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2008年05月 アーカイブ

2008年05月08日

第104回 チームプレイ

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最近の仕事のキーワード。まさにまさに「チームプレイ」。
2回繰り返して書きたいほどですわ。

そして自己分析で自分は個人プレイが好きな人間だったのかな、ということも改めて感じています。
とはいえ、今までとは違った何か見えない「流れ」のようなもので自分がチームプレイを心がけ
なければならない状況になってきていることも感じます。

よく自己啓発を謳う本などで「思想は現実化する」というような類いのフレーズを見ます。
それは大きな意味で見ればあるのかもしれませんが、あまりリアリティをもって感じることが
できなかったのは実感していなかったということかもしれない。上記の教えが正しいとすると
私は「無意識に」もっとガチンコのチームプレイをしたい、と思い続けていたのかもしれません。

チームプレイは多くの人は組織の中で当たり前のようにやっているだろうし、私とてそうであった
はずですが、今は本当にたくさんの「チーム」といろんなことを目指しているからこそ、自分の能力
を試されている、そんな感じがしないでもありません。

ただ、知らないことに対する新たな知恵の獲得や、コミュニケーションの違いを乗り越えて成功を
目指して互いに協力していく過程は時にガックリもするけれど、今まで以上にエキサイティングです。

仲間であろうとお客様であろうと、そんな思いを共有することができる。

なぜなら「チーム」は「仲間」ですからね。

そんなチームの一員でいれるよう、これからも精進しようと思います。


2008年05月16日

第105回 物語としくみ

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サイトを作るだけでなく、私たちの仕事はお客さんのサービスや商品にある「物語」をどう読み取って
そして表現するか、という命題があると思っています。

それはもちろんデザインやサイトの構造といった部分に反映されるのですが、その過程を説明して
理解してもらうことができなければ、ただの一人よがりになってしまいますね。

そこには専門的な技術はもちろんのこと、本当に広い知識をもち、それを蓄積しておきつつ
案件の状況によってうまくアレンジしてご提案するという私にとって高度な仕事です。

ファンサイトはとにかく情報のアーカイブが多く、顧問の宇田を筆頭に全員がとにかくいろんな
ことを勉強している人間の集まりです。映画、音楽、スポーツ。本。食べ物。
自分の勉強不足を痛感するわけですが。

また、そうやって物語を表現することができたら、それでOKではない。
それを知らしめる手段やモノを売る「しくみ」が必要です!とお客様に理解してもらえないと、
それはただ自分らのナルシズムを満足させたにすぎず、仕事としては未完成だと思うのです。

「しくみ」には当然それなりの投資も必要だし、簡単なことではないのですが物語を「報せる」ための
しくみの部分は分けて考えられているケースが多いと感じるのです。

今まで感じていた「物語としくみ」の必要性を理解して頂く機会が増えてきています。

そんな中私は勉強不足に汗しながらもうんせ、うんせと一歩一歩進んでいく先に、
楽しい祝杯をあげる日をイメトレしておるのです。

P.S 地元の京浜急行 能見台駅そばに以前からの古い友人がカフェをオープンしました。
「Hearty Beans」 Hearty とはハートにちなんだ意味ももちろん「おなか一杯」とか「まごころのある」
という意味をもつことを提案したところすんなり決まってしまったのです。
この話にも実は偶然とは思えない「物語」があったんですよ。
昔から知っている彼が手作りで必死に作り上げた店は片田舎とはちょっと違った雰囲気をもってます。
お近くの方、ぜひお立ち寄りくださいね!


2008年05月23日

第106回 ラリーレイド

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よくもまあこうもいろんなことが起こるのだろう、と笑いたくなってしまう日があります。
おそらく皆さんも同じなのかもしれませんが、とにかくいろんなことが起こり、そのたびに
いろんなことを考えます。

凸凹凸凹凸凹凸凹。 

でもその道を飛んだり跳ねたりしながら走る感覚はポジティブなものです。
それはいろんなことがあっても、いろんな人の期待や信頼を少しでも感じることができているから
だと思うのです。

現実から離れたただの夢想癖?
理想を追いかけているだけ?
でも他のやり方でやろうと思ってもできなかった今、こうして走りながらこのように存在し、
自分の何か分からないものに期待をしてくれている人がいる。
そんな自分が書いたことを真剣に読んでくれている人がいる。

凸凹を走る中で何かが確実に蓄積され、なにか塊のようなものに変化しています。

凸凹凸凹凸凹凸凹。

 「ソ レ デ モ マ エ ニ ス ス ム」

いろいろな人のいろいろな思い。

コミュニケーションを生業にしている以上は、そんな思いをしっかりと受け止め、伝え、
そして形にし、さらに多くの人に伝えられるようになるためにこの凸凹を走る日がしばらく
続くのだろうと思っています。

2008年05月29日

第107回 ファミリーツリー

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先週末、祖母の13回忌で久しぶりに群馬に行ってきました。
群馬の高崎にあるお寺に両親と私が同行し、久しぶりに親戚とも会うことができました。

おばあちゃん子だった私は子供のころ、夏休みの度に祖母に連れられ群馬に行き、
都会ではできない遊びを親戚の子供と一緒にしていたのです。
カブトムシをとったり、川で遊んだり、ドライブでダムに連れて行ってもらったり、夏祭りにいったり。
祖母の妹の家だったので本来「田舎」とはちょっと違うのかしれませんが、皆で本当に親切にして
くれました。

実はここのところ本当に休みのない感じで常に走っているので、不謹慎ながら特別な意識もなく、
1つのイベントという感覚で群馬にいったのです。

何名かの親戚と合流し、法事が始まりました。
現代社会らしく、先代の跡を継いだお坊さんはダブルワークだとのこと。
たださすがにそこは代々お寺で、住職の読経の太く伸びやかな声に、静かで
穏やかな気持ちになっていくのがわかりました。
その後に焼香をし、お墓参り。親戚がまめに手入れをしてくれている関係で、お墓はきれいに
保たれていました。
無事法事も終了し、近くの料亭で会食。殆ど顔もしらない遠い親戚なのに、ファミリーツリー
の連なりがあるという前提で、なぜか会話が暖かいものになっている不思議な感じでした。

会食後親戚の家に行くと食べたにも関わらずお茶にぼた餅、こだわりの家庭菜園で
作った味の濃い野菜の漬物やおひたし、蕗やウドの煮物。
派手じゃないけどなんだか温かい。

帰ってきてからその思いがじわじわと沸いてきました。

今、そんなファミリーツリーがぼきぼき折れている、または枯れているニュースが多いですよね。
読経の声を聞きながら、自分たちの代になったら昔遊んだのに何十年もあってない彼らとファミリーツリーはどうなるのか。
そんなことをちょっと考えてしまいました。

じわじわと響くような味わいの感覚って、その場を過ごさないとわからないものだな。
今もしかすると価値として求められているのは、そんなじわじわとした温かい感覚なのかも
しれません。

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