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   <title>パパスコープ　熱き大和魂 | NAGOMIMUTSUMIパパ</title>
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   <title>第41回「締め括り」</title>
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   <published>2008-12-18T10:03:54Z</published>
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   <summary>この時期になると、1年に1回、顔を合わせる定例メンバーと顔を合わせる機会が増えま...</summary>
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      この時期になると、1年に1回、顔を合わせる定例メンバーと顔を合わせる機会が増えます。それにしても、年毎に、1年という期間が短く感じられ、それだけ年を積み重ねてきたのかと、弱気になってしまう事すらあります。
特に女性に対しては、出会った頃の印象が強く、つい最近まで、学校を卒業したての女の子と思っていた子が、もうーすでに30を超え、立派なママになっていたりすると、ただただ驚嘆してしまいます。
私にとって、今年1年は、独立した第一期ということもあり、やはり時間の流れ方が今までにも増して早かったと感じます。そして、思い描いたとおりに出来た事、出来なかった事に加え、まったく想像もしていなかった出来事を重ね1年間を総括し、来年へ向けて軌道修正をし、新たにスタートを切ります。今年1年、スタッフ、協力会社、クライアントに支えられながら、なんとか食べてこられたことに感謝しながら、来年は、もっと良い報告ができるようにと、心を新たにしております。
身の丈に合っておりませんが、もっと、もっと、稼がなければという思いの一方、「人として組織として、社会に誇りが持てるような事業」にもチャレンジして行きたいと考えております。
このブログも、今年の1月から始めて参りましたが、（最近更新できない事も多かったのですが）なんとか、1年続けられる事ができました。私のつたない文章におつきあいいただきました皆様に感謝致します。
そして、来年は、もっとサプライズのある日々を送って行きたいですね。
そうすれば、題材にも困りませんし、、

      
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   <title>第40回「プロとして」</title>
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   <published>2008-11-27T09:23:00Z</published>
   <updated>2008-11-27T09:24:04Z</updated>
   
   <summary>私のオフィスのスタッフで、春先より、ある難病を患っているものがいるのですが、先日...</summary>
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      私のオフィスのスタッフで、春先より、ある難病を患っているものがいるのですが、先日、その領域の権威の先生から、これまでの経過、治療方針を確認された上で、「2年後には完治する」とのお墨付きをいただきました。
これまで、さまざまな医療機関を尋ね、ネット上で同じ病気を患っている人と情報交換し、良いということは何でもやってみようとしていたのですが、一向に改善する気配がなく、治療方針も、「症状を和らげる」、「進行を止めるといった」方向性であったようです。
完治という言葉を聞いて、濃霧で前がまったく見えなかったところから、突然　光明が差し込んで晴れやかになりました。
第3者の私ですらそうだったのですから、本人はどれほど勇気付けられたかわかりません。きっと、完治という言葉に支えられ、これからしばらく続く闘病生活に耐えることができるのではないでしょうか。
専門医師の言葉とは、それほど患者にとって重いものなのだと、思い知らされました。と同時に、私自身は、普段、リアルイベント、コミュニケーションのプロとして、クライアントに安心感を与えている事ができているだろうかと考えました。
選択肢を何案か示し、最終責任をクライアントへ押し付けていないだろうか？もっと、自分の示したプランに自信と責任を持つべきではないかということです。
多いに反省です。先方のニーズを引き出すという事という言訳により、クライアントの意向だからと、本質を診ず、都合よく解釈していた場面があったと思います。クライアントに示さなければならないのは、何名以上の集客が実現するとか、必ず収支でプラスになるとか、そういった具体的なことであり、手法は、その裏づけでしかないのです。

最近臨床現場で行われている、インフォームドコンセプトという手法は、「正しい情報を与えた上での合意」という患者に最終責任を押し付けただけの形を採っておりますが、患者にとって、最終合意を決定するのは、「必ず治す」というプロの信念なのではないでしょうか。

      
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   <title>第39回「共生」</title>
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   <published>2008-11-06T17:19:41Z</published>
   <updated>2008-11-06T17:20:53Z</updated>
   
