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   <title>The Value of Life | 柳澤 史樹</title>
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   <title>第144回　ベターな習慣</title>
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   <published>2010-03-11T22:49:17Z</published>
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   <summary>ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、タバコをやめました。 とはいってもまだ1...</summary>
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      ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、タバコをやめました。
とはいってもまだ1ヶ月半くらいですが。やめてるんです、くらいが正しい。

若かりし頃からウン十年吸い続け、途中2回ほど禁煙に挑戦したものの、どちらも3ヶ月目にあえなく挫折。しかもそこまで我慢するのも非常に苦しく、結構頭の中はタバコタバコ、我慢我慢だったと記憶しています。

それが今回はちょっと違う感覚で禁煙進行中である理由が３つあります。

１つは、禁煙の治療を熱心に行っている医師の先生と知り合い、その害に関して細かい情報を細かく聞くようになったこと。喫煙者と非喫煙者は脳内麻薬の分泌量に差があるだとか、肺がんは治癒率が20％以下だとか、恐ろしいニュースばかりです。
またそこで新鮮だったのは「吸いたい気持ちは一生なくならない」ということを理解し受け入れた上で、どうクリアするかが問題だと気が付いたことですね。
吸いたい気持ちがある以上は止められないのでは、という勝手な思い込みから逃れることができたと思います。

２つめは、古くからの友人が肺がんで亡くなったこと。気が付いたときには肺がんが脳に転移して、すでに末期だったそうです。それも彼が誰にも話をしていなかったこともあり、死に目に会うことができなかった。
先の先生の話を聞いていた矢先に友人の訃報を聞いたことがきっかけで、スパッとやめました。
それから1ヵ月半、食事中やお酒を飲んでいるときにはまだ「あー吸いたいな」と思うときがありますが、それでも買ってまで吸いたいとは思わなくなりました。苦しくもない。不思議なものですね。

３つめは体を健康にキープしていく習慣に対する意識が、禁煙の意志を下支えしているという感覚です。
煙は血流の中に入り込み全身に回るのだから、そらよくないのはずっと昔から知っていたけど止められなかった。
しかしさすがに年齢と共にそんな無駄なことは体に対してもったいない、という感覚が出てきたこと。どこまで強い、というか健康な体を作り直せるものか、ということに興味が出てきたことが大きい。相変わらず縄跳び、筋トレやってますよ。

結局、意志の問題が一番大きく、そこに何かしらのきっかけがあればたとえ習慣でも変えることができるのだと気が付きました。
そんなこんなで禁煙に限らず、気張らずに自然に、肉体的にも精神的にもベターな習慣を一つでも多く取り込んでいけるようにしようと思っています。
      
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   <title>第143回　わかものろん　</title>
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   <published>2010-03-04T23:50:18Z</published>
   <updated>2010-03-05T01:01:44Z</updated>
   
   <summary>朝のテレビである広告代理店、東京芸大が都内の私立小学校4年生とコラボレーションし...</summary>
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      朝のテレビである広告代理店、東京芸大が都内の私立小学校4年生とコラボレーションし、ＣＭの手法を取り入れて子供たちにコミュニケーションを教える授業をやっていると放送していました。
自分のPRポイントを15秒のCM形式で披露する子供たち。音楽もいれば踊りもいたり、多彩に皆で演じます。こうした一連の製作過程で子供たちは自分を客観的に見つめなおし、また他者との関係性の中でコミュニケーションをすることを学ぶそうです。

舞台は偏差値の高そうな私立小学校なのですが、そこで一人モデルになった男の子がおり、自分のよさを発見できず悩んでおり、同じクラスの子となじめず苦労していました。
最終的には必死に悩んで自分の得意な水泳のCMをつくり上演、性格も明るくなり友達もできてめでたしめでたしという展開で、ここまでは「なるほど」という話で、なかなか面白いプログラムだなあ、でいいのですが、その子がそれまでの悩みに答えた言葉に「！」と反応しました。

「今までは友達が傷つかないように話しているだけだったけど・・」
それが彼自身が同じクラスの子と馴染めずにいる原因だったのです。
なるほど、4年くらいならこういった他者との繋がりを意識しはじめる時期かも・・と思いつつ、故筑紫哲也氏が著書「若き友人たちへ」（集英社新書）の中で「今の若者は他者をとても思いやるやさしさを昔よりももっている、そしてそれは明らかに異なる話法として定着してきつつある」というニュアンスを書いていたことを思い出したのです。


