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第98号『探し物』

月曜日の朝、出かける段になって黒い革製の財布がない。
いつもの場所に置いてあるはずだが見つからない。

違う場所に置き忘れたのか、あるいは鞄の中に放り込んだままではなかとしばらく探し回る。
カードや免許証も入っている。
「まいったな、警察署やカード会社に電話するか」と半ば諦めた。
そうしてもう一度、いつも置いてある場所を探した。

そこには黒ではなく茶色の財布があった。

そうか、先週金曜日、新しい財布に替えたことを失念していた。
黒い皮状の物体=財布という認知を数年にわたり繰り返してきた。 結果、ほとんど無意識とも思える動作の中で、自動的に視覚はその物体を検索していた。

だから、形状と色が違うことでそれを認知できず、見過ごした。
何度も、置かれている場所を確認したにもかかわらずである。

お前は、自分の健忘症をなんだかんだと屁理屈をつけ、正当化しようとしているだけとの誹りを受けるやも知れない。
否定しえない面もある。

ヤーコブ・フォン・ユクスキュルの名著『生物から見た世界』(思索社)の中に出てくるカエルの話しは秀逸である。

数日餌を与えないカエルの目の前にミミズを置くと、当然食らいつく、そしてその後カエルの前に細長いモノを置くとそれがゴム紐であれ、なんであれ飛びつくという。

つまり、探し求めているモノが現実に見えている像を歪めるという知覚特性があると言及している。

なるほど、財布を探し求めてあたふたしていた自分はカエルとはぼ同じ行動様式をとることも確認した。

どうやら、私たちの知覚は目の前に置かれた事実より、むしろ探し求める像によって世界を見ているようだ。
ならば、自分に都合よく世界を見直してみるのも一考ではないか。

「今日一日すべて思うようにいく。」という像を思い描いてみる。

うん、いいな、これで行こう!

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