
先週末、祖母の13回忌で久しぶりに群馬に行ってきました。
群馬の高崎にあるお寺に両親と私が同行し、久しぶりに親戚とも会うことができました。
おばあちゃん子だった私は子供のころ、夏休みの度に祖母に連れられ群馬に行き、
都会ではできない遊びを親戚の子供と一緒にしていたのです。
カブトムシをとったり、川で遊んだり、ドライブでダムに連れて行ってもらったり、夏祭りにいったり。
祖母の妹の家だったので本来「田舎」とはちょっと違うのかしれませんが、皆で本当に親切にして
くれました。
実はここのところ本当に休みのない感じで常に走っているので、不謹慎ながら特別な意識もなく、
1つのイベントという感覚で群馬にいったのです。
何名かの親戚と合流し、法事が始まりました。
現代社会らしく、先代の跡を継いだお坊さんはダブルワークだとのこと。
たださすがにそこは代々お寺で、住職の読経の太く伸びやかな声に、静かで
穏やかな気持ちになっていくのがわかりました。
その後に焼香をし、お墓参り。親戚がまめに手入れをしてくれている関係で、お墓はきれいに
保たれていました。
無事法事も終了し、近くの料亭で会食。殆ど顔もしらない遠い親戚なのに、ファミリーツリー
の連なりがあるという前提で、なぜか会話が暖かいものになっている不思議な感じでした。
会食後親戚の家に行くと食べたにも関わらずお茶にぼた餅、こだわりの家庭菜園で
作った味の濃い野菜の漬物やおひたし、蕗やウドの煮物。
派手じゃないけどなんだか温かい。
帰ってきてからその思いがじわじわと沸いてきました。
今、そんなファミリーツリーがぼきぼき折れている、または枯れているニュースが多いですよね。
読経の声を聞きながら、自分たちの代になったら昔遊んだのに何十年もあってない彼らとファミリーツリーはどうなるのか。
そんなことをちょっと考えてしまいました。
じわじわと響くような味わいの感覚って、その場を過ごさないとわからないものだな。
今もしかすると価値として求められているのは、そんなじわじわとした温かい感覚なのかも
しれません。


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