「おお、もしかするとこのような思いを筑紫さんも感じていたのだろう」
と思いつつ、今の若い人は・・」的な考え方をすること自体がオッサン、いやそれなりの年なのだ、ということを感じてもみたわけですが、確かに氏が生前遺作のようなかたちで書き残しておきたい、といった言葉を読んで、かつ実感としてそれをテレビで聞いた私のスイッチが入ったのです。

また「そんなことはないです、人それぞれです！」という意見も実際に若い文屋からは聞いたりもするわけですが、自分の子供時代と比べ、それが世代的に今の若者と何か違いがあるだろうか。そもそも何をもって「若者」と定義しそれを論じるのだろうか。

半ばどうでもよいかと思いつつ自分的にこのテーマは結構面白いなと思ってしまったので、何回か筑紫氏の「若き友人たちへ」を参考にしながら「若者とは」みたいなものについて感じることを書いてみたいと思います。







      
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   <title>第142回　あなたはどちらです？</title>
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   <published>2010-02-25T22:06:21Z</published>
   <updated>2010-02-25T22:39:47Z</updated>
   
   <summary>ここ数年で、実にさまざまなことで従来の価値観が壊れているのは皆さん実感されている...</summary>
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      ここ数年で、実にさまざまなことで従来の価値観が壊れているのは皆さん実感されていることかと思います。
しかもその変遷がインターネットの普及により、実にスピードが速く進んでいますね。

皆さん、この流れに対してどんな印象をもたれていますか？
楽観的にポジティブな可能性を感じていますか？それとも悲観的にネガティブになっていますか？

私は「かなりポジティブ」な感じでこの流れをとらえています。
今まで生きてきたなかで最もいい感じといっても過言ではないかもしれません。
それは今までの常識とされてきた価値観に対して、結構多くの場面で座りの悪い感覚を覚えてきた価値観が認められるようになってきた、そんな感覚でしょうか。

より価値観が多様化し、それを互いに認めあうといった風潮をも実感していましたが、それだけでなく、大きな潮流自体が人間の本来あるべき姿というか、そういった理想を目指していくということに関して進んでいる、そんな感覚を受けるからです。

企業も含めすっかり定着した「エコ」をはじめ、有機農業を応援する草の根的な運動、平和活動に取り組む若者の増加、などなど。

論理的な根拠はなくあくまでも「感覚」の域ではありますが、かなり確信に近い感覚をもって私はあえて「かなりポジティブ」であります。そしてこういったポジティブな人たちと、ネガティブな人たちの分化も、結構加速するであろう、そんなことも感じています。




      
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   <title>第141回　「トップオリンピアンメダル」の提案</title>
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   <published>2010-02-18T22:32:41Z</published>
   <updated>2010-02-18T23:26:47Z</updated>
   
   <summary>月並みといえば月並みですが、やはり触れたくなりました、オリンピック。 それこそ話...</summary>
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      月並みといえば月並みですが、やはり触れたくなりました、オリンピック。
それこそ話題には事欠かないですが、私にとっては普段全く触れないスポーツが見れる機会として非常に楽しんでいます。

そこで思うのは、なぜ感動するのか、というところ。
アスリートである以上トリックはなく、そこには才能と努力とさらに運を兼ね備えていないと勝てない世界である、その為に全てをかけるその姿勢が感動を呼ぶのでしょう。
しかもオリンピックなんて、4年間やってきてパフォーマンスは基本的に1回だけですもんね。正直なところ、出てもメダルを取るには現実的に厳しいと分かっている場合もあるだろうし。

そんな中、男子でなんと6回連続出場の葛西選手、女子で5回連続出場を果たしている岡崎朋美選手、4回の上村愛子選手は本当にすごい。後は45歳のスケルトン、越選手とか。ちなみにJOCのサイトではなぜか年齢を間違えていましたが（笑）

当たり前ですが、彼らは年の功で出してもらっているわけではなく、国内の選考を勝ち抜いて出ているわけで、トップを守り続けてオリンピックに出続ける状態をキープする精神力と集中力こそ、最も評価されるべきなのではないかと思います。

オリンピック委員会も世界中でそのような複数回出場している選手に記録に関係なく「トップオリンピアンメダル」を出せばいいのにな、とか思います。

そしてそれをもっと社会で定着させていけば、もっといろんなマイナー競技をやっている人などもモチベーションがあがり、活性化につながり、最終的にその競技が強くなるのではないかな。華やかさや記録至上主義にいきすぎずモチベーションを保てるこのアイデア、いかがでしょうか。