   <summary>妻と一昨日からけんかしております。原因は、私が連絡もせず、深夜に帰宅したことです...</summary>
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      妻と一昨日からけんかしております。原因は、私が連絡もせず、深夜に帰宅したことですが、この手のけんかは、毎月１度くらい、結婚して10年なので、かれこれ、こりずに120回ほど繰り返している事になります。
きっかけは大抵私にあり、その度に許しを請うということを繰り返してきたわけですが、今回は時間があったせいか、もっと奥底にある問題を考えてみました。一つは情報不足ということがあります。実際、前の会社にいるときから何を仕事としているのか、なにを持って独立したのか、いま私の周りにいる人たちの事、あまりにも話をしていない事が多すぎて、こういう問題が勃発した際にその事を理由にしても理解されないということ。
ではどうして、いままで話をしてこなかったのか？そんな状況説明がない男と共生してきていた家族は、なにを信頼していたのか？
考えると論理的には説明がつかないことばかりです。
特にあえて自分の話をしてこなかったわけではないですし、家族が自分の命よりも尊い存在であるということは揺らいだ事はないと思います。
なのに、判り合うことは常に難題です。
今朝、近所の友人の奥様が産気づいて、SOSメールがあり、私が病院まで車を出しました。その一瞬は、私たちはわだかまりを超えて行動を共にしました。一緒に友人の無事を祈り、新しい命の誕生を共に喜びました。
それなのに、今晩は自分の子供たちの前でギスギスした姿を見せている自分達がいます。
ビジネスでは、もっと分かり合えない関係を共生していく場合が多々あります。一つの利益というベクトルに方向性を合わせているだけの場合がほとんどですので、企業理念、生き方というベクトルになると、共に歩む協力者を得る事は、大変まれなことなのではないでしょうか。利益がでなければ、ビジネスは破綻しますが、信頼し、期待感を持って共に生きる道を模索するということがもっとあってもいいのではないでしょうか。
もちろん夫婦と違って期限があることは解っていますよ。
（夫婦も限界があるかもしれないですが、、）
      
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   <title>第38回「選択」</title>
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   <published>2008-10-30T23:55:43Z</published>
   <updated>2008-10-30T23:56:40Z</updated>
   
   <summary>日本プロ野球の一年に一度のイベント、新人選手選択会議（通称：ドラフト会議）が行わ...</summary>
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      日本プロ野球の一年に一度のイベント、新人選手選択会議（通称：ドラフト会議）が行われました。
コアな野球ファンは、この日を楽しみに、アマチュア野球を1年観戦します。お気に入りのチームに、こんな選手が入団したら、、とか、スカウトになった気分でアマチュア選手の中から、有望選手、光るセンスを持った選手がいないか、まだ世間に注目されていないダイアの原石を発掘しようと競い合います。いまや専門のサイトや掲示板が何本も立ち上がり、ファン同士の情報交換も盛んで、地方で行われた試合の動画なども、そこにはアップされているので、自宅、職場にいながら、全国を飛び回るスカウトの気分が味わえます。

野球ファンにとって、ひいきチームの勝ち負けの他に、通常のペナントレースでは、個人プレーの技術やチーム戦術を楽しむことが醍醐味でありいわゆる仮想監督となるわけですが、ドラフト会議では、チームの中長期戦略が、反映されますので、仮想オーナーの目で楽しむ事ができるのだと思います。

私もそういうコアな野球ファンの一人なのですが、一方この時期は、毎年ある違和感を感じております。それは、「逆指名」「希望球団以外お断り」と言ったアマチュア選手の姿勢についてです。

