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2009年01月 アーカイブ

2009年01月15日

第150回『 Tashkentale08に参加して・・その3Beyond  GDP?』

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 タシケントではふと違和感に襲われます。それはオアシスの都市でありながら、風俗やキャバクラ、カラオケ、ゲーセンなど都市固有の悪所が目につかないことに原因があるのかもしれません。

 今回のビエンナーレでは各国のカメラマンたちが参集していましたが、会食を済ませてお開きになって、とくにエネルギッシュな男性カメラマン達の口から出たのは、「9時には寐なければならないのか?」という一種の悲鳴にも近い言葉でした。そして彼らは勇んで夜の冒険に出掛けたのですが成果は乏しかったようです。
 そう、ここはかつて共産主義という理想主義が支配したところであり、いまはイスラムの倫理が人々の日常生活を律している土地なのです。そしてここの人たちは、私達とは違う日常で感じる豊かさでも価値の尺度をもっているようなのです。
例えば私たち経済至上主義の世界に住んでいると言えます。そして私たちにとっての「豊かさ」は国内総生産GDPというモノの量をベースとした指標で測られています。

 しかし、ここでの価値は宗教生活が最優先となっており、経済は二義的。むしろ家族、仲間との触れあい、人間関係などに基づいた「ココロ」への比重が高く、いわば「真面目」を重視する世界なのです。
 もちろん経済行為は重要なことは当然でしょう。しかし経済での成功や労働の成果がすべてであり、それが生きる目的となっているのではないところが、私たち「エコノミック・アニマル」と大きく違うようです。
したがって富を獲得し、それを蕩尽すること、その蕩尽振りや財力を見せびらかすなど、モノを通じての社会的な快楽装置は不要なのかもしれません。さらには経済で勝ち組、負け組を決める発想もないようです。

 ご承知のように私達の社会では、大分以前より、GDPのような金銭で換算された指標ではなく、豊かさを表す指標は別にないのか?が問われ始めてきています。金銭やモノの豊かさが、必ずしも人々の幸福とは結びつかないことが実感されて来たからでしょう。
例えば戦後一貫して一人当たりのGDPは増えているにも拘わらず「幸福度指数」SWB*は増加していないと言う研究もあります。ある「幸福の研究」調査では、経済大国米国は17位、日本は45位という結果も出ていることは耳新しいことではないでしょう。
こうした計測では、どのようなデータに基づいて行うかは未だ定見がないようです。
しかし、いずれにしろ経済至上主義は人々の幸福に資するものではないことは、今、世界に吹き荒んでいる金融危機が見事に証明してくれていると思います。
 
 今回の旅行の行程の一つに「青の都・サマルカンド」の訪問もありました。この古都からの帰途、道路沿いでリンゴを買い求めました。旅の途中なので1,2個買えば良かったので、リンゴを売る少女に、定価でいいから、数個ゆずって欲しいと交渉しました。しかし、彼女には、そのことが意味不明のようで、どうしても売っているリンゴを全部持っていって欲しいと頑なでした。私の主張に応じれば儲けは大きいのに、と思いましたが、面倒でもあり、根負けしてバケツ一杯のリンゴを持ち帰ることになりました。
 イスラムの人は商売上手として有名です。しかし、誤魔化したり不当な利益を労さずして手にすることは倫理に反するようです。後から思うに、その少女にとっては、商いすることはひとつの約束であったのでしょう。それは勤勉、正直、誠実を旨とするイスラム独特の倫理でもあるようです。「まじめな国」を示す一コマでしたが、ちょっと奇妙な体験でもありました。
 リンゴを売って稼げるお金はたかが知れていることでしょう。そんなわずかなお金が豊かさを約束してくれるとはとても思えませんが、しかし、彼女は決して不幸ではない!そんな確信を抱いたのです。また同時に幸福を他者との比較でしか感じられない日本社会の貧しさを恥じたのでした。
その所為か、多量のリンゴを抱えたクルマの私をうれしそうに見送ってくれた少女の姿は何時までも心に残り、リンゴの味と共に旅の爽やかな記憶となりました。
08年のキーワードは「変」でしたね。
09年もさらにこの「変」は過激になりそう。でもこれを機会とするマインドこそ大切、だと思っています。それには、「Beyond GDP」の発想かもしれない・・・。
今年もよろしくお願いします。

