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2009年04月 アーカイブ

2009年04月02日

第155回『J/ボンドに見る「男社会の終焉」』

 007の新作をご覧になりましたか?ダニエル・クレイグが新しいボンドになったシリーズ第二作。従来のモノと様変わりして来ていますが、今回とくに従来にはない特徴は、まずはあれやこれやの仕掛けのあるガジェットが登場しないこと、また主役のボンド・ガール(オルガ・キュレンコ)との濡れ場がないこと、さらにタイトルバックに流れる音楽が男女デュエットだということなどです。
人気映画の、この変化は私には「3つの大きな変化」が芽生えつつあるように感じました。

女性の役割が変わった!
 ひとつは男と女の関係の変化です。オルガ・キュレンコが扮する女性は、ベネズエラの諜報部員なのですが、復讐に賭ける女性でもあります。彼女は目的のためには、女の武器を使うことも厭わないのですが、同時に男には、ボンドといえど媚びを売らない女性です。
 
 もうひとつはクルマのシンボル性の変化です。名車アストンマーチンDBSは登場しますが、ボンドにより徹底的に使用尽くされます。登場する他のクルマもまったくそっけない扱われ方で、クルマが女によろこばれる、または女をそそる誘惑のメディアとしては位置づけられていないことで、いままでのクルマのシンボル性は、ばっさり切り捨てられた感がありました。
007でのオルガ・キュレンコも恰好よくクルマをこなしていましたが、クルマに縛られた、ある意味では「乗られる」女性ではありません。ボンドとの関係で言えば、セックスパートナーではなく、むしろセクシーな戦友と言った方がぴったりでしょう。
 映画は文化を表現するメディアのひとつですが、まさにこのボンドシリーズは、新しい文化の文脈に則って作成されているように思えました。

シンボルが変わった!
 話は変わりますが、不況の影響もあり、製品・サービスのコモディティ化は急速に進みつつあることは、皆さん肌で感じておられる通りでしょう。そしてこのコモディティ化への対応は、まずは価格を中心とする営業支援とシェアのさらなる拡大。もう一つは、イノベーションによる脱コモディティへの道の追求でしょう。日夜努力に明け暮れているいまの営業、マーケ双方のコモディティ化への取り組みを否定するモノではありませんが、いずれにしろ、いま起こりつつある文化変化への対応には鈍さを感じます。
例えばシンボルの代表「クルマ」のCMです。J/クルーニーの出ているCM、D社の夜会服を着た女性タレントのシーン、T社の女性グループが出ているミニバンのCMなど、首をかしげざるを得ない現実との乖離です。

かっこよさが変わってきた!
 僅かの表現事例から、憶測してはいけないと思いますが、どうも日本のCM制作者、企業の宣伝マンたちは、恰好いい女性像や新しい家族のありたい像を掴んでいないのではないか?と危惧します。ヒラリー、ライス、ミッシェル、さらには元死刑囚金賢姫など「かっこいい」彼女らに相応しいクルマは何なのか?
女性の役割が変化している中で、家族はどうありたいのか?ひいては「かっこよさ」とは何なのか?
これはクルマに限りません。
住宅、ファッション、食、その他、本当の意味で「女性」の時代の到来です。
女性たちは、消費するだけの役割から離れて、社会を創る役割を担ってしなやかに生きはじめている気がします。
そしてこのことは、「男社会の価値観の終焉」に通じる道でもありましょう。
マーケターは、この「新しい現実」を直視し女性が主役の時代の「かっこよさ」を発見することで「変化」を提案しなければならないようです。

2009年04月16日

第156回『先見的な人事異動!』

 4月は人事異動の季節でもあります。
先日、ファンサイトでお世話になっている大手企業のマーケに勤務するSさんから、人事異動のご挨拶を頂きました。今回の仕事は、「倫理」管理に関わる仕事だそうです。
 私は、流石に一流と言われる企業は、打つ手が早いな、と感心しました。
マーケティングではコモディティ化への対応が話題ではありますが、それと併せて大切なのが「企業の倫理」の管理ではないでしょうか?
 景気が悪くなると企業は生き残りを理由に、なりふり構わない行動を取りがちです。昨今の企業の不祥事や反社会的な行為の続出は、これを物語っていると思います。「貧すりゃ鈍する」です。

●ブランド管理と企業の評判管理!
 世を欺く企業行動に関しては、お天道さまは見ているわけで「評判の失墜」という社会的な制裁が下されるのが、世の常です。
とくにこうした企業の悪評は、BtoB企業より、幅広く消費者を相手とする企業の価値に大きな影響をもたらすと言われています。私たちの記憶では、古くは森永乳業のヒ素事件、最近では雪印乳業の子会社の牛肉偽装事件などなど挙げ連ねたら、その多さにはあきれるばかりです。
 特に知られた企業の倫理欠如は、消費者の怒りを誘い、不買運動にまでもなり、結果、事件発覚後、売上高は、4分の一にまで減少したそうですし、現在に至ってもかつての優良企業としてのイメージのレベルには達していないようです。いったん世間様に与えたマイナスイメージの払拭には大変な苦労がつきまとうことは予想に難くありません。三菱自動車のリコール隠し、不二家、パナソニックなどなど、売り上げや利益にも大きな影響を与えましたが、そればかりではなく株価の低迷にも繋がり、資金繰りにも困難が派生したとも言われます。
 企業の評判は、外部要因に左右される企業ブランドと異なり、経営者や社員が「正しいことを行う」ことで管理できる無形資産です。
かつては「組織の上から下までが正しいことをやる」ことは、企業にとって当然のことだった所為か、総務部など内部に顔を向けた組織の仕事でした。