ドラフト会議で指名さて晴れてプロ野球選手となった選手の内、1軍のレギュラーとして活躍できる人材がどの程度かご存知ですか？
平均で、毎年７～8名の新人選手が入ってきますが、レギュラーを獲得できるのは、3年に一人、一軍に定着できる選手が、1年に一人くらいの確立ではないでしょうか。ドラフト会議が一番スポットを浴びる瞬間で、一度も一軍に上がれず、人知れず去っていく選手の方か圧倒的に多いのです。
アマチュア時代から必ずレギュラーになれるとだれもが確信できる逸材は、
本当に10年に一人なのかもしれません。
私が実際に見た事がある過去の選手で、だれが見ても、どこの入っても間違いなく直に活躍できるという選手は、パット思いつくところで、江川、岡田、原、清原、桑田、野茂、高橋由伸などほんの数人で、あのイチローであっても、ドラフト4位で入団し、オリックスのファームでもまれた経験があるからこそ、あそこまでの打者の育った訳で、最初からスターを約束されていたわけではないのです。
野球選手は、自分の技量を売り物にした個人事業主であり、力をつければ、巨額の富を得ることも可能ですし、チームを選択することも可能となっていくわけです。もともとそんな世界に飛び込んでくる人種が、「巨人じゃないと入団しない」などとやられると、そんな奴は、福利厚生の行き届いた一部上場企業でも目指せば良かったのにと感じます。
ビジネスの世界でも、力が無いうちから仕事を選んでいるような人間、組織は決して成長することはないでしょう。折角、恵まれた才能を持ってその世界に入る事ができる限られた人なのですから、どこでも成功できるという自信を持って、仕事を選ばず努力して欲しいですね。
もともと、一握りの成功者を除いて、数年しか留まれない厳しい世界なのですから、、

      
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   <title>第37回「世界恐慌？？」</title>
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   <published>2008-10-24T00:00:16Z</published>
   <updated>2008-10-24T00:01:19Z</updated>
   
   <summary>私の主要なクライアントで、開業医の先生方が何名かいらっしゃるのですが、 その方た...</summary>
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      私の主要なクライアントで、開業医の先生方が何名かいらっしゃるのですが、
その方たちの周辺は、今回の株価暴落で皆さん「てんやわんや」、平穏なくらしから、震災に直面されたような悲愴な状況です。
一方、私のように資産運用などにあまり興味がない（というか資産が存在しないのですが）ものには、株価暴落といっても直接の実感がほとんどありません。（もちろん、彼らの財布の紐がしまれば今後影響は出てくるんでしょうが、）

バブル崩壊時は、まだ社会人1年生であり、その後の不況と言っても、好景気の状態を想像することが難しかったことを記憶しております。
ただ、その時から、ずっと持っている違和感は、日本国で発行される紙幣や硬貨が減る事はあっても、増える事はないということです。
つまり、物質としては減る事しかありえないお金の価値が、上がったり下がったりする？？でも物事の価値基準を示すのがそもそも通貨でなかったのかということです。

為替の差益で利益を出している人がいるということは、一方高く買って、安くしか売り切れなかった人がいるということで、この売買に関わる人間やシステムなどの費用が手数料として加わり、全体で見れば単なる支出のみの行為であるということに気がついていませんか？
中間での売り切りの商売が長続きしない事は、言語、宗教、文化を超えて世界共通認識ではないのでしょうか。

      
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   <title>第36回「おたく文化」</title>
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   <published>2008-10-10T00:49:43Z</published>
   <updated>2008-10-10T00:50:33Z</updated>
   
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      偶には、パパらしいことも書いてみようと思います。
皆さん、「戦隊もの」って判りますか。たぶん男の子であれば、3才～6才くらいの時期に一度は通り過ぎたことがあるはずです。なんせ、私が幼少のころ見た「科学戦隊ゴレンジャー」から33年続いているシリーズものであり、Wikipediaによると、これほど長期にわたって続いているテレビドラマシリーズは他に例がないそうで、うちの息子が夢中になっている「炎神戦隊ゴー音ジャー」で32作目ということでした。
先日、ある異業種交流会で知り合った8歳の息子を持つ38歳、3歳の息子を持つ28歳の若手経営者と、5歳の息子を持つ私との3人でこの話題で多いに盛り上がりました。そこである発見をしたのですが、この「戦隊もの」には、私たち自身も息子たちも、ある時期に熱病のように、にはまり、そして1～2年でさめていくということでした。
ですので、お互いに、はまっていた「戦隊もの」はそれぞれ違い、自分が見ていた世代以外のことはまったく知らないのですが、「隊員が色で識別されていること」「隊員に女性がいること」「最後は巨大ロボットに乗り込んで戦う事」「一人では敵を倒せない事など」など基本構成は、変わっていないのです。
そして、タイトルや必殺技が世相を現していることも、いまさら紐解いていくと妙に興味深かったりします。

