先日、歌舞伎を初めて見に行きました。
いやはや、おもしろい!
極上のエンターテイメントであることはもちろんのこと、歌舞伎役者たちの背景を考えると、ますますこの伝統芸能を守り受け継いできたことの意味に興味が湧きました。
というのも、歌舞伎を見る前に、市川笑也という国立劇場歌舞伎俳優研修生から、猿之助門下の花形役者に大抜擢された人物の文章を読んでいたからです。僕が見た舞台は、勘三郎がメインのものでしたが、ご存じのとおり、中村屋が得意とする演目で、主役となれるのは、その一門の長以外にはありえません。その良し悪しは置いておいて、そうした事実を知ると、勘三郎の下で”馬の足”を演じている役者にも、意識が行き、それぞれがそれぞれの場所で職人芸を披露していることが、よくわかったため、非常におもしろかったのだと思います。
受け継ぐというのは、技であったり、精神であったり、いろんなものを遺し、それを大事に守り伝えていくことだと思います。役者だけでなく、三味線や謡い手にしても、代々伝えられて生きたものがあるのでしょう。そうしたものを介して、江戸時代の町人たちと、自分自身もどこかでつながっていることを実感でき、すごく嬉しく感じました。
スポーツの世界でも、レジェンドは大切にされ、常に敬意を払われています。欧米のスタジアムなどに行くと、例えばマジック・ジョンソンの銅像が飾ってあったり、これまで獲得したトロフィーなどが、誇らしげに並んでいるわけです。尊敬のまなざしはいつまでも変わりません。
このオフ、清原選手や野茂選手が引退しました。
正統派の選手ではなかった二人ですが、彼らも間違いなくレジェンドとして扱われるべき選手たちです。ホームランを打つ実力がなくなったくせにいつまでも悪あがきして、高給を稼いでいたと批判することは簡単ですし、大リーグから不要になった男とのレッテルを貼ることも簡単です。ですが、それは、僕たちが彼らのプレーを見て熱くなった日々の価値を下げることでもあります。
彼らの現役時代を目の当たりにし、すばらしい勝負を繰り広げた選手だったことを語り継いでいくことが、じつはとても大事なことなんだと思います。
