
ニューヨークのため息
“ニューヨークのため息”。それがヘレン・メリルの別名だ。
1930年生まれの御年80歳。日本ではサラ・ボーンやビリー・
ホリデイの影に隠れてその名を知る人はジャズファンに限られる
かもしれない。しかし、このコール・ポーター作の名曲を有名に
したのは間違いなくヘレン・メリルだ。
14歳でN.Y. ブロンクスのクラブで歌い始めたというから、
我が国の「ちょっと出」のポップス歌手とは年季の入り方が違う。
この曲You'd Be So Nice to Come Home toが収められているのは
Helen Merrill with Clifford Brownという彼女の初リーダーアルバムなのだが、
実はこのアルバム、トランペットのクリフォード・ブラウンを
有名にしたアルバムでもある。2人は偶然同じ年に生まれている。
しかし、この天才トランペッターは公演旅行の移動中に自動車事故で
急逝してしまう。わずか25年の生涯だった。まさにこれからと
いう時に突然訪れた死。ヘレンのため息に寄り添うブラウニーの
艶っぽいトランペットの響きを感じてほしい。
まるで主旋律のようなアドリブ。そう、メロディを持ったアドリブだ。
実に聞き応えがある。
You'd be so nice to come home to
You'd be so nice by the fire
While the breeze on high sang a lullaby
You'd be all that I could desire
^Under stars chilled by the winter
Under an August moon burning above
You'd be so nice, you'd be paradise
To come home to and love
歌のタイトルでもある一行目の訳は諸説ある。
ここでは「帰ってくれたら、嬉しいわ」と訳してみよう。
日本語では主語を言うのは野暮というものだ。嬉しいのはもちろん私だが、
英語でYouを主語にして表現したところがユニークで、
だからこそ、記憶に残るタイトルなのだ。
もし、これをI’m so happy if you come home to. 又は、
It's so nice for you to come home to.としたらどうだろう。
まるで英語の教科書に載っているような例文になってしまう。
『同じことを主語を変えて表現してみる』それだけで気分が変わり、
ありふれた日常が恋物語に変身する。
暖炉の側にあなたがいて
そよかぜの中で、子守歌を歌うわ
あなたがいてくれたら、ほかに何もいらない
凍てつくような冬の星空の下でも、
煌々と輝く8月の月の下でも
あなたがいれば、それでいいの
Breeze という耳に心地よく響く単語を覚えよう。
ブリーズはそよ風。海から陸へ向かって吹く風ならsea breezeだ。
しゃれた言い回しを紹介しよう。Shoot the breezeといい、
誰かと取り留めもないおしゃべりをする、という意味だ。