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2009年06月 アーカイブ

2009年06月11日

第160回『「広告批評」の休刊』

「30年間ありがとうございました」お別れのメッセージが表現されたシンプルな白地の表紙に惹かれて早速手に取り、購入しました。
ふーん30年間続いたんだ、というのが率直な驚き。部数は3万部近くを維持してきたそうで、休刊の理由は、経営面よりはマス広告万能の時代が終わりを迎えたから、と言うのが初代編集長であり社主の天野祐吉氏の談。「3年前からいつ幕を引くか」を考えておられたとか。

▼広告を楽しめた時代の終わり
 私個人としては、編集に関わっていた方々に過去多少の知己はあった所為で、休刊への感慨もまた一入ですが、一方、この雑誌そのものの役割は?と言うと、正直、高踏的な文人趣味の雑誌の範囲を超えなかったな、との思いが強い。休刊に際して、天野氏が寄せられた辞のように、まさに広告クリエイター、彼らに機会を与えた広告主、そしてこうした集団を取り巻いたいわば広告オタク的な読者が「遊んだ」仲間雑誌、広告クラブ雑誌だった気がします。おそらくこの手の雑誌は欧米には例がないのではないでしょうか?

もちろんそれだから悪い、良いというのではなく、ある意味、典型的な日本固有の雑誌であり、文壇的な文化を体現していたともいっても良いでしょう。
それ故か、ジャーナリズムの大切な側面である「批判」についてはある意味「逃げた」雑誌にも思えます。

とりわけマーケティングサイドに立ってきた私にとっては、この文壇的な性格が、ビジネスとの乖離を増幅させて来て、広告コミュニケーションの発想を本来経済活動にある戦略のフィールドではなく、広告表現の「芸」の狭い範囲に閉じ込めてしまったのでは?と言うことです。
また組織で思考する広告では無縁の個人的なタレント性、作家性に光を当てすぎたのも広告コミュニケーションの進化をゆがめたのでは?との思いがあります。
最近、メディア、特に総合雑誌の休刊が相次いでいます。それは発信者サイドの自己満足的な編集がいまの読者と合わなくなってきたこと、またそうした独りよがりの「お遊び」に付き合うほど、暇やお金を使う気が無くなってきている時代になったことでしょう。広告も同じです。こうしたことを「文化が浅い」と批判する人もいますが、それはお門違い、文化の変化への無自覚だと思います。役に立たないものは消えてゆくのが歴史の習いでしょう。

▼批判とは無縁のジャーナリズム
 私にとっては今回久しぶりの「広告批評」の購入でした。センティメンタルな動機が購入理由のひとつですが、もう一つは、この広告界をリードして来た雑誌が、今直面している「マス広告万能の時代が終わり、ピンポイントのコミュニケーションである狭い広告」へと流れる現実にどのように取り組むかについてのメッセージがあるのではないか?さらにはクリエイターと呼ぶ才人たちが、ケイタイやミクシーなど自分だけの情報カプセルに引きこもり、好きな情報だけを吸収し、傷つくのを恐れて、他者とのコミュニケーションを求めない「いいとこ取り」の人々とのコミュニケーションを行わねばならないと言う困難にいかに取り組もうとしているのか?ということへの極めて実利的な関心でした。
しかし、期待は見事裏切られた、と言うのが本音です。
この雑誌に参集したクリエイターは、広告エリートであり売れっ子の「優等生」なのでしょう。またあまりに専門と言う縦割りの「あてがい扶持」に徹したプロ集団といってもよいのかもしれません。
ほとんどは議論を避け、問題意識を明確にした論争を好まない「世渡り上手」。まさに良き広告パラダイス時代に生まれた世代のクリエイター達だったのです。
それだけに企業や生活者が直面している現実への感度が鈍く、また企業側の価値意識を是とする思考性向が強いようなのです。
ここに広告界の先行きに限界を感じるのです。

▼反骨こそ「広告」のエンジン
 ジャーナリズムとしての「広告批評」は、資本や企業活動である広告の光の部分にフォーカスするあまりに闇の部分を意識してこなかったこともこうしたクリエイターを生んできたのかもしれません。
資本の矛盾や消費社会の行方などの文脈と切り離して、広告を作品として位置づけ、個人のタレント性に限定した「広告表現芸」に押し込めたのは「広告批評」の負の側面です。もちろんこのことが経営的に力となり30年の歴史を培ってきたことは否定できませんが・・・。

▼Goodbye、広告批評!
 かつて私がお世話になった広告会社の創業者瀬木博尚氏は、宮武外骨という明治から昭和期を反逆的に生きたジャーナリストに資金援助をしたそうです。それが東大の「明治文庫」の創設です。
広告とジャーナリズムとはコインの裏表の関係でもあります。そしてそこに身を置くことが往時の広告人の誇りと矜持でもあったのです。こうした先人の思いは、いまどこに行ったのでしょうか?

体制の「提灯持ち」に徹し、内省のない広告作家に明治の批判精神の爪の垢でも欲しい。そうすれば広告はもっともっと面白くなるのでは・・・!
マスコミや企業が「人目線」を唱うこととは裏腹に、欺瞞や作為が目につく昨今、広告人としての反骨が問われているような気がしてなりません。
そんなわけでGoodbye、広告批評!

2009年06月25日

第161回『Come back professional!』

▼プロが消えていった!

