先日の16日、湘南国際マラソンを走りました。タイムは2時間48分13秒で見事に完走できました!目標だった3時間もクリアして嬉しい限りです。
じつは、左足甲を痛めていたため大会前の1ヶ月はまともに練習できていませんでした。レースに出られるのかさえ不安だったのに、目標タイムをクリアできたのは本当に嬉しかったです。
マラソンをやり出したのは代表の川村の影響です。浜町アトリエは隅田川のほとりにあるため、ランニングコースに事欠きません。体調維持のためにちょっと走っていたところ、「大会に出よう」と誘われ、せっかくだからやってみようと思ったのです。もともと長距離を走るのは嫌いではなかったのですが、これまで一番長く走ったのは高校のマラソン大会10キロが最高でした。30キロという未知の世界に足を踏み入れたことは、ちょこっと新しい自分に生まれ変わったような気分です。
ランニングをしていると、「なぜつらいのにわざわざ走るの?」と聞かれることがあります。走ることが楽しかったり気持ちよかったりするから走るのですが、ボクにとってランニングよりも楽しいことや気持ちの良いことは他にもたくさんあります。それでも走るのは、自分で「走ると決めたから」です。
30キロのコースを走っているとき、20キロ過ぎからの給水所では、立ち止まって水を飲み、じっくり屈伸をしてからヨロヨロと走り出すことの連続でした。屈伸すると、それまで走ることで縮んでいたもも裏の筋肉が一時的に伸びます。伸ばした筋肉は縮もうとします。すると、その動きで自然と走り出せるのです。自分の意志ではなく、筋肉の反射を使ってなんとか走ってる状態でした。「屈伸すると楽だけど、やりすぎると筋肉が切れるかもな…」と思いながら、なんだかゼンマイ仕掛けみたいな自分の身体を笑いながら走ってました。
そんな状態で走ってて楽しいはずがありません(笑)。つらくてつらくて、「ここから歩いてゴールしても3時間きれるんじゃね?」みたいな悪魔の誘惑が頭の中を駆けめぐります。でも、走り続けたのは自分で決めたからです。自分が走らなければ、自分の身体はゴールしてくれません。マラソンという競技はすべて自己責任の下に行われるのです。自分をコントロールするのは自分です。非常にわかりやすい。そのわかりやすさが、いまのマラソンブームの一因になっているのかもしれません。湘南国際マラソンでも、老若男女、たくさんの人が走っていました。
ところが、社会に目を移すと、自己責任という言葉は影を潜めてしまいます。政治・経済の世界だけでなくスポーツの世界においても、組織が関係するとてんでダメになってしまうのはなぜなのでしょう。
バーレーンに敗れてしまった日本代表のサッカーも、先週の浦和レッズに対する言及がそのままあてはまるかのような試合展開でした。ベンチで指揮をとる岡田監督も、失点するやいなや、他のコーチ陣とご相談。岡田さんは監督なんじゃないの?極限状態の監督がなんで自分で決められないの?
たかだか大学スポーツの、さらにマイナースポーツであるラクロスでしたが、監督経験のあるボクとしては信じられない光景でした。
ファンサイトに入って以来、いつも川村に言われ続けていることがあります。
「ファンサイトは、個々がタレントとして立っていかないとダメだ」
自分の足で立てない人間は、組織の中でも輝けるはずがない。
当たり前のことを当たり前のように出来ることに挑戦しています。