*SWB =Subjective Well-being主観的幸福度

第150回『Tashkentale08に参加して・・・その3 Beyond  GDP?』

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 タシケントではふと違和感に襲われます。それはオアシスの都市でありながら、風俗やキャバクラ、カラオケ、ゲーセンなど都市固有の悪所が目につかないことに原因があるのかもしれません。

 今回のビエンナーレでは各国のカメラマンたちが参集していましたが、会食を済ませてお開きになって、とくにエネルギッシュな男性カメラマン達の口から出たのは、「9時には寐なければならないのか?」という一種の悲鳴にも近い言葉でした。そして彼らは勇んで夜の冒険に出掛けたのですが成果は乏しかったようです。

 そう、ここはかつて共産主義という理想主義が支配したところであり、いまはイスラムの倫理が人々の日常生活を律している土地なのです。そしてここの人たちは、私達とは違う日常で感じる豊かさでも価値の尺度をもっているようなのです。
例えば私たち経済至上主義の世界に住んでいると言えます。そして私たちにとっての「豊かさ」は国内総生産GDPというモノの量をベースとした指標で測られています。

 しかし、ここでの価値は宗教生活が最優先となっており、経済は二義的。むしろ家族、仲間との触れあい、人間関係などに基づいた「ココロ」への比重が高く、いわば「真面目」を重視する世界なのです。

 もちろん経済行為は重要なことは当然でしょう。しかし経済での成功や労働の成果がすべてであり、それが生きる目的となっているのではないところが、私たち「エコノミック・アニマル」と大きく違うようです。
したがって富を獲得し、それを蕩尽すること、その蕩尽振りや財力を見せびらかすなど、モノを通じての社会的な快楽装置は不要なのかもしれません。さらには経済で勝ち組、負け組を決める発想もないようです。

 ご承知のように私達の社会では、大分以前より、GDPのような金銭で換算された指標ではなく、豊かさを表す指標は別にないのか?が問われ始めてきています。金銭やモノの豊かさが、必ずしも人々の幸福とは結びつかないことが実感されて来たからでしょう。
例えば戦後一貫して一人当たりのGDPは増えているにも拘わらず「幸福度指数」SWB*は増加していないと言う研究もあります。ある「幸福の研究」調査では、経済大国米国は17位、日本は45位という結果も出ていることは耳新しいことではないでしょう。
こうした計測では、どのようなデータに基づいて行うかは未だ定見がないようです。
しかし、いずれにしろ経済至上主義は人々の幸福に資するものではないことは、今、世界に吹き荒んでいる金融危機が見事に証明してくれていると思います。
 
 今回の旅行の行程の一つに「青の都・サマルカンド」の訪問もありました。この古都からの帰途、道路沿いでリンゴを買い求めました。旅の途中なので1,2個買えば良かったので、リンゴを売る少女に、定価でいいから、数個ゆずって欲しいと交渉しました。しかし、彼女には、そのことが意味不明のようで、どうしても売っているリンゴを全部持っていって欲しいと頑なでした。私の主張に応じれば儲けは大きいのに、と思いましたが、面倒でもあり、根負けしてバケツ一杯のリンゴを持ち帰ることになりました。

 イスラムの人は商売上手として有名です。しかし、誤魔化したり不当な利益を労さずして手にすることは倫理に反するようです。後から思うに、その少女にとっては、商いすることはひとつの約束であったのでしょう。それは勤勉、正直、誠実を旨とするイスラム独特の倫理でもあるようです。「まじめな国」を示す一コマでしたが、ちょっと奇妙な体験でもありました。

