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2007年08月 アーカイブ

2007年08月03日

第69回 妖怪

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最近のニュースを見ると、人の皮をかぶった「妖怪」が多いことに閉口します。

 彼らの中には自分のプライド、誇りが少しでもあるのなら普通できないことを、
開き直りなのかどうなのか、平気でしてしまうことで事件になってしまうわけです。

 ばんそうこうを貼った「演出」で就任2ヶ月で辞めてしまった大臣。
 偽装の肉を雨水で検査もなく流通させていた社長。
 国民の審判を無視して居座りつづける宰相。
 老人を食い物にし、自家用ジェットで豪遊していた社長。
 詐欺話の顛末を恐喝で解決しようとした「元」芸能人。

あー書いていて気持ち悪い。なんでこんなやつらばかりが連日スターばりに
TVや新聞を騒がすんだろう。

「妖怪」はそれが発覚するまで全く気がつかれることもなく、私達のとなりで
生活を送っているのです。
しかも、普通の市民よりも物質的には豊かな暮らしをしながら。

 恐ろしいのは、このような妖怪たちがあまりにも多い為、しばらくするとなんとなく
社会が忘れてしまい、普通の市民生活に戻ってしまうという点です。

 メディアの役割として事実を報せることが事実なのだから、次から次へと出てくる
妖怪の模様を取り上げるのはわかりますが、、その後は忘れたように次の妖怪を
気が狂ったように取り上げ、その後は火が消えるように忘れさせてしまうのは、
本末転倒なのではないでしょうか。

 ならば、彼らがしでかしたことの意味を少しでもいいから、マジメに取り上げて次の
妖怪が同じことをしないためにどうすべきかをしっかりと我々が学ぶことができるように
報せることがメディアの役割だと思います。

 例えばハリボテマンションのヅラ設計士は今どんな生活を送り、そしてどんな気持ちでいるのか。
 そしてそのような妖怪が再び出てこないように今はどんな防衛策があるのか。
 購入した我が家がハリボテだと気づき、ローンを2重でするはめになってしまったサラリーマンが
 今どんな暮らしをしているのか。
 そしてそんな国民を救うべき政治家たちはどんなことを考えているのか。

 時間が少しくらいたっても、皆がその後をしっかりと知ることで、妖怪の出現を防ぐことができる
切り口がいくらでもあります。

 私はジャーナリストではないけれど、メディアに携わる人間の一人として妖怪の出現を待つような
麻痺だけはしないようにしているつもりです。

 逆に未来に向けタメになるような切り口で妖怪を封じ込めるような切り口で、飽きさせず
見せるようなスタンスでいたいですね。

連日連夜、いくら部屋が蒸し暑くて眠れなくてもね、妖怪はもうたくさんだ(笑)。

 

 

2007年08月17日

第70回 めんぼう

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皆さんお久しぶりです。

 どんな夏休みを過ごされましたか?まだの人もいらっしゃいますか?
 この夏はまた本当に暑いですね。 近年「温暖化」という地球規模での問題がよく取り上げられますが、いよいよ来ているか?とまで感じてしまいます。

 そんな中、温暖化を例にあげれば、これからの企業は「チームマイナス6%」のように「地球に住む一員として何ができるのか」ということを打ち出していくことが一つの方向性だと感じています。

 ビジネスである以上企業は利益を追求するのは大前提とはいえ、大きな流れ、いわばあるスローガンやコンセプトを掲げ、いろいろな企業や個人、また団体などがそのスローガンのもとに繋がっていくことで、結果としてその企業に対して大きなリターンが得られる、そんな時代になってきてるのではないでしょうか。

 我々の仕事に「ウェブ」や「広報」などがありますが、この仕事はある意味「点」を「面」にする仕事だと思います。 そのイメージは「めんぼう」。うどんやそばをつくるアレです。のばすのばす、ひろげるひろげる。

 お互い同じような理念、意識をもっていながらも繋がらずに「点」だったものが、どんどん情報を発信し、共有しあうことで「面」になっていきます。そのお手伝いをして、その理念や意識をとことん広げるイメージで「めんぼう」。
 そして面から発信された情報の広がりが自然発生的に「運動」になっていき、結果ビジネスとしても規模が大きくなるわけですね。

 「点」を「面」にしていくのは簡単ではありません。だからこそしっかりとした「運動」にしていくこの仕事は魅力があります。なんたって「めんぼう」ですからね。のばすのばす、ひろげるひろげる。
 有益な情報を発信し繋がるために私は「めんぼう」になってそのカタマリを広げる仕事にこれからも力を入れていきたいと思っています。

 


