2008年11月14日

2008/11/14
第109回『闇の守り人』

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昔、祖母が亡くなったとき親族の中でひと騒動あった。葬式を盛大にやるのか、それとも親族・縁者のみでひっそりと行うのか。そのときの議論を聞いていて、ああそうかと思ったことがある。それは、葬式とは死者のためのものではなく、生き残った者たちが死んでしまった者と折り合いをつけるための儀式、つまり生者のためのものだということだ。

死と向き合うのは難しい。もはや死んでしまった者と語り合うことは出来ず、様々な思いが澱のように心の奥底につもっていく。しかし、人生を前に進むためには、その死を乗り越えていかなければならない。そしてそれは、自分自身の心と向き合う作業。ときには開けたくない蓋を開け、認めたくない事実を認めなくてはいけなくなる苦しい作業だ。

先日、そうした死と向き合う主人公を描いたすばらしい小説を読んだ。「闇の守り人」という上橋菜穂子が書いたファンタジー小説だ。著者は川村学園女子大学助教授で文化人類学を専門にする。ファンタジーといえば「ハリーポッター」だが、この「守り人シリーズ」はさすがに文化人類学者が書いただけあって、そんじょそこらのファンタジーとは趣が違う。「闇の守り人」はその第2作。大人に最も人気があるのがこの作品だそうだ。

秋の夜長に。

2008年11月07日

2008/11/ 7
第108回『やる気』

今週は集中力がなかった。原因は明らかだ。締め切りがなくなったからである。先週は月末だったこともあり、なんとか終わらせよう、納品までこぎつけよう、と必死にやったのだった。その反動がずいぶんと長引いてしまった。
昨晩、ラジオで「やる気」について科学していた。まず、朝晩寝る時間を一定にするのが良いらしい。さらに、仕事は朝にやるべきだそうだ。もともと人間がまだまだアウストラロピテクスみたいな原始人だったとき、日が昇って明るくなったとき食べ物を調達しに行かないと生きていくことができなかった。その名残で朝の方が脳が活性化するらしい。人によって「朝型」「夜型」とあるように言われているが、それはどうやらウソのようだ。(ちなみに起床時間を一定にすることは、身体の代謝も良くするためダイエットにも良いそうだ。ダイエットの第一歩は、運動でも食事制限でもなく、ちゃんと寝てちゃんと起きることらしい)

また、「やる気」を起こさせるために大事なのは「ニンジン」とのことだ。やらなければいけないことがあるのにうだうだしてしまう。そのとき、達成したらじぶんにあげるご褒美を明確にすることがやる気を引き出す秘訣になるらしい。褒めるとか、ご褒美とか、日本人気質からするとなんだかいやらしいことのように感じるが、全くそんなことはないらしい。ついつい、仕事が終わる前に美味しいものを食べたりして「ご褒美」をあげてしまっているような気もするが…。グッとがまんするか、さらなるご褒美を用意するのが良いのかも。
あと、終わったとき、達成したときの気持ち良さを強く強く感じることも重要だそうだ。いまスポーツの世界で最先端を行くアメリカでは、この「気持ち良さ」がメンタルトレーニングの中で重視されているらしい。「超気持ちいぃ」と言えば北島康介だが、あのコメントは科学的にも非常に正しいものらしい。

いま、若い世代に「やる気がない」と言われている。やる気がないどうしようもない若者に会ったことがないので、具体的にどんな人たちなのかわからないが、自分自身の楽しみも他人に指導されないと感じることができなくなっているのだろうか。仕事の最終的な目標は”利他”だろう。自己実現も大切だが、自分の能力で社会にどれだけ貢献できるかが問われてくる。しかし、「やる気」云々が問題となっているということは、それよりも遥か以前で留まっていることになる。成功体験の積み重ねがやる気を養うポイントだと、ラジオで言っていた。普通に生きていくだけでは「成功」を「体験」できないのだろうか。成功はそんなに崇高なものではなく、もっと足下にごろごろしていて良いものだと思う。

2008年10月23日

2008/10/23
第107回『1000本ノック』

先日、取材に行ってきた。千葉県印旛郡。順天堂大学のさくらキャンパスだ。東京からさらに1時間。駅にはタクシーも止まっていない。まさかこんなに田舎だとは思っていなかった。JR酒々井駅で降りたものの、トボトボと京成酒々井まで歩く始末。バスで行こうと思っていたのにこれじゃあタクシーしかないですな。予定が崩れる。

しかし、これはほんの序の口。取材の予定の崩れ方は想定外だった。事前に、先方に送った想定質問に全然答えてくれない。取材した先生は「監修」だったのがミソ。どうやら少し意向とずれた本だったらしい。本に沿った質問では取材が進まないことがわかった。