      
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   <title>第140回　一億総つぶやきまくり時代</title>
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   <published>2010-02-12T00:48:33Z</published>
   <updated>2010-02-12T01:06:53Z</updated>
   
   <summary>昨今twitter をはじめとする「つぶやき」サービスが話題の中心ですね。 まあ...</summary>
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      <![CDATA[昨今<a href="http://www.greenspace.info/twitter/">twitter</a> をはじめとする「つぶやき」サービスが話題の中心ですね。
まあとにもかくにも新しい技術としてもてはやされると、各サイトでも同じようにそのサービスを開始するので、それをどう活用するのかが本当に分かりづらい。
twitter　とmixi ボイスがどう違うのか？とか、一般の人にとってみればほとんど理解されていないというのが現状ではないでしょうか。

確かにコミュニケーションのきっかけつくりには非常に軽く、ちょうどいいサイズの「つぶやき」がヒットしているのは理解できますが、どこでも軽くつぶやけるとなると、相手のことを考えず、独りよがりな「独り言」がどんどん世の中に量産されていくのかな、という感覚と、それこそまたいろんなつぶやきに対して右往左往する人もいるのではないかな、とちょっと感じます。「なんか俺もつぶやかないと時代に遅れちゃうのかな」みたいなね。

それにしても人間って、自分のことを語りたい生き物なんですね。
自分も含めてつくづく思います。
人間の欲求の最高峰は自己実現だそうですから、それを段階的に実現するツールが生まれることはとても望ましいことなのかもしれません。

ただ、人とのコミュニケーションがつぶやきから始まったにせよ、最終的にはいろいろなことをちゃんと話し合うことができるようなリアルな関係つくりを実現できたら、それに越したことはない。私としてはそれを常に目標にしていきたいと思っています。

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   <title>第139回　「ピースボート部」　取材①。</title>
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   <published>2010-02-04T23:48:17Z</published>
   <updated>2010-02-05T00:33:50Z</updated>
   
   <summary>先日からピースボートのお仕事をお手伝いさせて頂くことになり、ブレーンの方の会議に...</summary>
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      先日からピースボートのお仕事をお手伝いさせて頂くことになり、ブレーンの方の会議に出させて頂きはじめました。
もちろん皆さんが乗船経験があり、その思いが募ったあげくにスタッフとして働き出した人ばかり数名の方と一緒に「どうしたらPBを多くの人に理解してもらい、集客できるのか」を話し合うのです。

そこで気がついたことがあります。皆さんの誤解を恐れずにあえて挙げてみました。

①若い
リーダー的な存在のIさんも３０代半ば。その他は皆さん20代が多いくらい。

②優秀
お世辞ではありません。それぞれが得意分野のスキルを持ち、そこで責任と誇りをもって自分の仕事をしっかりとデザインしこなしている。私が同じくらいの年のとき、どれだけ考えていたかと思うと恥ずかしくなりますが。

③個性的
本当にキャラが立っている。
上で述べたように仕事はもちろんですが、それだけでなくそれまで生きてきた軌跡も、普通の（何が普通か、という議論はさておき）生き方とは異なる個性的な体験をしてきた人が多い。

④エネルギッシュ
やはり「ピースボート」という理念に賛同して集まっている集団なので、その思いに掛けるエネルギーが強い。
それが原因で、意見をまとめるのも時には大変だとは思いますが（笑）。

⑤純粋
この言葉も適切ではない感じもしますが、いうなれば「優等生」という意味合いではないけれど、基本皆平和のほうがいいのは当たり前だし、それは間違いではないということをピュアに信じているというのが伝わってくる。

そんな皆さんと昨日打ち合わせの後、軽く食事をしながらお話をしました。
アクの強い、それでいて純粋なキャラ好きの私としてはとにかく「なぜピースボートに興味を覚え、乗ることを決意したのか」という質問を、そこに集う全員に取材したいくらいの衝動にかられました。

