1月2日で74歳になった。我が国では、法律や行政上は65歳以上を「高齢者=老人」と定義し、65歳から74歳を「前期高齢者」、75歳以上を「後期高齢者」と区分している。こうした線引は、道路交通法での高齢者講習や医療対象での制度が背景にあるのだろう。単に法令に絡む分類分けであり、気にするほどのことではないとは思いながらも線引きがあれば、そのラインを基準に心模様の変化も起こる。
たしかに周りを見れば、例えば定年退職などを期に仕事や遊びの現場から退き、一息ついている方々も少なくない。これまで、懸命にやってきたのだから誰からも咎められる筋合いのものでもない。
ただし、このラインがゴールではない。それは、ここで人生が終わるわけではないことを誰もが知っているからだ。もし、仮にここがゴールだとする人がいたとすれば、それは「これ以上、自分を信じることが面倒になった」だけのことだ。
さて、改めて僕にとって老後とは何かと自問自答してみる。
老後とは、どれだけ長く生きるかではない。どんな状態で生きるかである。それも、より良い状態で。それは、運でもなければ生まれつきの体力でもない。日々の意識と努力によって形成される生き方だ。実行したい項目を8つほど並べる。
・自分のお金と持ち物を自分で管理している。
・自分一人の時間を持っている。
・身体を自分の意思で動かしている。
・寝る時間と起きる時間を自分で決めている。
・自分から人と会う理由をもっている。
・自分のために学び続けている。
・考えたことを自分の言葉で書き続けている。
・自分が今日一日、何をしたかを語れる。
人生には、終焉といったゴールや完成があるかのように語られることがある。そうだとすれば、それまで何をすれば正解かと思いを巡らす。そして、正解を考え思うから、焦りや息苦しさが生まれる。だがしかし、人生は完成しない。死は自分が思い描くような予定調和ではない。だから、死に至るその瞬間まで、やる気をもって前に進むしかない。人は思った以上にしぶとい。