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2009年05月 アーカイブ

2009年05月08日

第331号『悪人』

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【夜の静寂】

吉田修一著、『悪人』(朝日新聞社刊)を読んだ。
地方都市で起きた殺人事件と、それに関わった人々の行動と思いを丹念に描いた群像劇である。

物語は九州、福岡市と佐賀市を結ぶ国道263号線の三瀬峠から始まる。
そして、この峠で短大出の女性保険外交員が殺される。
彼女は、事件の起こる夜、同僚二人と中洲の餃子店で食事をしたあと、かつてバーで知り合った大学生と会うと言って二人と別れる。
だが、彼女が会う約束をしていたのは、大学生ではなく、出会い系サイトで知り合った長崎に住む土木作業員だった。
そして、虚栄心から出たちょっとしたウソと行き違いが、悲劇を生んだ。
しかし、この小説は、単なる犯人探しのサスペンスでは終わらない。
この、行き違いをさらに揺さぶるような関係を見せる。
それは事件後、加害者と出会う、紳士服量販店に務める女。
さらに、加害者を育てた祖母、被害者の父母らと、作者はたえず登場人物の行動と心の動きを高みからではなく平行な目線で捉え、つぶさに描写している。

行き場のない焦燥感と寂寥感。
根拠のない傲慢さと憎悪。
もがいても、もがいても、見えてこない希望。
本当の悪人とは誰なのか。

巧みな表現力も然ることながら、結末に近づくにつれ、その根底に隠されているなにかを引きずり出そうする圧倒的な筆力に驚かされた。
この物語は、今や、どこにでもある地方の風景の中で、ちょっとした弾みさえ付けば、いつでも、誰にでも起こりえる凡庸な事件である。

先日、NHKで35歳を対象に、一万人にアンケート調査をした結果が放映されていた。
設問の1つに「将来、自分の生活がいまより豊かになるか?」という問いがあった。
良くなると答えた数、わずか15%。
小説、『悪人』は極めてリアルなフィクションである。

2009年05月14日

第332号『リピーターの楽しみ』

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【絵に描いたような】

ゴールデンウィークのさなか、上野の東京国立博物館で開催中の「国宝阿修羅展」に行こうと準備していた。
たまたま付けたテレビに、その展覧会の模様が流れた。あまりの人混みに怖じ気づいた。
これでは、阿修羅像を観に行って、結果、人様の後頭部ばかりを拝むことになるのではないかと思い、上野行きは断念した。

さて、では何処に行こうかしら。
いつ行っても、それなりに満足でき、それほどの人混みにも遭遇せずに鑑賞できる美術館。
答えはすぐに見つかった。
僕の答えは、ブリヂストン美術館である。
小振りだが、セザンヌ、マティス、マネなど印象派の作品コレクションでは日本で最も充実した美術館ではないか。

入場券を買い、受付からエレベータで2階に上がり、会場に入る。
人混みも厭だが、あまりに少ないのも寂しい。
思った通り、多くもなく少なくもない、程よい数だ。
この日は『マティスの時代』(7月5日まで)が開催されていた。
しかもラッキーなことに、会場に入ってすぐ、ブリヂストン美術館のキュレータ、塩島明美さんの解説が始まった。

音声ガイド(最近はプロのナレーターが語り、且つ、音楽付きできちんと演出されているものも多い)による解説を聴くのも楽しいが、実際に、この企画をしたご本人が、自らの意図も交えながらの解説に、ただ作品を楽しむだけではない妙味を感じた。

何度も訪れている美術館ではあるが、まったく違った印象を持った。
そして、リピーターとして、繰り返し訪れることでわかってくる楽しみがあることにも気付いた。

2009年05月21日

第333号『仮に、●●が■■だったら』

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【仮に虹が橋だったら】

アトリエの近くに浜町公園があり、この公園のなかに区民スポーツセンターがある。
マシーンも体育館も、そしてプールもある。
このプール、朝7時からの営業なので、仕事が始まる前に利用することができる。
こうして、去年の5月から週に2、3度、1回700mから1200mほど泳いでいる。
毎回、泳いだ距離をノートの片隅に記録する。
数えてみれば昨年、118km泳いだ。

