線が、迷いながらも芸道(歌舞伎を演じる映画という入れ子構造)に打ち込む彼らの、ひたむきな姿勢を観客とダイレクトに共有することに成功したのだ。ともあれ、今年度最高の一本として称されるに相応しい作品である。
結果として1位から5位まで、映画館で観た作品ばかりになった。映画は様々な人生模様を俯瞰し、接写してみせる。自分とは別な人生を生きていたらどうなるか・・・。想像するにゾクゾクゾワゾワする。やっぱり映画は面白い。さて夏休み、よく冷えた映画館で映画鑑賞といきましょうか。あっ、もうひとつお知らせがあります。8月29日(金)より、倅元気が脚本と監督を担当した映画『8番出口』(配給:東宝)が劇場公開です。ご高覧いただければ幸甚です。
【付録】ファンサイト有限会社の取締役、川村勇気のブログです。隔週でブログ『ファンランドへようこそ』 を配信しました。
『ファンランドへようこそ』 #6 未完成とエンゲージメント
ファンランドへようこそ。ファンサイト有限会社、取締役の川村勇気です。先日お仕事で久しぶりに神宮球場に行ってきました。
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https://note.com/yukikawamura0407/n/n50ea7ec27f05
【夏休み期間のお知らせ】 例年通り、ファンサイト通信も夏休みをいただきます。 8月15日(金)と8月22日(金)の2回。 次号開始は、8月29日(金)からの配信予定です。それでは皆様、酷暑に負けずこの夏を楽しみましょう。