仮面ライダーシリーズ、ウルトラマンシリーズは1作品が世代を超えて共通に認識されている傾向がありますが、この「戦隊もの」については、自分が見ていた時代以外のシリーズには無関心であるようです。カラオケで歌っても同窓会でなければ盛り上がりません。

アジアを中心に、日本の戦隊もの、特撮シリーズは人気があるようですね。
こうして、序々に日本のイメージは「大和魂」「武士道」などと言ったものから、「アニメ」「おたく」になってしまうのでしょうか。


      
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   <title>第35回「引退」</title>
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   <published>2008-10-03T00:01:22Z</published>
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      オリックスの清原選手が引退しました。私は丁度、桑田、清原世代の1つ下なので、彼らを初めて見たのは、83年の夏の甲子園でした。
幼少の時から、野球に夢中になっていた私の夢は、当然、「甲子園」、「プロ野球選手」、小学生では学区内で上手い方から1～2番目、中学野球では、2年でレギュラーになるも、2番センターの脇役ポジション、プロ野球選手になるという夢と自分の資質とのギャップを感じ始めたころ、最終宣告となったのが、ブラウン管の中の、私と2ヶ月しか誕生日の変わらない桑田のクレバーなピッチィングと、清原のものすごいバットスイングでした。「あーこういうのが野球選手になるんだ」と素直に納得できましたので、その後、高校でも野球を続けましたが、中学野球よりもよっぽど、楽に取り組め、楽しんだ記憶があります。

あれから、四半世紀が過ぎ、KKコンビが引退していく。
時が過ぎるのは早いものです。私が子供のころバリバリにプレーをしていた、王、張本、野村、すっかり、おじいさんですものね。

さて、この四半世紀、野球選手になれなかった私は、ビジネスの世界でどうだったのでしょう？20代では、3回転職を経験する。30代では、新規の取り組みが事業化し管理職も経験しました。そして、40前に独立。
幸い、後10年は、勝負できる期間が残っているので、本当に成否が決定するのはこれからなのだと思います。10年で引退しなければならない訳ではないですが、引退してもいいような環境を構築していく事が、私の40代の戦いなのです。

      
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   <title>第34回「あこがれ」</title>
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   <published>2008-09-25T23:21:15Z</published>
   <updated>2008-09-25T23:22:11Z</updated>
   
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      今、いわきの小名濱に来ています。プライベートではなく、打ち合わせで来たのですが、そのままクライアントである先生のお宅でお世話になることになりました。

広大な敷地にテニスコート、敷地内でバーベキューをして、庭には犬、そして、陸亀、テラスには常設にハンモック（そこらのアウトドアショップで売っているようなものとは別物）があり、そんな中、ご家族に囲まれて、暖かく持て成していただきました。

先生がすばらしいのは、普段は、そういう生活感をまるで感じさせないフランクさを持っていて、えらぶらず、新橋のガード下でも、上野のショットバーでも、そこになじんでしまう空気を持っていることです。

私はまだ経験をしておりませんが、人間成功すると、修行時代の生活環境は、懐かしんでも、受け入れたくはないものなのではないでしょうか。
これみよがしに、成功の暁をご披露される方が多い中、目線を下げて、相手に合わせた環境に自分を置ける方はそんなにいないのではないかと思います。

そして、もっと素晴らしいのは、奥様でした。我々と医局のスタッフの食事の世話をしながら、娘さんの送り迎え、犬のさんぽ、亀の世話、寝室、お風呂、すべてを当たり前のように整え、そして明るく気さくで、そこには、深い信頼と愛情が溢れていました。

「家族と接するとき」、「スタッフと接するとき」、「クライアントと接するとき」、距離が縮まることに臆病にならず、愛情を持って関わっていこうと改めて決意しました。自然に皆が周囲に気を配り、支えあっていく組織は、自然とそういうことば出来ているのだと思います。

      
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   <title>第33回「まなざし」</title>
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   <published>2008-09-19T00:40:19Z</published>
   <updated>2008-09-19T00:43:40Z</updated>
   
