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2008年11月 アーカイブ

2008年11月07日

第39回「共生」

妻と一昨日からけんかしております。原因は、私が連絡もせず、深夜に帰宅したことですが、この手のけんかは、毎月1度くらい、結婚して10年なので、かれこれ、こりずに120回ほど繰り返している事になります。
きっかけは大抵私にあり、その度に許しを請うということを繰り返してきたわけですが、今回は時間があったせいか、もっと奥底にある問題を考えてみました。一つは情報不足ということがあります。実際、前の会社にいるときから何を仕事としているのか、なにを持って独立したのか、いま私の周りにいる人たちの事、あまりにも話をしていない事が多すぎて、こういう問題が勃発した際にその事を理由にしても理解されないということ。
ではどうして、いままで話をしてこなかったのか?そんな状況説明がない男と共生してきていた家族は、なにを信頼していたのか?
考えると論理的には説明がつかないことばかりです。
特にあえて自分の話をしてこなかったわけではないですし、家族が自分の命よりも尊い存在であるということは揺らいだ事はないと思います。
なのに、判り合うことは常に難題です。
今朝、近所の友人の奥様が産気づいて、SOSメールがあり、私が病院まで車を出しました。その一瞬は、私たちはわだかまりを超えて行動を共にしました。一緒に友人の無事を祈り、新しい命の誕生を共に喜びました。
それなのに、今晩は自分の子供たちの前でギスギスした姿を見せている自分達がいます。
ビジネスでは、もっと分かり合えない関係を共生していく場合が多々あります。一つの利益というベクトルに方向性を合わせているだけの場合がほとんどですので、企業理念、生き方というベクトルになると、共に歩む協力者を得る事は、大変まれなことなのではないでしょうか。利益がでなければ、ビジネスは破綻しますが、信頼し、期待感を持って共に生きる道を模索するということがもっとあってもいいのではないでしょうか。
もちろん夫婦と違って期限があることは解っていますよ。
(夫婦も限界があるかもしれないですが、、)

2008年11月27日

第40回「プロとして」

私のオフィスのスタッフで、春先より、ある難病を患っているものがいるのですが、先日、その領域の権威の先生から、これまでの経過、治療方針を確認された上で、「2年後には完治する」とのお墨付きをいただきました。
これまで、さまざまな医療機関を尋ね、ネット上で同じ病気を患っている人と情報交換し、良いということは何でもやってみようとしていたのですが、一向に改善する気配がなく、治療方針も、「症状を和らげる」、「進行を止めるといった」方向性であったようです。
完治という言葉を聞いて、濃霧で前がまったく見えなかったところから、突然 光明が差し込んで晴れやかになりました。
第3者の私ですらそうだったのですから、本人はどれほど勇気付けられたかわかりません。きっと、完治という言葉に支えられ、これからしばらく続く闘病生活に耐えることができるのではないでしょうか。
専門医師の言葉とは、それほど患者にとって重いものなのだと、思い知らされました。と同時に、私自身は、普段、リアルイベント、コミュニケーションのプロとして、クライアントに安心感を与えている事ができているだろうかと考えました。
選択肢を何案か示し、最終責任をクライアントへ押し付けていないだろうか?もっと、自分の示したプランに自信と責任を持つべきではないかということです。
多いに反省です。先方のニーズを引き出すという事という言訳により、クライアントの意向だからと、本質を診ず、都合よく解釈していた場面があったと思います。クライアントに示さなければならないのは、何名以上の集客が実現するとか、必ず収支でプラスになるとか、そういった具体的なことであり、手法は、その裏づけでしかないのです。

最近臨床現場で行われている、インフォームドコンセプトという手法は、「正しい情報を与えた上での合意」という患者に最終責任を押し付けただけの形を採っておりますが、患者にとって、最終合意を決定するのは、「必ず治す」というプロの信念なのではないでしょうか。

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