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2008年07月 アーカイブ

2008年07月04日

第138回『復活した「プロシューマー」』

 最近、プロシューマーという言葉をよく耳にします。
ずいぶん懐かしい言葉ですが、なぜこのプロシューマーが話題に供されるのか、考えてみたいと思います。

 この「プロシューマー」は、ご承知の方も多いでしょうが、生産者Producerと消費者Consumerを付け足した造語です。今から40年前、A/トフラーが著書「第三の波」で紹介したコンセプトです。この「第三の波」とは、農業化の波、工業化の波、そして次に来るのは「情報化」の波で、情報社会到来を革命的な波として予見したことで有名です。こうした時代の潮流にあっては情報の交換が盛んとなり、消費者は生産者からの製品を一方的に消費する存在ではなく、自身のニーズを情報化して生産者に提供し、それを通じて主体的な存在「プロシューマー」として生産に関わると言う主張です。

 この考え方を受けて、その後のマーケターは、消費者を生活デザイナーとして定義し、いままでの消費材は完全パッケージとして提供するよりも、むしろ生活デザインを行うための部品パーツとして提供することが必要だと言う考えを広く浸透させたことは周知のことかと思います。その考えの典型的な表れが、Do It yourself。カタログが生活デザイナーの生活デザイン設計へのガイドとなり、併せて東急ハンズやロフトなど、さらにはホームセンターなどの生活部品屋という新業態が生まれました。

 それではいまなぜこのプロシューマーなのか?それは社会が直面しようとしているweb2.0の時代を抜きには考えられません。

 つまり情報社会の進展は、消費者・生産者の関係にある情報支配力の構造を大きく変えてきているからです。そしていまや製品開発力・技術格差、価格格差、サービス能力など比較され従来の情報による優位はフラット化されつつあり、ある意味で生産者は丸裸で消費者の前に立つことになったといえます。
極論すれば情報支配力は消費者側に100%移って来ている逆転の現実が生まれています。そして消費者はいっそう情報ベースによる生産者Producerへと変化して来ているからです。

 この逆転は当然マーケティングの革新を要求することでしょう。web1.0の段階であればかつての時代のように消費者との対話が基本であって済んでいたかも知れません。技法的には精緻なアンケート、多彩な分析技法で消費者のニーズを探索し、それら知見を製品に反映せることが有効と期待も持てました。

 しかし、web2.0では、情報の寡占による生産者優位は失われ、すべてのプロダクトは限りなくコモディティ化していきます。同時に情報の氾濫によってプロシューマーには困ったことですが、プロデュースの行き場が見えなくなっても来ます。

 その予兆としては今の若者達の「無欲」現象、そこでは「欲しい対象」がないことです。
正直、欲しいモノがなければ、いくら精緻なアンケートや質問技法を講じてもムダというものでしょう。

 最近、30代までの世代はすべてバカ世代と若者世代を切り捨てる大胆発言が話題となりました(ニューズウィーク6月)。判らないから切り捨てるのはかんたんですが、それは余りにも不毛です。変化はチャンスであることはいつの時代も変わりません。

 消費者がすべて「プロシューマー」となっていく現実の激変、変化はすばやくしかも加速的、まさにプロシューマーをどう取り込むか?が緊急の課題です。

2008年07月17日

第139回『プロシューマーとの付き合い方』

 マーケティングのターゲットとしてプロシューマーを想定したとき、私たちは何を考えねばならないか、またどう対応したらよいでしょうか?

 プロシューマーとは一口でいえば、彼らは情報収集力、情報評価力、情報発信力、さらには情報を自在に編集して生活を営める人々のことです。
これら人々の情報パワーの向上は、取りも直さず市場を支配するカギは生産者など材の供給する側から、それを利用する需要者サイドに移ってきたという構造的な需給関係の激変を物語るものです。

 こうした変化の時代になると、当然かつてのマーケティングのツールは無用の長物になってしまいかねません。効率主義、最適化、スペック格差、品質格差、ブランド格差、ジャストインタイム、アウトソーシングなど強み弱み分析(SWAT分析)など競争優位にどれほど役立つでしょうか?