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      先日お会いした、クライアントであり、恩人である大分の先生から、私にある学会の事務局を推薦していただいた経緯について、「君は、真剣なまなざしをしとったから大丈夫だと思った」というお言葉をいただきました。
いったいその時に自分でどんな顔をしていたのか？はたまた、自分の真剣な顔など見た事がないので判りませんが、確かに今が勝負どころなので、いい加減に取り組んでいる案件などありません。
その事が、良い方向にクライアントに伝わっているのであれば、大変ありがたいとこと思いました。

考えてみればこれまでも、例えば飲んだ席で初対面の人からの話であっても、母国語が違い、うまく言葉のコミュニケーションが取れない人とでも、その人のまなざしから、真剣さを感じた時は、こちらも一生懸命話を聞き、理解し、自分の意見をちゃんと、伝えようとしていたと思います。

今週は、リーマン・ブラザーズの余波で、右往左往されている異業種の方と何名かお会いしました。私たちの業種は、基本的には、クライアントは日本法人で、販売拠点も通貨も日本である企業が多いため、ドルが安くなって直接困ることはありません。
心配なのは、為替変動の影響で、真剣に働く事に対して人間がばかばかしいと考えてしまうこと、サービスの対価が一時的にでも価値を失ってしまった時、「Comfortableであること」、「Emotionを提供すること」に ついてほどほどで良いという社会になってしまった時、我々は、必要の無い存在となってしまいます。
ただ、いろいろ杞憂してもしょうがありません。自分にできることは、毎日を真剣に生きるということだけなのですから、


      
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   <title>第32回「医療の為に」</title>
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   <published>2008-09-11T10:09:25Z</published>
   <updated>2008-09-11T10:10:26Z</updated>
   
   <summary>今週息子が、埼玉の小児医療センターに入院しました。生まれつき臓器に欠損があり、ま...</summary>
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      今週息子が、埼玉の小児医療センターに入院しました。生まれつき臓器に欠損があり、まったく生活や、健康に支障は無いのですが、いつか手術をしておいた方がいいということだったので、先月5歳になったので手術を行うことになりました。全身麻酔をするので、それだけが心配だったのですが無事に終了しほっとしております。そんな中、数日ですが、小児専門の病棟に出入りをして、さまざまな傷病の子供たちと出会いました。
子供は、みんな明るいですね。包帯でぐるぐる巻きであったり、チューブがたくさん付いていて見た目はかなり深刻なのですが、ふさぎこんでいる子などいないのです。
また、病棟にいる看護師さん、スタッフの皆さんは本当に真剣に取り組んでくれています。医療現場の愛情に強く触れることができました。

私は、10年間、医学会という医療の最先端の症例を研究発表する専門家の会合をプロデュースして参りました。
実際に医者のように自分で患者さんと向き合っている訳ではないですが、自分のやってきた事、これからやっていこうとしている事に対して前向きな気持ちになれました。

ビジネスなので、利害関係や人間関係で真っ直ぐに事が進まないことが多々発生しますが、そういう時は、小児病棟の事を思い出して信念を持って進んで行きたいですね。


      
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   <title>第31回「出ても打たれない杭」</title>
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   <published>2008-09-04T03:23:37Z</published>
   <updated>2008-09-04T03:24:38Z</updated>
   
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      9月に入りましたが、蒸し暑い日々が続いていますね。天候は、毎日安定せず、東京にいるのに、山の中にいる様な錯覚さえ感じます。
そんな中で、最近の私の周りは、ようやくこのチームで戦っていこうというメンバーと、方向性が固まってきたように感じています。
基本的に、リスクよりも、可能性に突き進んでいくタイプなので、一緒にやっていくメンバーとは、より多くの時間を共有し、考えをぶつけていかなければ、新しいものを創造していく力とはなり得ない事を、この何ヶ月かで学びました。精神的にも落ち込み、何日間は空白期間を作ってしまったこともありました。
それでも、ありがたいことに、周辺には、考え方、動き方一つで、いろいろな方向に伸びる可能性に溢れたビジネスチャンスがあり、具体的に獲得できるであろうという手ごたえも感じています。

あたりまえのような事ですが、自分に期待されている役割をまっとうしてこそ、メンバーの安心感につながるということ。自分の考えをきちんと伝えることが、メンバーの役割をより明確にしていくということ。まず自分を知り、やるべきことに手を抜かないことが、実践につながるという事。
そういう一つ一つに仕事内容や順序の整理をしていって初めて、5年、10年スパンでの事業モデルが描けると言う事を再認識しました。

