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2009年11月 アーカイブ

2009年11月05日

第356号『星占い』

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【記憶の陰影】

「旧友が訪ねてくる。」
銀行での待ち時間、雑誌をパラパラとめくっていた。
その雑誌の星座占い欄にそう記されていた。
しかし、誰か来るでもなし、何事か起こる気配もなく日々過ぎていき、星座占いの記憶も薄れていた。

積んでいた文庫本の一冊、井上荒野の『ベーコン』を読んだ。
なぜ、この作家のことを知らないでいたのだろう。
そう思うほどに巧い。
そして、井上荒野の父上が作家、井上光晴であることも知った。
さらに、ある場面が思い浮かんだ。

ドキュメンタリー映画『全身小説家』は『ゆきゆきて進軍』の監督でもある原一男の作品で、「作家、井上光晴」を追ったミステリアスな作品である。
その、『全身小説家』のなかで、癌で闘病生活をしている井上を、瀬戸内寂聴が見舞い訪ねる場面だ。
瀬戸内に同行する医者をなにげなく観た。
見覚えのある髭面。
医者は高校時代の友人、横内正道君の兄上だった。

高校3年の夏、画廊を借り仲間と展覧会を開いた。
数日、横内君の家に合宿して仲間と作品を作っていた。
ある日、局部が異常に痒くなった。
気が付くと仲間がそろって同じ症状である。
そのころ、兄上は弘前大学医学部の研修医として勤務していた。
誰が、犯人かを突き止めることはできなかったが兄上にお願いし、薬を頂き、なんとか事なきを得た。

心理学者ユングによれば、「コンストレーション=星座を作る」とは満天の星から特徴のある星を幾つか選び出し、糸で繋ぎ物語を組立て、自らをそこに投影し、役割を演ずるものだと言及している。
一見、無関係に並んでいるかに見えるものが、ある時、偶然の一致というカタチで意味あるものとしてその全体像を表す。
こうして、バラバラに起きた出来事が、実は人生という星巡りのなかで「意味あること」として位置づけられているのだ、と。

バラバラな記憶が繋がり、横内君と僕の共通の友人T君が逝って、もう6回目の冬が来ることを思い出した。
「旧友が訪ねてくる。」
してみれば、あの星占いは当たっていたのだろうか。
墓前に手を合わせ、久々に友と杯を酌み交わしたい。

2009年11月12日

第357号『道徳という名の知恵』

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【譲り受けた腕時計】

時計職人だった父の日課は、朝の掃除から始まる。
朝7時、住み込みの弟子たちと、はたき掛け、掃き掃除、雑巾掛け、乾拭きと、ほぼ、一時間ほどかけて徹底的に店の隅々まで掃除をする。

なぜ、これほど丁寧にするのか、と問うたことがあった。
答えは、分解修理をする時計に塵や埃が付着しないようにするため。
そして、万が一、床に部品が落ちたとしても、直ちに発見しやすいからだ。と。
なるほど、合点がいった。

こうした父の影響もあり、掃除は苦ではない。
父ほどに徹底的ではないが、ファンサイトも、月曜の朝メンバー全員で掃除をする。

掃除の良いところは、当然ことであるが、掃除をする前よりも、した後の方が奇麗になることだ。
しかも、とても簡単で、誰でもできる。
その上、机や椅子のガタつきを発見することができたり、トイレットペーパーの補充も確実に確認することもできる。
そして、掃除が終わるころには、アトリエは清々しい空気に包まれ、さらに、なんとなく暖かい気持ちにもなる。
感情は、常に行為の前にあるとは限らない。
行為が感情を形成してゆくこともある。

たかが掃除という小さな作業ではあるが、それを皆でしっかりと遣ることで気付くことや、思いやることが自然に身に付くのだ。
これは、極めて道徳的な行為でもある。
そもそも道徳とは、何かを無理強いするものではなく、本来、とても合理的な作法として伝えられた方法論、つまり知恵なのだ。

