第1118号『74歳の僕がトライアスロンを続けている理由』

先日、定期的に行っている健康診断の結果が出た。尿酸値が基準値以内ではあるが若干高いという以外、ほぼ問題ないと診断された。有り難いことだ。そこそこ健康でいられる要因はなにか?その一つが、74歳のいまもトライアスロンを続けていることではないか。今年も、5月横浜で開催されるレースにエントリーした。スイム、バイク、ランと定期的なトレーニングは欠かせない。

過酷な競技といわれるトライアスロンだが、続けている理由はいくつかある。例えば、レースのスタートラインに立った時のドキドキ、ワクワクがたまらなく好きなこと。そして、思い通りのタイムが出ても、そうでなくとも、終わった後に感ずる達成感が最高に素敵なのだ。

このドキドキやワクワク、そして達成感の本当に正体(インサイト)は何か?少し深掘りして考えてみた。

荒々しい競技に立ち向かっている自分、「挑戦」「若さ」「欲望」かつて若きころには、こうしたことが未来への投資として当たり前のように許されていた。しかし、ある日を境に空気が変わった。「無理しないで」「危険だから」「もういい歳なんだから」こうした言葉に押し潰され、身体より先に心が挫け、老いを無条件に受け入れる。老いとは、「社会からあなたはもう進化しなくてもいい」といわれることだ。

しかし、欲望は歳を重ねるほどに軽くなりはしない。ものわかりがよく、人生を達観したように落ち着き、植物のように枯れていくものでもない。人は、年老いたからと言って、そうそう変われるものでもない。食欲も物欲も性欲もある。おそらく死ぬまであるのではないか。気がつけば、必死に生きてきてその積み重ねで老人と呼ばれるようになっただけのことだ。

自分が、まだまだ変化したいという願望と欲望。それこそがドキドキやワクワク、そして達成感の正体なのだ。だからこそ「自分が主役になれる」と思える物語が必要なのだ。その物語の舞台がトライアスロンだった。だから、74歳の僕はトライアスロンを続けている。

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