お父さんが自衛官で、世の中の役に立つ仕事がしたかったので最初は警官を志したが、あるきっかけでPBに出会い、お父さんとの思想的に対立しながらも納得させた彼。

自分の存在意義を見つけられずにひきこもって死ぬことばかり考えていたけど、船に乗って世界を回った経験から自分の存在意義を見つけ、人生が180度変わったという彼女。

借金を返すために工事現場に簡易トイレを運ぶ仕事を起業し、借金を完済し金も稼げるようになった後に友達が唯一ラジオだったことに気がつきあっさり廃業。そこから原付バイクで金を一銭ももたずに太鼓と寝袋だけで日本全県を回っているうちにPBに出会って上京し気がつけば8年が経過していると語る彼。

ちょろっと話しただけでもそんな「一筋縄ではいかない」個性的でエネルギーのあるメンバーが皆何かしらの思いをもってここに集まっている「熱」を感じました。
ワイワイガヤガヤしていて、事務所というか部室のようなスペースですが、しばらくはここに集う皆さんの取材を兼ねてお伺いすることが楽しみです。
いうなれば「ピースボート部」ですね。そうだ、ここは「部室」だ。

ときどきはここでレポートさせてもらいたいと勝手に決めておりますので、スタッフの皆さん、よろしくお付き合いください。

















      
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   <title>第138回　早く暖かくなれ。</title>
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   <published>2010-01-28T23:36:26Z</published>
   <updated>2010-01-29T00:50:08Z</updated>
   
   <summary>昨年7月末。 私の体は「順調に」ふやけて、かつ太っていました。 連日終電で帰宅し...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fun-site.biz/yanagisawa/">
      昨年7月末。
私の体は「順調に」ふやけて、かつ太っていました。
連日終電で帰宅し、帰ってからのビールと食事。食事後すぐの就寝。
休日は疲れを取る、という大義名分のもと、寝坊もしょっちゅう。
あごの下とか、体周りとかが全体的にブヨブヨしていきながら「これが中年なのだ」とわけのわからない納得を自らに強いていました。強いていた、というかあきらめに近いというか。

そんなとき、横浜でヨガスタジオを経営する友人のトレーニングプログラムを知り、後先を考えずトライしました。メンバー一人ひとりに対して徹底的な食事制限が入った本格的なものです。

翌日からはそれこそ二十年ぶりくらいの「ワークアウト最優先の毎日」。
周りの親しい人からは「どうなりたいの？」とか「なにいきなりやってんだか」的な冷たく厳しい意見をもらいながらも「今日も1日クリア」という1日1日を消化していきました。

そして3ヵ月後、私の体は変わったのです。体重、脂肪率、筋肉量。見かけもそうですが、何より精神面が最も変わったと思います。いろいろな気づきがありました。

あくまで個人的な感覚で、人にも勧めたりとかしようという思いはありません。その人それぞれの状況もあるし、できない人だっているのも理解できる。たまたま私はそれを決め、周りの人や状況がそれを許してくれただけのことです。

思うのは、それまでの私とは違う感覚を手に入れられたこと。まだまだ知らないことなど山ほどあるんだ、と実感として思えること。
それは自分の未熟さや無知と直面する凹みと常にペアではありますが、それでもとてもラッキーだことだと感謝しています。

その後も定期的にトレーニングを続けていますよ。さすがに食事は戻しましたが。
それでも今振り返ると、食生活も明らかに変わりました。野菜、こんなに好きだったっけか。
また改めて思いますが、汗をかくのはきもちいいですね。早く暖かくなれ。


      
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   <title>第137回　偶然のもつ強み</title>
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   <published>2010-01-21T23:20:41Z</published>
   <updated>2010-01-21T23:57:03Z</updated>
   
   <summary>おかげさまで昨年12月にオープンしたandparty も、連日少しずつではありま...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fun-site.biz/yanagisawa/">
      <![CDATA[おかげさまで昨年12月にオープンした<a href="ｈttp://andparty.jp/">andparty</a> も、連日少しずつではありますが登録者の方が増えてきています。先生方の熱心な告知と、応援してくれる皆さんのおかげです。ありがたいことだなあとしみじみ感じております。

まだまだ小さい規模ですが、世の中で既にある「ただのコミュニティ」にしないためにも、連日連日いろいろな人とお会いしたりスタッフ内で議論したり、そんな毎日です。
これだけの情報が労せず手に入るこの時代に、規模はそんなに大きくしなくても、そのコミュニティの集まる人と情報の価値で勝負したいというのがこのサイトの意味でもあるので、そのためには何が必要なのかを考えながらのチャレンジです。

