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2009年11月 アーカイブ

2009年11月05日

第170回『オバマ・ミッシェル夫人の奔放な装い』

 選挙も終わり、鳩山新首相の噂で持ちきりのこの頃ですが、そうした中、各国の首相達の奥様、いわゆるファーストレディのファッションが一部業界すずめの話題のようです。
そして日本では、新ファーストレディ鳩山幸婦人のファッションが、好感を得ている様子。 一方、オバマ大統領夫人であるミッシェルさんのそれは賛否両論のようです。
新聞報道によれば、ナンシーレーガン元大統領婦人をホワイトハウスに招いたときの服装
Tシャツは10ドル、カーディガンは25ドでたったの35ドル、しかも露出度が多く余りにカジュアル・・・!大統領夫人とあろうものが・・・と言う上流階級のサイドからの批判です。そこには不況に苦しみ、高級ファッション復活を期待する業界にとって彼女のファッションが高級とは無縁のそれだけに、業界の意に沿わないと言う不満もあるからかもしれません。
その意味では幸夫人のファッションは「かわいくて」「おしゃれで」「彼女らしい」・・・とTPOを弁えた保守的な業界好みの優等生ファッションとも言えます。
しかし、ファッション音痴の批判を承知の上で言えば、私はオバマ大統領夫人に賛同します。

▼アンティ・エスタブリッシュというメッセージ

 それは簡単に言えば、旧来のエスタブリッシュ達が築き上げた「格差」の否定と言う強烈なメッセージ性を彼女のファッションは孕んでいると思うからです。
ホワイトハウスは、今政権までずっとWASPの牙城であり、エスタブリッシュ達のシンボルとも言えるモノでした。そこに乗り込んできたオバマ氏です。この事自体強烈なインパクトでしたし、こうした脱階層志向こそが民主主義のあるべき姿として熱狂的に受け入れられたのでは、と思います。
そして婦人もそうした志向を形にしていくリーダーの一人であることは自他共に強く認識していることでしょう。
 とくに共感を覚えるのは、彼女のファッションが着手からの主張だと言うことでメーカーやデザイナーなど作り手である「他者」から「自由」であることです。こうした権威や慣習に縛られない「自由」なファッションの実現には余程の勇気がなくては不可能ではないでしょうか?この勇気は「オバマ」を支えている人々の支援を信じているからに他ならないでしょう。
 彼女のファッションには、「貧富や肌の色に関係なく誰でもが、気楽に政治参加できる」時代の到来を告げるメッセージ性があると思います。
つまりは「ホワイトハウスなんて気楽なところよ」と言ったところでしょうか?
アメリカの伝統を重視するいわゆるエスタブリッシュを尊重する人々にはその価値観を逆撫でされる気分でないか、と思われます。

▼解放・反抗・自由

 振り返ってみると時代を革新したファッションには、それぞれ強烈なメッセージがありました。例えばC/シャネルは女性の心と身体の男からの解放を願い女性の自由、つまり男の価値観と経済力に縛られないファッションを提案し続けました。
 また世界を風靡しいまや日常化したジーンズのスタートは、あのJ/ディーンの眼差しが伝えるヤング・アト・ハートの「反抗」をメッセージとしていました。
 20世紀に受け入れられた多くの商品・・・、家電、クルマさらにはパソコンなどなどにそれぞれに変化を実現しそうな、あるいはライフ価値を変革するメッセージは備わっていたと思います。
 このメッセージという文脈で考えるとミッシェルさんのそれは大統領の「チャレンジ」を形にするひとつの試みではないでしょうか?それに比して幸夫人のファッションには上流ファッションの枠にとどまるだけのもの。センスのよさはわかるにしろ、メッセージ性には余りに乏しいと言えましょう。

▼このままでいいの?と敢えて問いたい!

 今回の選挙で人々が期待していることは、バランスや気遣い、しがらみの尊重でなく、ゼロ次元に立って現実の課題を真面目に取り組み見直す謙虚な姿勢だと思います。
 ファッションも駄目、家電も駄目、クルマも駄目、生活の安定も見えない駄目ずくしの現在の不況です。
業界でも人員整理や倒産が目立ってきています。
 その所為か、若い人々には就活ファッションが流行ですが、こうした保守的で堅実な服装をまとい「従順」を臆面なく受け入れ、それを価値とする人々を企業が即戦力として期待しているとしたら日本の先行きはまっくらです。自分の暮らしや人生を真面目に考えれば、怒りは沸いてくるはずです。
 このままで、誰かが助けてくれますか?他人の所為にして美味しい生活が保障されますか?
 もはや人生の外野にいる老人の無責任発言かもしれませんが、私たち、とりわけマーケターは暮らしの中にある不満・不安を直視し、そこからの新たな発想を求める努力と気力そして反抗の気概が大切ではないでしょうか?