だが、ここで慌てなかった。さっさと当初の予定を捨て、先生の意向に合わせた取材をした。話を聞きながら、文章の構成を練り直す。おお、なんかすごいぞ。


文章には流れがある。文脈というやつだ。どうやら、それがようやくわかってきたようである。
数をこなせばわかってくることがある。
体で覚えたこの感覚は、わすれさられることがないだろう。

2008年10月17日

2008/10/17
第106回『夜討ち朝駆け』

風邪を引いてしまった。
こういうときは寝るのがいちばんである。さっさか寝床についた。
頭から布団をかぶると汗だくになる。このまま汗をかいて寝てしまえばいい。
おっと、そのまえに敵情視察をしなければ。

「プルルルル…ただいま電話に…」

うーむ、これでは状勢がわからぬ。
夜襲があるかもしれないが、いまは体調回復を優先させねばなるまい。
明日も6時には起きなければならぬのだ。
不安を抱えたまま浅い眠りについた。

突然、寝床でYMOのライディーンが鳴り響く。
やはり来た。夜討ちだ。
声を潜めて敵の出方を探る。

「もしもし」

攻防は静かに始まった。

しかし、いつからか激戦となる。
いったん打ち切りになるかと思われたが急所に火矢を打ち込まれた。
このまま黙って見過ごすわけにはいかぬ。

眠気と戦いながらの戦いが終わったころには3時を過ぎていた。

そしていま、夜が明けて戦いをふり返っている。
いったいどういう決着で戦が終わったのかまるでおぼえていない。
残ったのは寝不足の頭がひとつのみである。
さて、今日も仕事だ。

2008年10月10日

2008/10/10
第105回『カンナさん大成功です』

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『カンナさん大成功です』という映画をご存じでしょうか?今年に入って2回もDVDを借りて見てしまったくらい気に入ってしまった作品です。もとは日本のマンガが原作で、”整形大国”と呼ばれるくらいの韓国の風潮が皮肉られたシナリオに変貌し、素晴らしい脚本となりました。

95キロくらいの巨漢の主人公カンナ。替え玉として、容姿端麗な歌手の「声」を担当し、プロデューサーに恋をします。しかし、プロデューサーの「カンナを利用しろ」という本心を聞いてしまい、うちひしがれ、全身整形を決意します。

カンナはジェニーとして生まれ変わり、プロデューサーを欺してトップ歌手としてデビューします。ただもうカンナではなくジェニーとなってしまったので、本当の親(ボケてしまっている)が訪ねてきても「ただのファン」と言ってしまい、古くからの友人とも絶縁してしまいます。

そんなカンナが初めてのコンサートを開くとき、自分の過ちに気がつき、感動のクライマックスになだれ込むという映画なのですが、そのときカンナは「自分が誰なのかわからなくなってしまった」と告白します。

「どんな顔だったのか思い出せない。カンナに会いたい…」


先日、「愛されて売る 魅せる販売術」という元CAの方が書いた本を立ち読みしました。まだ詳しく読んでいないのですが、”CAはみんな美人に見えると思いますが、よく見るとそんなこともない”というようなことが書いてありました。

”見られている”という意識が、隅々まで神経を行き届かせることになり、胸をはって行動することで、魅力的な人に見えるようになるようです。CAは研修の期間でどんどんと生まれ変わっていく、というようなことが書いてありました。

パラパラとめくりながら読んだだけなので、細部についてはわからなかったのですが、なかなか良い本だと思いました。


どちらの作品も、容姿を美しく見せることが大切なのではないということを伝えていました。「大丈夫」と言ってもらえることがどれ程大切なことか。ただ、いまの日本は、誰とも関わらずに生きていくことも出来てしまいます。誰からも「大丈夫」と言われずにいる人はどうすればいいのか?もしかしたら「愛されて売る 魅せる販売術」にヒントが書いてあるのかもしれません。Amazonで購入してみます。

2008年10月03日

2008/10/ 3
第104回『行ってきました』

行ってきましたアデレード。時差はわずかに30分。日本を南下すればたどり着く。南半球はちょうど春。とはいえ、初日は寒い寒い。地球の反対に来てまで異常気象を体感する。気温は10度で風も強い。体感温度はもっと低いことでしょう。

着いて早々、英語が聞き取りづらい。やはりオージーは独特の発音。何度か聞き直してやっとわかる。でも、誰も嫌な顔はしない。何度も説明してくれるのは嬉しい限り。アジアだとこうは行かない。ニコニコして欺されてしまう。おっと、イタリアも危なかったのだった。アデレードが観光地ではないということか。