 例えば、食品であれば、味、サービスであれば高品質サービス、モノであれば使い勝手などいままで、多くはいまでも供給者が差別化として思い描いて強調してきたメッセージは、プロシューマーの生活の場では相対的に評価され瞬く間に有効性を失ってしまうからです。SWAT分析も後追い的に自己修正するだけで競争力を強化するには役立ちません。

 それではどうするか?解決策はただ一つ「相手をただしく理解すること」です。そのためには、私たちは人々を生産者側の都合に立った顧客や消費者として見ることを即刻止めて、人として見据え、彼らは何をほんとうに欲しているのか?を発見することだと思います。

 最近、CM作家「杉山登志」氏が、新聞に取り上げられていました。なぜいまさらに杉山さんかは、よく分かりませんが、思うに彼の映像の中にある人間性への眼差しが失われた記憶として再評価されてきたのでしょう。そして制作者の前に先ず人間であるという単純な真実を改めて制作者達が気づかざるを得ない時代となったのかもしれません。
 
それはさておいても、「人々が欲しているのはドリルではなく、数インチの穴である」というT/レービットの言葉はまさに至言、いまさらに思い出す次第です。

2008年07月31日

第140回『プロシューマーとの共創』

 前回に引き続きプロシューマーを話題にしたいと思います。
プロシューマーなんて日本人にはいないし、居たとしても少数派じゃないの?大勢は企業の考え方に素直に従うのが日本の消費者では?昔を知る人は、そう考える向きも多いかも知れません。

 そのようにお考えの方は、いまの若者達を見てください。ケイタイやi-PODに代表される情報機器はむろん、ファッション、食事などにいたるほとんどの生活の要素は、彼らに合うようにカスタマイズしています。
また次世代を担う子供達ですらメールに写真やイラストを取り込み自分なりに再構築はお茶の子さいさい、でまさにちびっこプロシューマーたちが跋扈しています。

 こうした変化を一時的な現象と見るか、本質的な変化と見るかはカラスの勝手、自由ですが、しかし、ささいの変化を無視することで舞台から去っていった多くのビジネスもあることは事実です。
 
 一例ですが、いま情報機器市場の戦略はデザインを製品に付加することで優位を創っていこうとする流れがあります。そのために売れっ子デザイナーを製造過程に参加させることが見られるようになりました。デザイナーの感性や世界観が注目されることは悪いことではありません。多いに歓迎するところです。しかし、それはどのような経験価値を提案していこうとしているのか?という視点で考えると、現状ではどうもよく見えてこないような気がします。辛口に言えばかつての缶ビールのパッケージデザイン競争のように僅かな差異づくりのための小手先のしのぎに過ぎないとも言いたくなります。
 
 たしかに未知の経験価値を提案すると言うことは、かんたんではないでしょう。
しかし、カスタマイズを求める人々のほんとうの欲求を探り当てあらたな経験価値を提案することを諦めれば、ビジネスは衰退の途を辿る以外ありません。
 
 こうしたリスクを防ぐためにはビジネスはプロシューマーとのコラボレーションが必要ではないでしょうか?
 
 まずは・固有の経営資源やバリューチェーンからの発想をゼロにすること、そして・固定概念、従来の常識を棄てること。さらに・顧客を消費者と見るのではなく生活のプロとして評価して敬意をもって接すること、そしてお互いの異見が交流出来るプラットフォームを創り、作り手、使用者がいっしょになって、そこで得た課題を解決していくことにベストを尽くすシーンを創出していくことでしょう。

 こうした生産側・消費側との共創手続きは、もちろん私のアイディアではありません。かのスティーブ・ジョブスが、MACを発表した20年前にアップルをリードした考えです。
この考えが、i-POD、i-Phoneの成功など今日に見るアップル社復活のエンジンともなっているわけですから、一考に値するのではと、お節介ながら思うのです。

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