2009年11月19日

第171回『売る気の空回り』

▼トップの好きな万歳攻撃

進行中の不況は、4年から5年は続きそうとのことで、今後は景気の上昇は大きくは見込めないという読みが大方です。
当然、企業経営では生き残りが最大の課題で製販挙げて「売り」一色の感じですね。
一方、売り込みされる側の「買う気」は、と言うと縮み志向。
でもこの傾向は、不況のみが原因とは言いがたく、とうに始まった成熟化がいろいろな消費場面でさらに顕在化している結果だと思います。
しかし、周辺を見聞きする範囲では、成熟社会の現実というこうした変化を、どこまで「事実」として真摯に受け止めているか?と考えると疑問だらけ。
戦い方を変えねばならないのに、過去の成功体験を忘れられず「万歳攻撃」の繰り返しで、叱咤激励すれども「空回り」。
やがて矢がつき刀折れて玉砕ということにもなりかねません。

▼例えば価格破壊

季節柄、観光ビジネスが話題となっています。
人気はいずれも低価格ベースのサービス。
そうした中勝ち組である事業者ではいずれも低価格と同時にお客様満足の実現を図り生き残りを賭けて厳しい競争を凌いでいるとのこと、その様子が紹介されていました。
いわゆるよい品を低価格でという価格破壊戦略で企業サイドの「売り気」の典型で、それがサービスビジネスでも決め手となっているわけです。
そして、この価格破壊戦略は体力勝負であることは間違いありません。
とりわけサービスビジネスは、モノが介在するビジネスと異なり、顧客の体験によって常にサービス水準の高度化が求められますから、果たしていつまで体力がもつのやら?と懸念もあります。
経営や資本側から考えれば競争市場での優位性を獲得するための価格破壊は、戦略として妥当性もあるとは思いますが、視点を資本からサービスや材のサプライヤと言う「人」へ移してみると、この戦略は、これでいいのでしょうか?
フェアトレードまでを述べる気はありませんが、生き残りを命題に、顧客満足にかかる諸々のしわ寄せがサプライヤに集約されてはたまったものではありません。

▼ESはどうなっているの?

不況とともに聞かれなくなったのが従業員満足、即ちESです。
サービス経済になり「人」が資源と成って久しいですが、経営するサイドは相変わらず「モノ」志向。
メーカーはもとよりサービスを商品とする側ですら、働く人の重要さが判っていないのではと思われてなりません。
むしろワーキングプワー、派遣切りなどに見られるように人の浪費は一層の拍車が掛かっているようです。
人をコストと見なして、働く対価を低く抑えようとする考えは、サービスの質こそが大切な時代とは逆行しています。
その結果、働く人のやる気を削ぎ、アイディアを枯渇させ、見る影もなく魅力のない、活気のないサービス提供の場を多数輩出させています。
流行のホスピタリティやコンシエルジュなど、人の質こそが決め手ですし、また買う気の創出は人との情報のやり取りを通じてこそ買うにつながることは言わずもがなです。
働く人の元気の源は、青臭いと言われますが「認められること」「人としての尊厳」です。 すべてが「お金」次第ではありません。
人への対し方には、X理論とY理論がありますが、いまは人の性は悪とするX理論の過剰です。
就労不安、賃金のインセンティブなどの「恐怖」に基づく管理は職場を不信の温床にするだけではないでしょうか?
厳しい時代だからこそ株主満足や顧客満足の偏重を廃して、ES=「従業員満足」の提供が課題となって良いはずです。

▼売れないのは「売らない」からに他ならない?

私は時々買い物をしに店に出向きます。
その時、私の気分は、「何か買ってもいいな」と言う漠然とした段階にあります。
この気分を購入につなげるには、商品だけでは不十分です。
また多くの売場では商品との出会いづくりも不十分で、欲しいモノが無いわけではありません。しかし買い手から見ると現実は、モノはあれども買うモノがないということになっています。
しかし、これは売りサイドの未熟を、さらには顧客への勉強が足りないことの証左に他なりません。
顧客は一人一人違いニーズも好みも違いのは当然です。
こうした違いをスマートに抑え、提案してこそ「買う気」と「売る気」がドッキングします。こうした当たり前のことが実現されている売場がどれほどあるでしょうか?
最大の理由は売り手にプロがいないことです。
勘違いして頂くと困りますが、売り気のプロは沢山います。
しかし、いま必要なのはお客さまを見て判断し提案できる「目利き」のプロの不在です。
扱い製品が商品となるのはお客さまとの接点が生まれたときです。
来客の好み、テイスト、求めているモノを素早く見抜きさりげなくモノを提示してお客さまは心が動きます。
売れないためか、最近売場の模様替えや移動が目立ちます。
しかし、こうした経費を掛けて見返りはあるのでしょうか?
個人的には不便を強いられた印象を持っています。
モノから人への投資が必要なのは政治だけではないと思います。
売れない、売れないと言って他人の所為にしないで、もっとお客さまへの理解を深めては如何?そんな面倒くさいことやっていられないよ!ですかね。
いま人こそ財産だと痛感するのですが・・?

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