そんな中、企業の方とのコラボやプロのシェフや新しいマイスターの方といろいろお話させて頂くのですが、とにかく「偶然」が多いのです。
先日古くからの友人がandpartyに紹介してくれたマイスター<a href="http://blog.livedoor.jp/tuckeym/">ビストロパパ</a>さんはなんと川村の息子さんとお仕事仲間だったり、同じく兄貴分から紹介していただいた会員制結婚情報サービスの<a href="http://www.m-bridge.co.jp/">M-bridge </a>の橋本社長がお料理婚活教室をお願いしているのが最初からマイスターに登録してくれた先生だったり、はたまた協業のお話をしているまぐろ問屋さんと肉屋さんがお知り合いだったり。。

そんな偶然がこのサイトではボコボコボコボコあって、皆で驚くことしきりです。
まあ、有名な「シックスディグリー理論」からすればそんなものなのかもしれませんが、それにしてもこうも繋がるものなのかとビックリしています。

そして繋がる人がただの知り合いではなく、お互いの信頼関係をもっているという傾向が分かりやすく出ていること。皆さん本当に気持ちのよい、楽しいことが好きな方が多いと思われます。

これを参加している方々に価値のあるコミュニティにするのはたくさんの課題があるとはいえ、それを実感として感じている我々にしてみれば「なんかあるよね」という思いが、推進の強いモチベーションになっているのは確かなのです。
「根拠のない自信」ではありませんが、新たなことを始めるときにはこういった気持ち、すごく大事ではないかと思うわけです。

そんなわけで皆さんもそういった新しい偶然を発見するお仲間としてandpartyにぜひ参加してみてください。何かが繋がって何かが起こるかもしれません（笑）。
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   <title>第136回　したり顔はいやなんだよ。</title>
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   <published>2010-01-14T17:45:04Z</published>
   <updated>2010-01-15T01:27:03Z</updated>
   
   <summary>「したり顔」ができたら自分の人生どうなっていただろうと思います。 自らを振り返る...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fun-site.biz/yanagisawa/">
      「したり顔」ができたら自分の人生どうなっていただろうと思います。
自らを振り返ると、日本を代表する「男の中の男」のせりふでもなんでもなく、本当に「不器用な男です」といわざるを得ません。

「百聞は一見にしかず」という諺を取り違えているような不器用なところが私にはあると自覚しています。
どんな取り違えなのか。
それは「百聞は一体験にしかず」というような取り違えです。
何でも自分でやってみて、リアルに感じてみなければ語れない、語るなら経験したうえで残ったものから語りたい。そんなところがかなり根強いモットーのようなものとして自分の中にあるからです。
それをもっと要領よく考えればいいはずなのに、結果としてそれをよしとせず、結局自分で経験しないと納得しない、まことに要領が悪い人間なのです。

恐らくこれは私の精神的な部分にかなり大きな何かがあり、そこから来ているものがあると思います。
よっぽど「したり顔」をして自分が体験しないことをしゃあしゃあと語るような人間にはなりたくないんです。
人がすでにやったことであっても、それを自分なりに納得しないと気がすまないのでしょうね。だから人の「したり顔」には結構敏感に反応すると思うし、逆にそれを体験した人に対してそれを感じる力もあると自分なりには思うのです。

そんなこんなで余計な時間を使ってきたわけですが、後悔は不思議としていないのです。
そのときそのときに考え、そこから自分の行動を決めてきたわけですから、それに対して自分の中での納得感はあるわけです。ウロウロしてると人には見えるかもしれないけどね。

しかしそれが理由で周りの人に手間や迷惑、ときには失望を与えてきたのも事実だと思いますから、これからはそういった人たちに対しても「ああ、それなりにフラフラしてたわけじゃないのだな」と認めてもらえるように、いろいろなことに対して誠実に取り組んでいきたいと結構まじめに思ったりしているんですよ。

まるで懺悔のようなブログになってしまった感じもありますが（汗）、なぜかこんなことを書きたくなってしまったのですから、それはそれで何か意味があるのかもしれませんね。

しかし、いろいろなことが今年は変わる。そんなポジティブな感じ、そしてパワーがいつになくある、そんなようなとても不思議な感覚です。



      
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   <title>第135回　食べること＝出会うこと　</title>
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   <published>2010-01-07T15:20:05Z</published>
   <updated>2010-01-07T15:43:40Z</updated>
   