 覚えていますか?名キャッチフレーズ「美味しい生活」。
その土台には機械の論理による生産性と効率化を限りなく追求する製造・販売のシステムの完成があったと思います。代表としては、生産などものづくりではジャストインタイムとQC、サービス・流通ではチェーンシステムとサービスの平準化であり、その促進ツールとしてはマニュアルです。こうした生産・サービスのシステムづくり流れの中、「考える」と言う人たる要素への評価は希薄となり、とりわけ・誇りと・こだわりを持つが故に、プロが排除されて、以降、今日までビジネス成長は限りなくアマチュア化により推進されてきたと言えます。
人々が「美味しい生活」を楽しむ陰で、プロが消えて行った時代、それが20世紀、目利き、質重視、こだわり、美意識、思いやり、気づかいなど、さようなら!の時代でした。

▼丸投げと空洞化

 プロが消えたと同時に出来上がったのが、自ら汗を流さないで仕事を丸投げし、負担や責任は他人に順送りする外注体制。いまや当たり前のように企業ばかりか家庭にも「外注化」が大いに浸透しています。そしていまこの「外注化」の負の面、とくに「空洞化」が大きな危機として浮上して来ているのではないでしょうか?空洞化は業務の遂行能力ばかりでなく、責任、倫理、愛情など心の空洞化にも連なっています。
これは広告産業にも当てはまります。
もともとこの産業は受注を前提とした業界であり、体質的に自前の人材育成には消極的。とくに制作やプランニングなどで人材を固定化することは経営の負担でもあり、一方、こうしたクリエイティブで働く側のマインドも企業による縛りを好まない気風が強いことが追い風ともなったと思われます。
そんなわけでプロジェクトに応じて人材を集め、プロジェクトが終われば解散するという柔軟な組織づくりが慣習的にも行われていたため、こうした「サービス」や「能力」の外注化には馴染んでもいたからです。
こうした土台の上に作られた一例がディレクター制。
ディレクターは本来、制作の目利きとして・仕事の質・コスト・納期・その他の条件を勘案し人材を選別し適材適所に配置するのが役割です。
しかし、この仕事が、賃金体系とリンクした時からカタチだけのサラリーマンクリエイターが跋扈し始めたのです。彼らの得意は・手配と調整。夢は出世と高賃金です。

▼クリエイターのサラリーマン化

 広告産業が飛躍した要因には、マネジメントシステムの変革がありました。70年代がその皮切りでした。
例えば年齢給と職能給の組み合わせた賃金体系の導入です。
これにより有意で熱意あるクリエイターは制作のプロに徹するか?管理職者としてキャリアを積むか?の二者択一を迫られたと記憶しています。生産性と効率の資本の論理の下では、制作の質イコール収益への貢献です。
こうした生き方は、彼らの誇りを傷つけ自信を失わせたとも言えます。
大手の組織では、個人の能力より組織力、発揮すべき能力は根回しと交渉力など、処世術が一般だからです。自分の夢とスキルの向上に賭ける人々は、会社が用意する管理職の席を拒み去っていきましたが、一方、自己の暮らしの安定を多くは志向しました。このことを非難するのは酷です。しかし、その結果、物言わぬクリエイターが増えた、いわばクリエイターのサラリーマン化です。

▼危機に立ち向かえるのはプロだけ

 広告不況は、いま大きな社会的な話題です。そして焦点は、マス媒体セールースによるコミッション制の揺らぎとマス万能への見直しです。端的に言えば楽して儲けられる代理店商売の終わりでしょう。しかし、こうした構造面での危機以上に深刻なのはリスクに過敏で、物言わぬ組織人の存在とクリエイティブに誇りをもつ「プロ」の不在という現実ではないか?と考えます。いま広告会社になにがありますか?あるのはマネジメントシステムだけと言ったら言い過ぎでしょうか?

広告が近代産業化した揺籃期はプロが活躍した時代でもありました。
グラフィックでは、一流デザイナーのもとで徒弟的に修行した人々が、師匠を超えるプロを目指しお互い牙をむき合っていたし、まだ十分な市民権を得ていなかったCMの前期には厳しい監督の下で訓練された職人気質の人材が流入してもきました。コピーライターの文筆の技も眼を見張るものがありました。
彼らはいずれもが卓抜した「プロたち」であったように思います。
当時の新人だった私はよく怒鳴られましたし、制作の現場はピリピリしていました。これは代理店に限らず広告主側でも同様でした。私は、幸せなことに社内、クライアント、そしてライバルに教わり、それぞれのプロの卵たちとともに育ってきました。その割りにはパットしないのは申し訳ありませんが・・・。
でも今はこうした環境はとっくに無くなっています。
組織の中に「プロ」がいないと言うことは「プロ」を育てられないということでもあります。
直面している危機的な状況に立ち向かうのは組織ではなく個人の熱意と誇りです。
同時にビジネスを知り、新しい価値を見出し、組織を啓発して行くこと、それにはサラリーマンクリエイターにとっては余りに荷が重いのでは・・・?
業界では、仕事が細かくなった、手間や手続きが増えた、成果がより厳しく問われる、など「ヤバイ」情況がいっぱいです。
濡れ手に粟の夢はもう戻ってこない展望を前に、「鬱」が蔓延しないことを祈るばかりです。
Come back professional!

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