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2007年10月 アーカイブ

2007年10月12日

第121回『ゴージャスを超えて・・・。』

いま、マーケティングでは富裕層が注目されています。
いわゆる金融資産1億円以上、世帯年収3000万円以上の人々を対象として想定するセレブマーケティングです。
セレブと言う言葉は英語のセレブリティのことで、例えばビル・ゲイツ、アンジェリーナ・ジョリーなど、また話題を撒き散らすじゃじゃ馬セレブのパリス・ヒルトンなどがイメージされます。
彼ら、彼女らは、マスコミにいつも注目されており、しかも想像を超えたスケールの裕福な生活を送っている人々です。
しかし、日本でこうしたセレブは?と言うと、叶姉妹であったり、デビ夫人とか、さんま、さらには野球やサッカーのスターとか有名で派手なライフスタイルを営む有名人と言う感じで、セレブのシンボルがブランドであったり、宝飾であったり、億ションであったりと、いまひとつスケールに乏しい。
ある意味で「成金」レベル、また庶民感覚的には運が良ければ手に届きそうな程度の存在がイメージされます。

かつての生活価値観をリードした一億総中流幻想は、木っ端微塵となってしまいました。
そして300万円ライフどころか収入120万円で生活を営まねばならない「下流」の貧困層が増加傾向にあり、中流は、そのまま中流と脱落組とに引き裂かれつつあります。
そのために、いつかは中流生活から脱落し、下流へと引きずり込まれるかもしれないという不安感が私たちを掩っています。
そうしたなか、「中流」を維持し、人並み以上の暮らしを望む人々は、一方で「下流」をつくり差別化を図り、他方では「セレブ」幻想を創り出している気もします。
高価なファッション品、支払い金に応じたホスピタリティ、VIP待遇のパーティなどは、いずれも「一時セレブ」を楽しむモノであり、サービスとも言え、それらの話題性を土台にマスコミが喧伝し「セレブ」幻想を振りまいているのが今日の状況だ、とも言えましょう。
これがマーケティングの新作法であるならば、なんとも貧困です。
何故なら、このセレブマーケティング発想は、ある意味、かつてのバブルへのマーケティング屋のノスタルジーに過ぎないものであり、描かれた「豊かさのイメージ」は旧態依然、時代に対しなんら提案性、革新性ないものだからです。
このままでは、「セレブ」は、格差を強調し勝組のみを持ち上げ社会的には無用のストレスを拡大する情報公害にもなりかねません。

なにかと話題の中国の話ですが、彼の地のセレブは大きな高級外車や大型エアコンがお好みで、とりわけ黄金色が人気とか?
こうしたセレブのテイスト、あなたは憧れますか?
私的には正直、下品。「
かっこいい」とは思われません。
仮に「セレブ」が理想のライフを実現するライフモデルならば、そのモデルは、「かっこいい」モノでなければ憧れや時代性をもつには至らないでしょう。

話は飛びますが、最近「バック・トゥ・ザ・ホテル」というムック誌に出会いました。
これは世界の100の名ホテルを文章と写真で紹介したものですが、いずれもが著者が身銭を切ってホテルを体験した労作で、よくあるタイアップ記事や提灯持ち取材ではないところに価値があります。
著者は、“せきねきょうこ”と言う女性、ヨーロッパで観光事業に携わった経験をもつホテルジャーナリスト。
彼女の筆は、独自の見解を展開し、居ながらにしてリッチな極楽ホテル体験へと誘ってくれます。
記事中、とくに興味を抱かされたのは、最後に紹介された「SAN CAMP」と言うボツワナのテントリゾート。
カラハリ砂漠の一隅にあり、電気も水道もない超シンプルライフをホスピタリティとして提供するホテルで、そこに世界の旅の通がサファリルックで決め込みセスナ機でやってきて、大金を支払い文明社会とは無縁の環境のもと、不便を楽しむと言う著述でした。   
このテントホテルは乾期のみ営業で雨期には店じまいだそうですが、こんな「貧」に価値を置いたホテルが世界のセレブの人気を得て予約は満杯だとか。
まさに虚飾に倦いた果てに富裕な人々が到達する究極の境地。
この前には、バブリーな「リッチ」や「ゴージャス」はいかにも貧相です。
世界のセレブ達の「お金」をものともしない「脱もの発想」、「超シンプルライフ」の贅沢は、「豊かさとは何か?」を問うマーケティングには、貴重なヒントを示すものではないでしょうか?。
ゴージャスを超えた新たな価値観とライフスタイルの芽生えに着目、そして新しい「豊かさのイメージ」の開発・発展へ挑戦する。
それは時代をかなり面白くしそうです。

2007年10月25日

第122回『ウェブ広告が効かない・・!?という前に』

最近、「ウェブ広告が効かない」という声を耳にするようになりました。
こうした声が聞こえるようになったのも、考えようによってはインターネットが広告メディアとして一人前になったことの証かもしれません。
まぁ、そうは言いつつもインターネット広告に活路を見出そうとしている人々にとっては由々しき問題です。
何故、効かないのか、効かなくなったのか、考えてみる必要はあると思います。

効かない理由①
まず、期待過剰があった。ロングテール神話で代表されるようにマイナー商品(企業)でも低コストで広告ができて、しかも購買層にダイレクトにアプローチでき市場を創出できる。

効かない理由②
ネットでの完結する販売への期待があった。AIDMA理論の検証とさらに顧客経験価値を実行する技術として期待。すなわち、DM段階が検索→比較→検討と精緻な購買へのステップが予測されるようになった。つまり購買行動をより細かく知ることが出来るようになったので「売り」として完結するだろう。

効かない理由③
顧客参加への期待過剰。インターラクティブ・メディアとして顧客のレスポンスを期待したが、「顧客は自身のことを知らない」のが現実。したがって「反応」しようがない。顧客は不精でいい加減という認識不足。

効かない理由④
顧客がアクティブな情報探索者だという誤解。
ネット操作には「面倒」があり、旧来の受動型のメディアとはそもそも性質が異なる。「お茶の間」、「ながら」の時間つぶしは出来ない。メディアが新奇性を持っている間はいいが、そこに参加するのは、努力を厭わない「オタク」で話題性はあっても市場としての有効性は低い。

効かない理由⑤
情報発信者に「覚悟」が乏しい。
時代の流れにのってネットを利用する付和雷同姿勢がつよい。したがって「合い見積もり」が趨勢。インフラ利用のみならずコンテンツ制作について「コスト」のみに関心。制作にも時間掛けない小手先拙速主義が蔓延。
新聞の凋落、TVでの「ワイドショー」の消滅など、「実利的な生活情報」に時代の関心は集まってきているにもかかわらず、一方的な企業メッセージ情報発信に終始したお手軽情報や、ブログで代表される小手先情報テクニックでお茶を濁し、ネットユーザーのニーズに応えていない。

効かない理由⑥
トータルでの視点が欠如。これはネットに関してのみではない。しかし、顧客を基礎に据えたマーケティングでは、ネットは最重要メディアであり、顧客を満足させるあらゆるメディアとの一貫性・相乗性をコミュニケーション戦略として成立させねばならない。しかし、現実は「差別」戦略すらいい加減。

効かない理由⑦
担当者が技術志向。技術的な話題性の追求に腐心し、「商売」を勉強しない。
管理する組織も、ま、大して金も掛からないから、とりあえずマ、イイカ!・・・。
そもそも日本は「ダイレクトマーケティング」はとくに弱いし、重視しないのでそこには人材が起用されない傾向もありますね。

以上、とりあえず7つの理由を挙げましたが、「いいんですかね?」と思います。

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