サッカーは、つくづく高度なコミュニケーション能力が必要なスポーツなんだと思いました。
現在、中国の重慶で東アジア選手権を戦っている日本代表。太平洋戦争の時、蒋介石の中国国民党が南京陥落を機に首都機能を重慶に移転させたため、日本軍は重慶を爆撃。そのことから強い反日感情があると言われている重慶。先日の日本対中国の試合前には、中国サッカー協会の副会長が代表チームの選手たちを激励し、日本との歴史問題を30分もの時間話したそうです。
そのせいで、サッカーとは別の感情が湧いてしまったのか、中国代表のプレーは粗雑なラフプレーの連発。悪質なファウルは目も当てられないものでした。退場に値するプレーがいくつもあったなかで、おもしろかったのが地元の中国の人々も、そうした野蛮なプレーに対して非難の声を上げていることでした。
サッカーなどのスポーツはいくつかの構成要素によって成り立っています。
自チームの選手と相手チームの選手。選手と審判。選手と観衆。観衆と審判。
それぞれがそれぞれに影響し合い、見事な調和が取れたとき、最高のゲームが現出します。
そのときは、選手も審判も観衆も、最高の気分に浸ることができます。
もちろん負けたチームの選手に悔しさは残るはずですが、満足感はいっぱいのはずです。
しかし、構成要素のなかで、どこかが独りよがりな動きをし出すと、途端に調和は乱れ美しさは失われてしまいます。今回の試合では、審判の醜さはひどいものでした。正統なジャッジを下していれば、あそこまでゲームが荒れることはなかったでしょう。
ただ、この審判と同じことをしている時がわたしたちにはあるのではないでしょうか。ついつい、目の前の選手のプレーに夢中になってしまい、観客の反応を感じることができない。そんなことはよくあるように思います。
クライアント企業とのやり取りばかりに気を取られ、肝心のお客さまに対する気配りが無くなってしまっては本末転倒です。
無神経で、無防備で、無配慮では、コミュニケーションは成立しない。
自らの襟を正すとともに、夏に行われる北京オリンピックに対して、不安を払拭できない大会となっています。