   <summary>皆さん長らくご無沙汰しておりました。 ちょうど1年間放浪の旅に出て、再びファンサ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.fun-site.biz/yanagisawa/">
      <![CDATA[皆さん長らくご無沙汰しておりました。
ちょうど1年間放浪の旅に出て、再びファンサイトに戻ってまいりました。
旅に出るときにお知らせできなかった皆様にはこの場を借りてお詫びいたします。

12月よりファンサイトの自社メディアとしてお料理研究家の方々と受講生の方、そして協力頂ける企業を繋ぐandparty <a href="http://andparty.jp/">http://andparty.jp/</a>を立ち上げるということを川村社長より聞き、考えたあげくに参加させてもらうこととなりました。

取り立てて人より優れたものなど何もない私ですが、「人生の放浪癖」ではちょっとは人に話ができるのではないかと、考えております。
そんな中andpartyを立ち上げるきっかけとなったらーぷ先生の「StylishDinning」に何回も参加させてもらう中で、今まで会ったことのないタイプの方々との出会いは非常に新鮮な思いをさせてくれました。

普通の食事会ではない、かといって「コンパ」のような余計な気遣いもなく、皆がリラックスしてすぐに打ち解け友達になり、再会は「あ！どうもー　またお会いできましたね！」のような雰囲気で食べ、語らう・・
そんなパーティーの楽しい空気を皆さんともシェアするお手伝いをするのであれば、私の放浪癖も何かしら役に立てるのではないかと感じ、戻ることにしたのです。

まだまだ私自身の放浪癖は治る気配はありませんが、食べることを通じて人と関わりあう楽しさはどこにいっても同じ。
そんなわけで、今年はこのandparty で皆さんとまた語らい、そして実際にお会いして一緒に食べ、飲むことを真剣に楽しませて頂きたいと思います。

帰還1回目ですので、今回はこのくらいにしておきます。
それでは皆様、今後ともよろしくお願い致します！


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   <title>第１３４回　Everlong</title>
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   <published>2008-12-11T23:10:21Z</published>
   <updated>2008-12-12T05:20:42Z</updated>
   
   <summary>    　　　　　　　　　　　　　　　　　 「ひかり」　 「人はいろいろな出会い...</summary>
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   　　　　　　　　　　　　　　　　　 「ひかり」　

「人はいろいろな出会いや経験、そして環境を経て変わっていくものだ」

・・・・とことばで書くとあまりにシンプルで厚みがないものですが、自らを振り返るとまさにそのとおりだなと心から感じます。

自分のテーマを定めることができなくても、冗談交じりに「大器晩成なのだ」とごまかしがきいた２０代はあっという間に過ぎ去り、周りの環境はどんどん変わってきました。

祖母がいなくなり、飼い犬がいなくなり、友人もいなくなり、友人に伴侶ができ、新しい家族が誕生し。。。

そして３０代も後半になると「何のために存在するのか」というあたりまえかつ普遍的なテーマが静かにのしかかってきました。
さりとて自らを納得させるために周りの環境に順応することをよしとしなかった私は、いろいろな人に迷惑をかけてきたと思います。
が、そんな偏屈な人間を「何か役目があるはずだ」と見守り、チャンスをくれた方々のおかげで私は人生に挑戦する価値「The Value of Life」を見つけさせてもらった。そう思っています。

ここファンサイトでお会いできた人は、仲間や先輩はもちろんのことお客さんに至るまで、仕事を介して自分の人生にとって本当に実りの多い出会い、そして気づきを与えてもらいました。

・・・とはいえ満足はしているわけではありません。

先日読んだ本で、幕末の思想に大きな影響を与えた吉田松陰が、門下生の高杉晋作が問うた「どう死ぬべきか」という問いに答えた言葉がありました。

　「死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし
　　　　　　　　　　生きて大業のみこみあらばいつでも生くべし」

この言葉を読んで、死んで残せるものがまだない私にとっては、生きるエネルギーが今まで以上に沸いてきました。

さて、一旦一区切りで、これからまた新しいはじまりです。
私がファンサイトで享受させてもらったような、仕事を通じて人にチャンスやきっかけになる出会いをどんどん演出し、その人たちを巻き込んで一緒に楽しみながら生きていける人間になれるように日々精進して参ります。
皆さん、つたない文章をご拝読頂き本当にありがとうございました。　
そしてこれからも今までどおり何卒よろしくお願い致します。

































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   <title>第１３３回　やさしさとは何か</title>
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   <published>2008-12-04T15:44:11Z</published>
   <updated>2008-12-05T01:38:12Z</updated>
   