思えば、学生時分に、「出ても打たれない杭になる」という、非常に抽象的な目標があったのですが、今頃になって、「出ても打たれない杭」とは、なにか解って来たように感じています。

それと、随分以前から、私の意識に中心を「コミュニケーション」というキーワードがあったことを発見し、今行っている事業は、やるべくして行っているのだと、妙に安心している自分がいます。


      
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   <title>第30回「リーダー」</title>
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   <published>2008-08-21T23:54:00Z</published>
   <updated>2008-08-21T23:54:44Z</updated>
   
   <summary>北京オリンピックの星野ジャパンは、第1次予選は、4勝3敗というギリギリの成績で、...</summary>
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      北京オリンピックの星野ジャパンは、第1次予選は、4勝3敗というギリギリの成績で、決勝トーナメントへ進むことができました。
ところで、私は星野という男がなんとなく好きではありませんでした。今回の予選を見ていてその訳がはっきり判りました。皆さんは、カナダ戦の後、星野は、「俺を殺す気か！」というコメントに、違和感を感じませんでしたか。やはり、彼の感覚は、自分の為にメンバーが働いているということだったのですね。思わず本音が出てしまったのでしょうね。今回の日本チームで選手が目立たない理由は、やはりこの監督にあったのですね。

WBCでの日本チームは、日の丸を背負い、一つの目的に向かって全力でプレーをしていました。その選手選手一人ひとりの姿は、国民に感動を与えました。個々がスタープレイヤーであるのに、チームとして非常にまとまっていて、王監督は、選手一人ひとりを前面に出し、絶妙のポジションを担っていたと思います。

今回の北京のチームが、日の丸でなく、星野を背負わされているとしたら、決勝トーナメントも期待できない結果になってしまうのではないでしょうか。
もちろん、土壇場で彼らが結束し、本来の力を発揮することを祈っているのですが、

星野のようなリーダーは、成長期にはいいのかもしれませんが、成熟したメンバーが、本領を発揮するには舞台ではどうなのでしょう。
我々のような、小さな組織では、まず、個々の戦闘能力が物を言います。一人一人が常に戦える体制を磨き、知識を身に付け、技術を磨いていくことが前提でありますが、そのメンバーをまとめていくのは、果たして星野がいいのか、王がいいのか、、

大事は成し遂げる為には、高い能力を持ったメンバーの自主性と結束力が必要であり、リーダーは、舵取りと雰囲気つくりに専念してはどうでしょうか。
（と言っても容易なことではないですが、、）

ソフトボール日本チーム、感動しました。2016年の野球共々正式種目に復活できるよう、我々もできることから、盛り上げていきたいですね。


      
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   <title>第29回「猛暑」</title>
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   <published>2008-08-07T16:23:23Z</published>
   <updated>2008-08-07T16:24:23Z</updated>
   
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      丁度一年前、大阪に転勤になり、引越しの日のマンションが暑かったことを思い出しました。いきなり行く手を阻まれ、まるで前が見えなかったあの時から、たった1年で、周りの環境もずいぶん変化し、私自身も変わりました。変わっていないのは、家族、友人、そして今現在も私の回りで支えとなってくれる方々との絆でしょうか。
お陰様で、以前お世話になった方からお引き合いいただき、ビジネスになってくるようになりました。独立を決めた時に想定していた形とは、ずいぶん違うのですが、そこがまた、面白いなと感じるこの頃です。

来週少し、休暇を取ることにしました。
今年の夏の暑さは、心地良さそうです。気が付くまでに、時間が掛かりましたが、今のライフスタイルが、長年、求めてきたもののように思います。

ただ、今は荷物が軽いので休暇も取れますが、来年以降同様ではないことも覚悟しております。いままで背負ったことにないプレッシャーや、難題と格闘しているようでなければならない。応援してくれる皆様との絆は大変ありがたいことですが、過去の自分と同じ事を期待されてこなすだけでは、未来はないでしょう。