●評判管理はマーケティングの課題となった!
 しかし、企業価値が経済価値でのみで測れなくなり、また「企業の公共性」が問われる時代になるにつれ、経営者や社員への好感度、信頼性、情報の透明性、などまた高品質の製品・サービスなどがいままで以上に企業の評判に大きく関連してきました。さらに悪い評判をインターネットは加速的に伝播させるのもかつての市場環境ではないことです。
 したがって、企業の評判のマイナスや向上は、内部の課題である以上に、外部との関係づくりの課題ともなってきつつあるようです。
海外のビジネス誌では、CSのように顧客満足度指数をメジャーすると同じ具合に、企業の評判を「Reputation Management」として定量的に測定し指標化して経営課題としていく取り組むマネジメントの動きも実践され始めたことが報告されています。
 今回、異動のお話は、こうした新しいマーケティングの革新の先駆けのひとつでもある気がします。
 もし、企業の評判をマネジメントする仕事が、重要な経営ツールとなるならば、Sさんは時代のパイオニアとしてやり甲斐のある機会を得たことになり、またそうしたキャリアの広がりにより得た知見が、私たちに次なる展望を示してくれるのではないかと、虫の良い思いを抱いています。

Sさん期待していまぁす。

2009年04月30日

第157回『プロ・デザイナーの終わり?!』

 ある編集の仕事で草分け的な仕事を成し遂げ、いまも意欲的に生きておられる二人の女性に話を伺う機会を頂きました。
お一人は世界にも高名なデザイナー、もうお一人は作家。お二人の共通点は事業家でもある点ですが、それ以上に感じたのが、お二人に共に抱く不満です。その不満は現在の企業やデザイナーなど技術者のもつ志の乏しさを感じ取っておられることに由来していると思いました。

 志と言うと何やら天下国家などの公論を思い浮かべますが、そうではなく仕事を通じた自身の生き方やその仕事の取り組みへの覚悟ともいうべき事柄に対してでしょう。同時に「覚悟」をカタチにする顧客との対話や交流過程と提案力に対してです。
 ピアニスト:j・ピリスは、「芸術家であるよりは人間としての自然の有り様を大切にしたい」と述べていますが、空間・モノ・サービスなどのデザインにおいて、人々への幸福、快適についてあまりに商業的なオファーに与しすぎてはいないか?また、そうした内省的な思考や思いが余り感じられないことへの不満かも知れません。
 言ってみれば、誰のために仕事をしているのか、に対して自らに答えを持っていないこと、さらには、「仕事」トータルの佇まいが、命や環境、社会に優しいか?、また人間らしい未来を育めるか?などなど「いま」にどう対処し、取り組んでいこうとするのかを、「志」・・・彼女らはそうしたコトバは使われませんが・・・と考えているようです。
 
 最近、金融に軸足を置いた経営から、デザインに軸足を置く「クリエイティブ」経営が、世界のビジネスの潮流になりつつあるようです。
仄聞するに、欧米のビジネススクールや企業では「デザインシンキング(思考)」の出来る人材を探し、同時に育成していく取り組みが盛んとなってきたとのことです。つまりは「志」を抱いて世界を創っていける実務家が経営にとって必須となってきたのです。端的には「第二のS/ジョブス」をどのように育てるか?でしょう。しかしこれは言うはやすく、行うには難いのが現実のようです。
 
 とりわけ我が国ではなおさらでしょう。クリエイティブとか、デザインとか言うと、いまでもすぐ話題性のあるデザイナーを登用し、事たれりとするのが風潮です。しかし、ここで言われているのは、世の中の流れを掴む直感とそれにより得られる独自の大局観に基づいてニーズを見出し、それを製品・サービスに、さらには生活デザインやシステムに落とし込む能力ある人材のことです。

 こうした人材の発見、育成には、残念ながら従来の企業人は得手ではないし、また教育機関、とりわけデザイン学校では、まったく無関心事であったと思います。

 マーケティングでは、現在の苦境に対応して・カイゼンやイノベーションの論議が盛んですが、そのほとんどはいま降りかかる火の粉を払うのに汲々としているだけのような気がします。とりわけ「営業」の発言が強くなるほどに「価格」が論議のキーポイントになりがちです。そしてフォーディズムをベースとした思考がより支配的となってきています。
資本は低賃金の労働力を求めて世界を巡ってきましたが、それはもう限界のようです。
9:11が世界の政治の構図を書き換えたように、この金融危機は従来のマーケティングの発想の再考とデザイナーの役割の革新を促していると考えていい気がします。

 課題は、変わろうとしている時代を直感し、わかりやすく必要をカタチにして人間としての顧客にどう答え出していくか?そのためには生き方の覚悟が必要だと思うのです。
言われたことを効率よく、またスポンサーの満足のみに終始し限定的なスキルに依存する「プロ」デザイナーは、もはや時代遅れになってきたのではないか?でしょう。
 
 お話を伺った女性たちのコトバの端々にも、プロと称するデザイナーたちの提言に対し、違和感と苛立ちを覚えておられる印象を持ちました。

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