   <summary> 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「こもれび」 小学校２年生から私のふる...</summary>
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　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「こもれび」

小学校２年生から私のふるさとは横浜です。
今ではみなとみらいを中心に、山下公園、元町、中華街など日本の中でも「ベスト・シティ」だと誇れる街だと心から思います。

そんな横浜に、路上生活者の人が多く居住者の８割が生活保護を受けているというエリアがあります。寿町というところで、ほとんどが６０歳以上の高齢者で、いろいろな理由によって社会から「はじかれて」しまった人が多く、正直地元でもあまり普通の人は近寄らないエリアでもあります。

先日その寿町で、コンビニから食べられるのに下げられてしまうお弁当や、キズがある野菜、あまった肉や魚を寄付でもらいうけ、限られた食材を最大限に活用して１食３００円という値段で定食を出す<a href="http://blog.goo.ne.jp/sanagikitchen/m/200511" target="_blank">「さなぎ食堂」</a>のことを知りました。ドヤ街の人々を支援するNPO法人<a href="http://www.sanagitachi.com/index.html" target="_blank">「さなぎ達」</a>の運営する食堂なのです。

そこに働くシェフの土谷氏はまだ３１歳。フランス料理のシェフをやっていたそうですが、ここの人を応援したいという思いからさなぎ食堂のシェフになり、毎日決まらない食材をいかにおいしく人々に食べてもらうか苦心して頑張っています。
見るとやさしそうな普通のお兄ちゃんという風貌で、淡々と料理を作る。毎日作る。ひたすら作る。
３００円という値段から、ＮＰＯの活動は当然苦しいのですが、彼は「これは僕らなりの愛情なんです」と淡々と語っていました。

その食堂に朝夕足をひきずりながら必ず来る８０過ぎのおじいさんがいます。そのおじいさんは九州の炭鉱夫だったのですが、閉鎖に伴いふるさとを捨てて横浜に来て、そのまま家族と疎遠になってしまい、今は３畳一間の簡易宿泊所（ドヤ）でたったひとりで生きています。
おじいさんは何が一番したいかと聞かれ「今さら帰れなくなってしまったけど、ふるさとに帰りたい。ふるさとを見れたら死んでもいい。子供のころが一番楽しかったなあ。」といって泣いていました。
おそらく彼はふるさとに帰ることなくその一生を終わるでしょう。そんな日々のなか彼はどんな思いで３畳一間の部屋で生きているのだろうかと思うと胸が苦しくなりました。

そんな中、若いシェフやおばちゃんたちが奮闘して作る暖かい食事がどれだけおじいさんの心の支え、生きる支えになっていることか。金や地位や名声も権力もないかもしれないけど、彼らのその魂はどれだけ純粋で崇高か。

弱いものいじめが当たり前な窒息しかけの世の中で、人間のもつ良心から生まれた「感動するってこういうことだ」と再認識できるようなストーリーが地元横浜で何年も前から続いていたことに、私は「勇気」を与えられました。

「やさしさとは何か」という問いに

それは他の人に生きる勇気を与えること、つまり

「やさしさとは強さ」　なのだ。

遠い昔ある人にそういわれて理解できなかったことが、ほんの少し分かった気がしました。


















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   <title>第１３２回　ブレンド</title>
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   <published>2008-11-27T23:14:21Z</published>
   <updated>2008-11-27T23:45:44Z</updated>
   
   <summary> 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「高い空」 仕事柄たくさんの人...</summary>
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　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「高い空」

仕事柄たくさんの人とお会いしますが、「面白いなあ」と思う方は考え方も行動も自らのルールにのっとりつつ個性を出す「セルフプロデュース」をしている、そう思います。

そういう方は努力して自らをプロデュースする力をつけてきたのかとも思いますが、それって簡単じゃないですよね。
世の中一人一人が自らをすべて自分だけでプロデュースできるなら、もっと世の中活性化するような気もするけれど、かといってそれが単なる独りよがりの場合もあり、それが原因で軋轢だらけになりそうな気もするし。

要はバランスの問題で、主観に基づいた自らの信念や意地と、客観に基づいたその人の活かし方がうまく調和していくといいのかなと思ったりしています。
それが時間を経ていくにつれてだんだんと熟成～ブレンドされていくのかなと。

私とってはそのブレンドのさじ加減が大事な気がしています。
人はもともとわがままな生き物だと思いますが、そのブレンドがうまくバランスをとって自分が納得いくためには結局勉強しかないのだ。と思う今日このごろです。