まずは、過去の自分に完全勝利すること、それは、そんなに難しいことではないので、、
時間があるようで、時間が足りない。そういう2008年の夏を迎えています。



      
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   <title>第28回「偉業」</title>
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   <published>2008-07-31T14:07:04Z</published>
   <updated>2008-07-31T14:07:55Z</updated>
   
   <summary>マリナーズのイチローが日米通算3000本安打を達成しました。子供のころ野球マニア...</summary>
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      マリナーズのイチローが日米通算3000本安打を達成しました。子供のころ野球マニアだった私は、更新不可能な記録として、王さんの868本のホームラン記録、金田の400勝、張本の3000本安打の3つの記録を認識していたのですが、ついに、平成に入ってプロ入りしたイチローがその記録に近づいたのです。といいますか、メジャーで年間安打の新記録を作り、8年連続の200本安打に挑戦しているイチローは、過去にだれも到達していないところに挑戦し続けているのですが、、

新聞などメディアでこの偉業に対するコメントを拝見しました。
張本のコメントは潔かったですね。一流は一流を知るということなのですね。それに対してメジャーのタイトルホルダーのピート・ローズのコメントにはがっかりしました。

所詮、メジャーでまだ2000本達成していないとか、弱いチームにいるから四球が少ないとか、自分がイチローのように、チームの勝利に関係なく勝手をやっていたら5000本は打てたとか、そういうコメントばかりなので、インタビュアがたまりかねてイチローは嫌いなのかと聞くと、そんなことは無いと答えていましたが、この年代の方は、結局白人至上主義で、日本人がなにをしても認めたくないのでしょう。最後は自分が一番、イチローが2番と言い切ったコメントにはあきれてしまいましたが、

私もまったくフィールドは違いますが、普段から誰もしたことがないことをやってみたいとか、過去に行った人よりも上手くやりたいとか、そういう気持ちは常に持っております。自分より優れた人、優れたやり方については、素直に認めることは、負けを認めることとは違います。そこから如何に学び、その上でもっと良い方法がないだとろうか、考え抜くということを繰り返し、より高いフィールドにたどりつくということなのだと思います。
言うは易しですが、、

8月は比較的時間の余裕があるのですが、いまこそ上期の反省を具体的に生かす方法を真剣に考え、来年は今よりも更に充実していたいと思います。

      
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   <title>第27回「メモリー」</title>
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   <published>2008-07-17T15:20:47Z</published>
   <updated>2008-07-17T18:51:40Z</updated>
   
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      石田文樹という投手をご存知ですか？いまから24年前、当時絶対的な強さを誇り（阪神より強いと言われた）、桑田、清原率いるPL学園を下し、夏の優勝投手に輝いた取手二高のエースです。Around 40世代の方は、覚えておられるのではないでしょうか。なんせ、桑田、清原のPLが負けるということは、国内のトップニュースになるような出来事だったのですから、、

15日（火）、直腸がんでお亡くなりなったというニュースを聞き驚きました。まだ、41歳です。18歳で栄光を極めその後は、早稲田大学に進むも半年で退学し、社会人を経由しプロに進むも大成はしなかったのですが、当時は間違いなく世代で一番光り輝いていました。

今日、メジャーのパイオニアである野茂秀雄が、引退するというニュースが飛び込んできました。20代のころよく思ったものです。野茂が私たち世代の出世頭であると、、メジャー1年目で大成功し、その年の秋の日米野球を見に行ったのですが、一級投げる毎のフラッシュの光は忘れられません。
一時代が経過したのでしょうか。間違いなく二人は私の過ごした青春時代の中心人物であり、妙に感慨深くなります。
石田さんの訃報は本当に残念ですが、40代というのは、まだまだこれから輝ける年代です。20代、30代とは放つ光の色が変わってくるのだと考えています。
自分の為に頑張るのが20代、30代はそれに家族など自分の周辺の人の為が加わり、40代からは、後継者の為、会社の為、業界の為、社会の為、ということを自然と意識しながら生きていくんですね。

石田さんの息子が、父が亡くなった翌日、神奈川県予選でマウンドに上がり見事勝利されたそうです。ニュースを見て涙がでてしまいました。
同じ時代を駆け抜けた同士として、心よりご冥福をお祈り致します。

      
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