今年はじめ、1つのアイディアが思い浮かんだ。
「チャネルスイマー」になってみよう。

ドーバー海峡を横断したスイマーを「チャネルスイマー」と呼ぶ。
イギリスのドーバーからフランスのカレー市の海岸まで直線距離は約34km。
しかし、潮流が速く、海では真っ直ぐに泳ぐことほとんど不可能だ。
したがって、実際に泳ぐ距離は約60kmほど。
記録が公認されるのは人の手を借りず、水着もウェットスーツ着用では公認されない厳しさである。
冷たい水温、夜を徹して泳ぐことになる精神的疲労など、さまざまな障害があり、単独横断泳の成功率はかつて約10%という困難な挑戦だった。
水温の変化や潮の流れなどのデータ解析やスイマーの技術向上により成功率は上がったが、それでも60%程度。

もちろん、実際にドーバー海峡を泳ぐための泳力も時間もお金もない。
でも、仮に、このプールがドーバー海峡だったらどんな気分で泳ぐことになるのかしら。
想像し、計算してみた。
60Km÷(週3回×1回1000m)=約5ヶ月。
自分が公認する「チャネルスイマー」にだったらなれる。
こうして、自己公認(^^!「チャネルスイマー」達成を目指して、今年1月から泳いできた。

飲み過ぎた日の翌日、寒い日、仕事が立て込んでいる日。
様々な条件を潜り抜け、ようやく58.3 km地点まで来た。
ただ、もくもくと泳ぐのも好きだが、こうして物語の主人公のように泳ぐのもおもしろい。

残り1.7 km。
プールに入り、蹴のびで水中を滑るように進む。
目をつぶれば、いよいよ訪れたことのないフランス、カレー市の海岸が見えてきた。


2009年05月28日

第334号『意味が欲しいのだ』

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【翳り行くもの】

なぜユニクロが売れているのか?
なぜWiiが人気なのか?
なぜホームパーティがうけているのか?

高機能でデザインもほどほどで安いから。
自宅で遊べて以外と楽しくてお得だから。
これも確かに答えの1つではある。

不景気だからか。
もし、単にお金がないのなら買わないし、買う必要もない。
なにしろ、ほとんどの家庭のタンスには捨てるほどの衣料が詰まっているし、TVの回りにはゲーム器がゴロゴロと転がっている。
わざわざ、人を招いて見栄をはってもしょうがない。
ただ、やみくもに安いだけのモノや、刺激が強いだけのゲームでは売れないし、見栄は自己嫌悪に至るだけだ。

では、売れる本当の理由は何か?
答えは、そのモノやサービスを手に入れることで「賢い消費者になる私」を演じることができるかどうか。
これが、キーワードではないか。
どんな時代でも、消費者は買うに値する意味が欲しいのだ。
そして、このキーワードはしばらく続きそうな気配がする。

演習問題風に考えてみた。
問い:賢いお客様になってもらえるお惣菜屋さんを作るとしたら、どうするか。

例えば、理由あり野菜をメニューの売りに据える。
通常、野菜生産農家の収穫物の約30%は規格外(曲がっている、サイズが合わないなど)の理由で廃棄される。
オーガニックを掲げている生産農家に至っては、半分以上が廃棄されていると聞く。
こうした、本来であれば捨てられる野菜を使うことで、通常より2、3割安い価格でお惣菜が提供できる仕組みが出来たらどうだろう。
お客様にとっては、おいしいだけではない、無駄なく味わうことが出来たという満足感も提供することができるのではないか。
きっと、いつも通りに並べている他のお惣菜たちも賢く見えてくるのではないだろうか。

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