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   <title>第１３１回　戦い</title>
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   <published>2008-11-20T13:37:36Z</published>
   <updated>2008-11-20T14:54:20Z</updated>
   
   <summary> 　　　　”THE COLD DAY IN THE SUN” 　　 年の瀬を迎え...</summary>
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　　　　”THE COLD DAY IN THE SUN”
　　
年の瀬を迎えつつあるなか、世の中は殺気立っていて
多くのことが「よくない」または「息苦しい」感じです。
例えていうならば「人が信じられなくなる」出来事が多いです。

なぜ平気で人を刺すやつがいるんだろう？
なぜひき逃げできるのだろう？
なぜ飲酒運転の撲滅を訴えていた警官が酒を飲んで車に乗れるのだろう？
なぜお年寄りから金を巻き上げるやつがいるのだろう？
なぜ戦争をしてもいいんだと平気でいう人がいうんだろう？

絶対に、という言葉を使うことはあまり望ましくないと思いますが、どう考えても絶対に正しくないことは正しくないのだと思います。

人は今まで直面したことのない状況に対して、これも今まで直面したことのない怒りや不安で投げやりになり、そして人を信じられなくなっているのでしょう。
上に書いたような事件は残念ながらこれからもエスカレートしていくでしょう。
これからもっと人を信じることができない人が増えるということでもあるかもしれません。

しかし、その反面人間の良心もさらに強くもなるはずだと私は信じています。
今までは恥ずかしいとか、建前と思われがちだった理想や、人を元気付けるようなビジョンなどをもっと語ることができるようにもなると思います。

人間は進化の過程において、協力することで自然の脅威を乗り越え、他の生物よりも快適に暮らす術（すべ）を身に付けてきたといいます。
だから人は一人では幸せに生きることができず、社会との繋がりを実感してこそ幸せを感じる生き物なのだそうです。
今その人間が繋がるべきはずの社会が疲れ果てている中、良心を信じることや理想を口にすることは不安や怒り、虚無との戦いなのではないか、と最近私は強く思います。



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   <title>第１３０回　書くことの意味</title>
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   <published>2008-11-13T14:06:26Z</published>
   <updated>2008-11-13T16:44:24Z</updated>
   
   <summary> 　　　　　　　　　　　　「秋空」 パキスタンにイクバル君という少年がいました。...</summary>
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　　　　　　　　　　　　「秋空」

パキスタンにイクバル君という少年がいました。
彼は工場で児童労働をさせられていました。
ある日彼は工場を抜け出し、児童労働反対運動を始めました。
運動は大きな反響を呼び、彼はアメリカにまで渡ってその現状を訴えました。

しかし彼はパキスタンに戻った後誰かに殺されてしまいました。
そのニュースは世界で放映されました。

カナダにクレイグ君という少年がいました。
彼も小学生でした。
彼はイクバル君の為に立ち上がりました。
児童労働で作られた製品をカナダに輸入しないよう政府に働きかけました。

最初は耳を貸さなかった政府が、記者を集めて会見をするようになり、最後は大統領から会いたいというまでになりました。

その活動は結果「セイブ・ザ・チルドレン」という世界でも最大規模の団体に発展し、アメリカやカナダで児童労働の反対を促すきっかけになったそうです。

この例であるように、世の中を変えるのは「皆」ではなく「私」の集合体なのです。

・・・・という話を１０年前に買った佐々木かをりさんの著書<a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%82%AE%E3%83%96-%E3%82%AE%E3%83%96%E3%83%B3%E3%81%AE%E7%99%BA%E6%83%B3%E2%80%95%E8%87%AA%E5%88%86%E3%81%8C%E5%8B%95%E3%81%8F%E3%80%81%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%8C%E5%A4%89%E3%82%8F%E3%82%8B-%E4%BD%90%E3%80%85%E6%9C%A8-%E3%81%8B%E3%82%92%E3%82%8A/dp/4883094464" target="_blank">「Give & Givenの発想」</a>を読み返して発見した。このパートを覚えていなかったが。

私が書くことに意味があるとすれば、それにはこのブログを読んで「セイブ・ザ・チルドレン」にしても「Give &Givenの発想」でもどちらでもいいけれど、何かを感じてくれる人がいるかもしれない、何かを変えるきっかけになってくれるかもしれない、そんなこともあるのかな、そう思っている。









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