街はとっても小さい。18世紀につくられた道が碁盤のように走る理想都市。四方を公園に囲まれ美しい。カフェ文化のあるアデレード。ランチの時間はみんなオープンカフェで食事する。昼下がりでも食事している。いつ働いているのかな?(笑)街の中央はトラムが走る。すぐに似た表情の街は思いつかない。石畳だったらイタリアっぽいのだけれど。やはりイングランドの色が濃いのかな?行ったことがないのでわからない。

夜はすぐに街は静かになる。10時にはほとんど店は閉まり、開いているのは中華ばかり。市街にはラーメン屋がオープンしたようだ。試しに行ったが、ま、こんなもんかな。郊外にはアボリジニー料理の店も。カンガルーの肉は絶品らしい。ランチの時間は営業しておらず、試すチャンスがなかった。

店はだいたい1品で10豪ドル。1豪ドルがほぼ100円。飲み食いしたらだいたい2000円かかる。物価は高い。スーパーに行っても驚く。M&Msは2.5豪ドルだった。日本での売られているM&Msには原産国オーストラリアと書いてあるのに…。「コアラのマーチ」は1.2豪ドルだった。経済は不思議なことが多い。

2008年09月19日

2008/9/19
第103回『アデレード』

さて、来週はアデレードに行ってきます。5月のベトナムに続き、また海外に行けるのは楽しいかぎり。英語は相変わらずなかなか口から出て来ませんが、なぜか海外に行くと気持ちが大きくなるので良い機会と捉えて、積極的に異文化コミュニケーションをしてこようと思います。

どうやら、アデレードという街は世界で一番遠い都市という意識があるようです。ここでいう「世界」とは欧米社会のことだとおもうのですが、極東の日本よりもさらに遠いというのは独自の文化がありそうで、ちょっと楽しみです。シーフードとワインが絶品という料理にも興味津々。オーストラリアはちょうど春先。一日で四季を感じるように、朝から夜までの気温の変化がはげしいみたいです。少し手荷物が多くなりますが、ちゃんと上着を持っていかなければ。

思い返せば、初めての海外旅行もオーストラリアでした。ゴールドコーストの抜けるような青空が、いまでも忘れられません。あれ以来、海外に行くとぼったくられたりなんだり色々経験するのですが、ちゃんとガイドブックを買って下調べしないことに原因があると思い至りました。

なんかのコラムで、「海外に行くと、『地球の歩き方』を持ってウロウロしてる日本人をよく見る。ああ嫌だ嫌だ。」みたいな内容を読み、それってかっこ悪いことなのか、とおかしな偏見を持ってしまったことが始まりだったような。昔はあまりかっこうのいいものではなかったのかもしれませんが、ここまで長く続く本となると、さすがに情報もこなれてきていて、やっぱり使い勝手が良いように感じます。

定番と言えるまで成長したものは、必ず確かな価値観を提供してくれるはずです。初心者が、やるべきことは、一番いいものを手に入れることでしょう。今回はしっかりと「地球の歩き方」を持ってアデレードに向かいます。

2008年09月11日

2008/9/11
第102回『情報に金を払う』

先日より、金魚を飼い始めました。
デカイのが1匹に、小さいのが3匹。
仲良く暮らしています。

と、言いたいところですが縄張り争いが激しいようです。

特に大きな奴が餌を独占しようとして、小さいのが食べようとすると追いかけ回しています。餌が少なくて飢えている状態だと、金魚もイライラするのでしょう。平和な状態を保つためにも、餌はたっぷりあげようと思います。その分、糞の処理が大変ですが。。。

小さな金魚たちに人間っぽさを感じながらも、やはり命を身近に感じるのはいいものです。朝起きれば、どうしているのか気になりますし、家に帰ってくれば、みんな元気か確認してしまいます。

さて、今後は鉢でも買ってベランダビオトープを作ろうかな、と思って本屋に行くと意外と専門書が少ない。ネットで検索すればいろいろと情報は出てくるのですが、どれもこれもアフィリエイトまがい。きちんと情報が整理されている本を手に取りたいと思いました。

いま、情報がいたずらに氾濫しているため、有益な情報を編集する力が求められています。
先日、伊豆へ旅行に行ったとき、「ことりっぷ」というガイドブックを利用しました。欲しい情報だけが並んだ優れた本でした。高度な編集を介した情報にお金を払うことは、いままでも誰もがしてきたことです。

