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2008年11月 アーカイブ

2008年11月06日

第146回『点的思考から脱けだそう!』

 先日、地元の市民ホールで開催されたコンサートに出向きました。新人の女性バイオリニストの協奏曲と、かのマーラーの交響曲No5が演目。入場料はA席で3000円ということで、休日の気楽さと好奇心から出向いたのでした。天候はあいにくの土砂降り・・・?
しかし、驚いたことに広いホールはほぼ満席でした。そして演奏もまた想像を裏切って素晴らしい演奏で、帰宅後、バイオリニストのブログを探し、思わず賛辞を投稿したくらいです。
と同時に、音楽関係者の友人が、よく愚痴る音楽ビジネス、とくにクラシックの不況って、ホントウ?って思ってしまったのです。

 以前から耳タコですが、クラシックを初めとして文化事業の低迷や不採算についてどこに行っても耳にします。捨て台詞は日本は芸術を消費する文化が育ってないよ!です。
しかし、今回のコンサートに限らず、聴衆は存在しているし、欲しいCDは売り切れです。
これは音楽に限りません。演劇、出版なども同様です。自信を持っては言えませんが、日本ほど・聞き手・読み手のヒト、会場、流通、大なり小なりのメディアなど文化の発信力、楽しめる環境、購買力など市場のポテンシャリティが整っているところは、他にないのではないでしょうか?

 無責任な素人との戯れ言かもしれませんが、これはプロと称する業界人の市場の掘り起こしへの怠慢と市場活性化への思考力の不足に原因があると言えましょう。
もちろんこれは文化事業に限ったことではないと思います。
例えば「情報」を巡る停滞です。一時技術大国を誇った日本企業は、いまや凋落の一途を辿っているかに見えます。

 最近のi-Podが、なぜ日本では開発できないのか?グーグルは?フリッカーは?など例を挙げれば気分は暗澹です。

 日本人はバカになってしまったのでしょうか?そんなことはあり得ません。問題は顧客ニーズの見方、プロダクトのデザイン開発発想、クリエイテビティを実現する組織の考えが、柔軟性を失っていること、とくに人々のニーズの発見と実現に際しては、企業や業界の視点に囚われた点的発想に偏し、社会的な、さらには文化的な視点に立った、いわば面的な発想と構想力が欠落しいるためではないでしょうか?
アップルは、i-Podというプロダクトは、音楽映像情報を・楽しむ・編集する・入手する、を一元化したサービスのシステム化そのものだと主張しています。これは決して耳新しいことではありません。
かつての成功した事例は、精緻なプロダクトにのみに依存したものなどないことは、過去を振り返れば明かです。

 不況のもと、大型化、低価格などが叫ばれていますが、果たしてそれで生き延びることが出来るか?です。鳴り物入りの東京郊外のショッピングセンターもスタート当初から暗雲が立ち込めています。柳の下にはドジョウは多くいないことがおそらく証明されるでしょう。
変化への対応への脱点発想の姿勢が問われましょう。

2008年11月20日

第147回『一つの時代の終わり』

 先日朝日新聞の声の欄に、大手外食企業のY氏の解任を期に未熟練労働と低賃金を経営の基盤とする外食産業の変革を期待する趣旨の投書が眼につきました。
まさにその通りでしょう。
 
 かつて同氏の率いる関連企業に関わり、それらの目覚ましい成長の実際を見聞きしたものにとっては、この投書した方とは別の感慨を抱きます。
それはひとつの業種・業態が時代変化に対応するのが、如何に難しいか?の実感であり、同時にこの時代変化を受け容れ、成長を維持させていくのはやはり経営者の発想に他ならない、という確信でもあります。

 彼の考えは、サービス業で成功するのには、購買能力の確保と並行して均質なサービスをすべての人に分け隔てなく提供することで、そのためには大量の販売力とサービスの基準となるマニュアルを整備し、効率的で合理的な業務を行うということでした。
煎じ詰めればチェーンの理論を背景にしたサービスの工業システム化の発想と言えましょう。
 
 しかし、このサービスの工業化発想は「ホスピタリティ 」の到来にはそぐわないものとなってきていまや市場との乖離が目立ってきましたといえます。解任の理由となった同社の経営不振はこれを物語るものです。
合わせて、同氏の最近の言動では私が気になったのは、BSE牛輸入規制や、低賃金労働人口の減少への不満とも見られる発言で、余りに視野狭窄ともいえました。
 
 確かに安い原材料の安定的確保は外食サービスの重要な課題であり、また安価な労働力の確保も同様であることは理解できます。しかし、もう少し視野を広げた新時代に向けての「外食の役割」「産業としての使命」などライフクオリティ視点での理念的な発想が必要とされていたのではないでしょうか? 
                                
 ホスピタリティの時代とは画一性やマニュアルとは対極にあるサービス概念です。それはお客様一人ひとりの異なる要望に対応することを重視します。またそれはモノ中心ではなく心の領域でもあり、情緒的ともいえる考えでもありましょう。これはモノ供給に軸足を置いた考えではなかなか理解は得にくい考えでもあるようです。
 
 とくにこうしたサービスではお客様もサービススタッフもお互いが理解し合い、協力しながら質の高いサービスを創り上げていくことで、その過程が重要であり、なんとも抽象的で頼りない考えでもありましょう。いわばお客様、スタッフともに「人」が価値を持つのが「ホスピタリティ」の特徴で、軍隊式に命令の一声で組織的に動くものではないからです。
 
 成功体験に埋もれた功成り名遂げたY氏の経済人としての感性は、おそらくはこの考えをほんとうにには理解できなかったのでは?、とりわけ働くスタッフが真の価値であるお客様満足を生み出す原点であること、そしてこうした価値を生む人材は、低価格即ち低賃金で入手できない事実をきっと納得できなかったのでは?と憶測してしまいました。

 ある意味で同氏は、「いいものを安く」の呪縛に囚われた「モノの時代」の人だったと思います。
まさに時代は終わっていくのです。

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