2007年08月24日

第71回 プロフェッショナル

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昔からの友人と先日話したときに「自分の他者に対する判断基準のクオリティに
自信がもてるかどうか」ということがテーマにあがりました。

この仕事の特徴かもしれませんが、多種多彩な業界でそれぞれ違うスキルをもっている
プロフェッショナルの方と会う機会が多いです。

正直、私にとってこの仕事が今までで最も充実していると感じることができるのも、
そういったプロフェッショナルな方々から刺激を受けるのが楽しくて仕方がないから
なのではないかと思います。

ある人のやっている仕事のクオリティが高いかどうか、そこを見極めるのは
難しいことかもしれません。
でもなぜか、本当に不思議ですが私達の周りには間違いなくクオリティの高い人がたくさんいます。
皆さんプロフェッショナルで本当にかっこいいのです。なので結論は「自分の目に狂いはない」
と信じているのです。

毛色が全く違ってもプロフェッショナルは輝いていて、そこがかっこいいのでしょう。

でも絶対にいえることが一つだけあって、プロフェッショナルとして輝いている人でも、
最初はビギナーだったということです。

そう考えると、あることを目指す遠い道のりであっても私は気持ちが上向きになります。

まだまだ自分自身が越えるべきハードルは高く、たくさんあるだろうけれど自分が
他者から見て「プロフェッショナルだ」といわれる日を目指して明日もがんばろうと思います。

2007年08月31日

第72回  遺言

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ショッキングでシリアスな言葉だ。 でもある意味当たっているかもな、と思う。

私の両親は戦中派で日本が神の国である、という教育を受けて育ち、そして裏切られた。
そんな二人が生涯を通じて取り組んできた「平和」を守る為に生きる、というスタイル。

若いときはそのあまりのピュアな想いに対して「人の為とか地球の為とか人類の為とか、
理想論ばかりで一銭の得にもならないじゃないか。そんなことしたって世の中は変わらないし
馬鹿にされたりあきれられたり。どうしてそこまでやるんだ。」と思っていた。

そしてそのひたむきな思いに対して逆行するかのように、拝金主義、汚職、教育の荒廃、
親殺し子殺し、政治離れ、下流志向、格差社会とネガティブな要素が世の中にあふれ、
それをまるで「ガタガタいわねえでいうことを聞きゃいいんだ。ここまできたらそうするしか
ねえんだよ。昔のように国を信じればいいんだよ」ともいいたげな「美しい国」というファッショな
匂いを感じるスローガン。

そんな中で絶望せず、希望をもって人類の良心を信じたい、というような思いが彼らの
ライフワークだったと思っている。もちろんそれに一緒に共感してくれる人に囲まれ、
今でもそれは続いているのだが。

そして終戦62年目を迎えた今年、ある電話が両親の元に入った。NHK広島支局の
若いディレクターからだった。「柳澤さんが取り組まれた星野村の火、そして山本さん
についてインタビューをさせてください」

福岡県星野村。そこに住む故山本達雄氏(平成16年死去)は、昭和20年9月、原爆投下後の
広島の地下壕でくすぶっていた火を懐炉に持ち帰った。いつかアメリカを焼き尽くすための
「恨みの火」だったという。
それが終戦を迎え日本が復興をたどる中、いつしかそれは二度と戦禍をくりかえさない
「平和の火」として変化し、昭和43年から星野村の管理のもと、現在もともされ続けている。
その火は全国の12箇所に分火されたが、原爆投下地の広島では62年目の今日に至るまで
被爆者の心情を考慮し火はともされなかったのだ。
それが今回いろいろな方の協力でついに今年、広島に13番目の火として灯されることが
決まり、その協力をしたNHKは、遺族の方と共にその活動をしていた父に取材の申し込み
をしたとのことだった。

彼の取材テープは8月6日、広島の平和記念式典の中にも流れたのだが、その反響が多く
今回全国放送で放映されることになった。
ふるさと発「“原爆の火”守り続けた男」
9月1日(土) 午前10:32~午前11:00(28分) NHK総合

あえてこのブログでそんなことをいうことがモラル的にどうなのかは分からない。
ただ「俺の遺言だと思ってくれ」
そう彼はいっていた。
老境である彼らにとって冗談で言える言葉ではないと思う。だからこそその思いに敬意を
表し、ここに記させてもらった。

政治的思想も何も関係なく「戦争はいやだ」という思いは全世界共通だと思っている。
そのためにつまらんことを気にしている年でもないと思う。いやなものはいやなのだ。
そしてそれはおそらく真理だと思う。しかし誰もが思うその真理にこだわリ続けて生きている
人はどれほどいるのだろう。

そんな中、生涯をかけてその「一銭の足しにもならんこと」を続けてきた男の言葉を私も
聞いてみようと思う。

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