情報はただではなく、有料で然るべきなのだと再認識しました。

2008年09月04日

2008/9/ 4
第101回『軸を定めろ』

「私は自分自身は客観的に見ることができるんです。あなたとは違うんです」

またまた国家を担う人物が、職務を全うすることなく逃げ出してしまった。そのとき言い放ったのがこの言葉である。なんたる醜態か。
ちょうどNAGOMIMUTSUMIパパに借りていた「あぁ、阪神タイガース」という野村克也が著した本を読んでいたら、こんな表記があった。

”人として生きていくことを考えたとき、なによりも大切なのは評価である。そして、自己愛に基づいた自分の評価よりも、他人が下したそれの方が正しい。つまり、その人間の価値は、他人が決めるのである。だからこそ、謙虚さと素直さが求められる”

「あなたとは違うんです」と言い放ってしまうことが、どれほど醜いか、視点を少し変えるだけで浮かび上がってくる。


北京五輪で悲願の金メダルを獲得した女子ソフトボールチーム。先日、2日間で3試合を連投、413球を投げ抜いた上野由岐子投手を中心としたドキュメンタリーがNHKで放送されていた。勝利の裏側には、なんとしても米国に勝つという彼女たちの強い決意があっただけでなく、上野の苦悩も描かれていた。

「なんで私がエースなんだろう…」
上野はエースの重みに耐えられず逃げ出しそうになったこともあったようだ。そのときを回想し、彼女は涙を流していた。だが、チームにはどうしても達成したい目標があった。信頼してくれたチームメイトの期待に応えるためにも、上野は逃げず、フォアザチームの精神でエースの重責を果たし、見事に金メダルを獲得する。


”リーダー不在の時代”と言われて久しい。
確かに、リーダーに適する人物は少ないのかもしれない。
しかし、ほんとうは平等化を進める余り、責任の重さだけでなく役割までも平等にしてしまったことが問題なのではないか。言うまでもなく、組織において役割分担は非常に重要だ。エースにはエースの、脇役には脇役の果たすべき役割があり、それぞれの責務がある。

エースの澤穂稀がエースとしての責務を全うしたサッカー女子日本代表。
エースと目されたダルビッシュ有と心中できなかった野球日本代表。
最後まで誰がエースなのかわからなかったサッカー男子日本代表。


思いがなければ軸は定まらない。
軸が定まらなければコマも回らない。

2008年08月29日

2008/8/29
第100回『ゲリラ豪雨』

雨が凄い。大雨だ。雷が追い打ちをかける。轟音だ。ゴロゴロ、どころの問題ではない。ドッカーン!という爆発の後にバリバリバリという空気が震える音がする。隣の部屋で寝ているうちの犬が起きないのがなんとも不思議だ。やつは番犬として用をなさないだろう。

今日、神戸から東京に戻る途上、東海道新幹線が豪雨のため1時間あまり止まった。技術の粋を尽くした新幹線でさえ、自然の猛威には勝てない。そうした人間の力ではどうにもならないものに対しては、大いなる畏敬の念を感じる。だから台風が来ると、スーツを着ていない僕は、右往左往するサラリーマンたちを見ながら敢えてびしょびしょになるのも悪くないと思っていた。

しかし、今年はそんな気にはなれない。ゲリラ豪雨という名前が付けられた瞬間的に記録的な降水量をもたらす雨は、道路を一気に冠水させてしまう。雷で取材先のホテルが停電することもあった。

雷鳴が人の耳に聞こえるのはほぼ10㎞ほどの距離からだそうだ。そして、落雷の危険性があるのは前の落雷があった地点から0~30㎞離れた地点とのこと。落雷のおよそ20%が10㎞の距離に落ちることになる。つまり、雷鳴が聞こえた時点で次の落雷の危険性は十分に高いということなのだ。のんきなことは言っていられない。

日本はどんどんと亜熱帯化していく。
アジアの人々はよく働くようになったが、日本人にとってこれだけ気候が変わってしまうと夏は働きたくなくなってしまうのでは?

雷はいまだ鳴りやまない。明日の天気はどうなのだろう。京王線もJRも冠水したというニュースが深夜に流れた。この雨のなか、仕事に出かけなければいけないサラリーマンによって日本は支えられている。通勤電車の不快指数はさらに上がり、まず間違いなくイライラする朝となるだろう。昨今、同期が不可解な殺人事件が多い。しかし、自分を省みても、どうと言うことのない小さな出来事に苛ついていることに気がつくことがある。

そうしたイライラの処理を、個人の度量の大きさに委ねるのも限界に近づいているのではないだろうか。


執筆者のプロフィール

ファンサイト有限会社
プロジェクトマネージャー
田中滋

1975年生まれ。文学部哲学科卒。
今年も年間100冊の読書と100本の映画鑑賞が目標。

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