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Guilt・・・有罪。
罪がある、という言葉ですね。

果たしてその「罪」にランク付けや質のようなものが存在するのか、と考えることがあります。

例えば、客の信頼を裏切り、消費期限切れの食品を出し続ける企業経営者。
老人を騙して偽リフォームで売りつける輩や、「オレオレ詐欺」の面々。
子供を殺し、公判では自ら極刑を申し出る母親。
公人としてのモラルが麻痺し、晩年にさしかかる前に投獄されてしまった夫婦。
そして正義の為、と称して結果的には大量殺戮へと導く指導者。

あなたはその「罪」に差があると思う人ですか?それとも同じ「罪」であって質は
変わらないものだと思いますか?

私は無罪なのか?という審判を人間は死後閻魔様の前ではっきりさせなければならないと
いう話は有名ですよね。

だから何をもって罪というか、その意識によっても大きく異なるものだと思うのです。
古い食べ物を出す企業経営者にとって、彼の罪に比べればどこかの大統領のほうが、という
感覚があるのでしょうか。
それとも彼はそれを罪と思っていないからこそできたのでしょうか。

そしてそれは大量殺戮も「正義の為であり、それこそが正義である」と思っているのであれば
罪ではないのでしょうか。

聖書でもいわれているように「人間は原罪がある」とするならば、自分が聖人君主では
ないことを前提にしながらも、その「罪の質」を見極める目を持つ人生を送りたいと思います。

追伸:先日行ったバンド2回目のライブに来ていただけた方、ありがとうございます。
本当にまだまだですが、終わった直後の高揚感と映像を何回も見て落ち着きを
取り戻すにつれもっと納得したいという強い思いとのギャップが生まれてきます。
次のライブは来年ですが、それに向けて頑張ります。