 リンゴを売って稼げるお金はたかが知れていることでしょう。そんなわずかなお金が豊かさを約束してくれるとはとても思えませんが、しかし、彼女は決して不幸ではない!そんな確信を抱いたのです。また同時に幸福を他者との比較でしか感じられない日本社会の貧しさを恥じたのでした。
その所為か、多量のリンゴを抱えたクルマの私をうれしそうに見送ってくれた少女の姿は何時までも心に残り、リンゴの味と共に旅の爽やかな記憶となりました。
08年のキーワードは「変」でしたね。
09年もさらにこの「変」は過激になりそう。でもこれを機会とするマインドこそ大切、だと思っています。それには、「Beyond GDP」の発想かもしれない・・・。
今年もよろしくお願いします。

*SWB =Subjective Well-being主観的幸福度

2009年01月29日

第151回『Tashkentale08に参加して・・・その4 What's Change?』

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 タシケントの中心からクルマで15分くらい、有名なチョルソバザールの近くに「旧い街」と呼ばれる地域があります。
狭い汚い迷路のような路地が入り組んだ地域で白褐色の土煉瓦で囲われた住居が連なった一角。美しいタシケントの街とは対照的な一見スラムかと思える佇まいとも言っても過言ではありません。通常の観光客なら方向感覚が狂って迷ってしまうことでしょうし、ちょっと不気味で腰が引ける場所でもあります。

 以前、ここを訪れたときこの街を流れる灌漑用水路を辿っていると、とある家の門口からから少女と幼い子供達が出てきて「見に来てもいいよ」と親しげに塀の中に招じ入れてくれました。まさに「ラッキー」でした。
中に入ると、およそ50坪くらいの中庭がありプールを中心にそれを囲んでの白柳や桑の木々があり、家族の空間とそれに付随した縁側で構成された住まいが庭に向かってコの字型に開いていました。塀の中では外見とは違った思いがけない豊かな生活がありました。
流石に住まいには足を踏み入れませんでしたが、家電製品を始めとして調度品や敷物などから豊かな暮らしぶりは窺い知れました。
その後、この迷路の街については好奇心レベルですが、関心を抱いていました。
 
 実はこの街こそウズベキスタンばかりか、シルクロードのオアシス都市生活の原風景であり、人々の暮らしと伝統の基礎、さらには人々のアイデンティティの根っこだったのです。
そして最近知ったのですが、この生活様式は、ソ連が支配する以前の19世紀には、最も強い社会単位としてあったもので「マッハラ」と呼ばれる共同体だそうです。
しかも、この街は、「近代的な都市」の生活振りに抗して、住民が進んで守ってきた生活空間で、あの過酷な共産主義の中にあって、バザールと同様破壊されずに今日まで保たれてきたと言うのですから、オアシスの民のしたたかさには驚かされます。

 このマッハラについては、いまウズベキスタン独立後、実は色々な研究がなされているようですが、私が興味を持つのは、この共同体が、政治や法的規制の合間を縫うようにして機能する、相互の交流と緊密な相互扶助に基づく生きた人的ネットワークらしい、ということです。

 今回でもタシケンターレ08で参加したアーティストの一人が私達一行と離れて別の街区に迷い込み、偶然、結婚式の饗宴に出会い、参加させて貰ったとのことです。このことは、異教徒や外部のものでも「来るモノ拒まず」のマッハラ住民の懐の広さを象徴するように思えます。こうしたことはおめでた事などの饗宴に限らず日常の生活にもあることだそうで、日用品の貸し借り、緊急時の助け合い、子供や老人の介護などなど互酬の繋がりが錯綜しているとのことで、その繋がりは地域を越えて広がっていると言われています。
マッハラほどのスケールではありませんが、東京の、かつての下町の「熊さん、八さん」が生きた人情を価値とした長屋暮らしにちょっと似ている気がします。

 いま、20世紀のパラダイムが崩壊し、この変化に伴って、多くの悲劇が生まれています。これへの処方箋は私如きが発想できるはずもありませんが、しかし、思うことの一つは、やはり人への「情」=EMPATHYから発想した互助のネットワークの再生といういうことではないでしょうか?
 
 「Change」は必須ですが、この変化を動かす核は何か?が問題でしょう。
その大きな重い問題へのカギを旧い町で出会った子供達の笑顔に求めたい気がしました。

*マッハラについては「慣習経済と市場・開発」樋渡雅人著(東京大学出版会)を参考にしました。

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