2009年11月19日

第358号『普通のこと』

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【書き記されたノート】

Tから、会社経営の行き詰まりの相談を受けた。
彼は決して、野放図でもなければ怠慢な男でもない。
ただ、現状の変化があまりにはやく、流動的である。
結果、いままでの方法では、利益が生み出せない。
つまり、経営環境の厳しい状況が続いている、ということである。

ファンサイトを起こした当初、従業員もなく独りだったが、知人の紹介で初めから経理顧問をお願いした。
数字に疎く公私混同をしたくないと、漠然と考えていたからだ。
でも、その方法がよくわからない。
とりあえず、お金の管理をわけて見てくれる人がいれば、多少とも実現できるのではないかと思った。

会計事務所の所長にお会いした。
その時、彼から経営についてのアドバイスとともに一枚のメモを頂いた。

黒字企業の社長の特徴
□ 早起きで、朝一番に出社する。
□ 公私の区別がきちんとしている。
□ 黒字は当り前という強い信念を持っている。
□ 現場の声をよく聞く。
□ 毎月の数字をしっかり見ている。
□ 目標が明確で、具体化している。
□ 決算書だけでなく現場のデータ・管理会計データもきちんと見ている。
□ 利益の出る仕事かどうか吟味している。
□ 何事にもスピーディで、意思決定も早い。
□ チャレンジ精神がある。
□ 新商品・新技術の研究開発を怠らない。
□ 本業以外のことにむやみやたらに手を出さない。
□ 他社製品、同業他社、得意先や業界、市場動向などの情報収集に努めている。
□ 自社の強みと弱みの分析に努めている。
□ 中・長期のビジョンを持っている。
□ 休日も事業のことを考えている。
□ お客様の気持ちを熟知している。
□ 社長が顧客訪問をするなど、先頭に立って仕事をしている。
□ 業績が悪い時は自分の役員報酬からカットする。
□ 自分の給料の何倍も仕事をしている。
□ 社員教育が行き届いている。
□ 健康、元気でいつも明るい。
□ 夫婦仲が良い。

メモを見ながら所長は、続けて話した。

書かれていることは、経営する上でどれも当り前で、普通のことばかりです。
普通でないことはいくらでも存在します。
けれども、普通でないことは大概、持ち堪えることができません。
いずれ、壊れます。
普通のことを持ち堪えることが、一番難いことなんです。と。

いまも、時々ノートに書き写したこのメモを読み返す。

2009年11月26日

第359号『風姿花伝』

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【深紅の天竺牡丹】

六本木ヒルズにある映画館、TOHOシネマズで映画を観た。
巨大なスクリーンと圧倒的な音量。
だから、ここがこの映画を観るには一番、適だと思った。

映画『THIS IS IT』はマイケル・ジャクソンのロンドン公演に向けた、リハーサルを中心に編んだドキュメントである。
彼の突然の死がなければ、この映画の存在そのものが無かったかもしれない。

一人の演者と対峙する踊り手、演奏者、音響技術者、舞台、衣装等々、関わったすべての人々との表現を巡るせめぎ合い。
観客に自らのメッセージを伝えたい。
その想いと願いから生まれる妥協の無い準備。
リハーサルがこれほどまでに、スリリングで緊張感のあるものだとは想像だにしなかった。
これは、まさしくその闘いの様の記録だ。

マイケルのパフォーマンスを観ながら、ふと能の振舞いが重なった。
もともと、能は今のようなのんびりとしたものではなく、演者と演者が競い合う激しいものだったと聞く。
世阿弥は「風姿花伝」のなかで言及している。
自らのレパートリーを持ち、調子が乗ってきたら他を圧倒せよ。
さらに、オリジナルな表現のない演者は、兵器のない軍隊のようなものだ。と。
まさに、「風姿花伝」は一種の兵法の書である。

世阿弥は断言している。
花とは観客の心を感動させるもののことである。
「花と、面白さと、めずらしきと、これ三つは同じ心なり」と。

舞台にマイケルという花が咲き、そして風のように去って行った。
エンドロールが流れると、だれかれとなく観客席から拍手が沸き起こった。

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