旬のエッセンス

2020年12月04日第21回『星に思いを♪』

 

泣いても笑っても、心を不安にさせても、ワクワクと躍らせても2020年も、残り1か月を切りました。

どうせなら、愉快に楽しく、来年に思いを馳せて12月を締めくくりたいですね。

今日は、広島から島みかんが届きました。小ぶりで皮が薄くて、酸味と甘さのバランスが絶妙で、味が濃くて、スーパーで見かけるみかんとは、ちょっと違います。

北海道にいながら、新鮮な柑橘を楽しめる事。当たり前の事じゃない。と

今年は、特に感じます。

生産地、信頼する生産者と出会えた事に感謝です。

私の12月は、みかんを食して、師走が来る~と実感するわけですがバタバタしているうちに、また一つ歳を重ねるのが、12月です。

今年に入り、友人が占星術(ホロスコープ)にはまっているのを知って私もちょっと調べてもらうかな?と思いアクションしました。

占星術は、ホロ(時間)をスコープ(見る)特定の時間と出来事の共時性を読み解きをし、進めるらしいのですが肝心なのは、何処で生まれて(出生地)、いつ(生年月日)何時に?(出生時間)がわからないと、本軸の箇所までは、正確に読み解きは難しいという流れにはいそれなら!と、電話しました。母に(笑)

そう言えば、、母子手帳なるものを母から見せてもらった事がない(と言うか、全く気にも留めていなかった・・・です)

まず電話で、母子手帳あるの?(回答は、予想はしていたけど、予想通りである)

「やすこのか?ねえ(無い)よ」やっぱり…

何でないの?(とりあえず尋ねる。決して母を責める為に、聞いたのではありません(笑)

あの当時は、そんな時代だったんだ…(と母が言い訳をしました(笑)

そしたら、何時頃生れたか?覚えてる?

「ん……. 」受話器越しに、四人いる娘たち(私は末っ子(四番目です)の生れた時間(正確に言うと、朝なのか?夜中なのか?昼間なのか?)を

長女の姉から順に、思い出していて、私の番が来ると、記憶がとってもおぼろな様子。

ん….わがんね。忘れた。一人だけ昼間生れた子供がいたから、きっと昼間かも知れない。とそれだけなんです。(笑)さすがに、長女(私とは、7つ違いです)が朝に生まれて、母子手帳も金庫から見つかったらしく(さすが長女です!)

繰り返しますが、私は4女(高橋家の末っ子娘として生まれました)。

幼少期の写真は、ほぼ無く、色々な行事もほぼ省略されて育ってきました。

誕生日は、クリスマスパーティーと合同。七五三(写真もないので、省略された?)

人生のメモリアルというものは、ほぼ縁が無く、そんなんだからか?

記念日という(よくお付き合いした男性と交す、記念日ごっこ?)ものには全く興味を示さず、現在までに至っております。

それが、自分の生まれた時間を知りたいな!と興味を示して、母に聞いたけどラチあかず、次に頼りになるのは、7つ上の姉の記憶です。

母は、4人の娘達を全員実家で(産婆さんに来てもらい)産みました。

函館に暮らす姉に、同じ事を尋ねたら、「母さん覚えてないの?」と大笑いされ次にはこれでした「父さんがショックうけながら、階段降りて起きてきたのは覚えてるわ。。。女だって言って」

だから、昼間だったと思うよ。正確な時間はわらないけど。

これで、私の出生時間は、「昼間頃」という曖昧な感じでしか判明せず、冬なので、15時過ぎには暗くなるので、正午過ぎくらい?

引き続き、お正月帰省時に、また記憶を辿り、手掛かりを見付けたいです(笑)

4人目あるある話ですが、産婆さんが、4人目は男の子みたいだよって父に期待を持たせていた様子で、待望の長男誕生を心待ちにしていた父にとっては、当日はちょっと肩透かし?ガッガリだったのでしょうね。

先日の、母からの電話で、もう一つ事実が判明しました。

私が生まれる前の日に、産婆さんが、あれ?男じゃなくて、女みたいだわ。

母は、その事は父に話す事もしないまま、私が誕生。

父がショックからかけた言葉が「まだ女が!ママ食わせね~」

やや複雑な気持ちで、母の出産を労ったらしいです。それは運命だから父さん(笑)

生れる前に、女の子だと知っていた母。父に話す事なく、父は天国へ

出生時間騒動で、今回新しく判明した出来事で、母は姉と笑いあえたし、めでたし。

私が女性ではなく、男性として生まれていたら、どんな人生を送っていたのか?

男性であっても、女性であっても、両親の娘として生まれて来た事に最大の敬意と感謝をしています。

何もない田舎ですが、何不自由なく育ち田舎の不便さが、最高の食育環境で過ごした私が、今の私のベースを作っています。

姉妹揃って、家の手伝いを本当に(本当に)しました。

私が幼少期(3歳頃)、一番記憶に残っている風景は、やっぱり家のお手伝いです。

4人姉妹色違いで、揃えてもらったヤッケ(防水加工の上着の事)に着替え(朝早く起こされて、階段の上に引っ掛けてあるヤッケを外し袖を通すと、イカの生臭い匂いがしていて、いつも息を止めながら、着ていました)

海の潮風が当たる崖側にある、イカ干し用の棒に、イカの足をかける係が私でした。

時には吸盤が手にひっつき怖いけど、怖いと言えない幼少期忙しい家だったという記憶だけ、残っています。

そこへ嫁に来た母ですもん。私が誕生した時間をも、忘れてしまう位忙しい毎日を送っていたのだと、察しています。

そんな時代だったんだ…。母が発した言葉に納得です。

もう少しで、1年ぶりの正月帰省となりますが、無事に帰れる事を楽しみに、あと3週間張り切って参ります!

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執筆者

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高橋 やすこ

イタリアおもてなし家庭料理、ベジフルマイスター。
北海道松前町出身。
ネット販売ショップ『メルカートオッティモ』を展開。
農と食の2本柱で、イタリア料理全般のレシピ提案、メニュー開発、企業外部講師、ワインと食をテーマにした商品開発。

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