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2007年12月 アーカイブ

2007年12月06日

第264号『五感』

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【感じるカタチ】

食品に「賞味期限」の表示がされるようになったのは、いつのころからだろう。
少なくとも、僕の学生時代にそんな表記はなかったと記憶している。

ネットで調べた。
関西の落語家、桂都丸さんのサイトで「都丸のはじまりはじまり」というコンテンツをみつけた。
引用する。

「賞味期限」とは、“その期間内であれば美味しく食べられますよ”という食品の期限を表示したものです。食品に「賞味期限」の表示がされるようになったのは、1995年(平成7年)4月のことで、1997年(平成9年)からは完全に実施されています。(それまでは「製造年月日」が表示されていましたが、アメリカやヨーロッパなど国際的な習慣に合わせて「賞味期限」の表示が取り入れられました。)

表示が実施されてまだ10年、最近のことなのだ。
では「賞味期限」の表記がないころは、どうしていたか。

まず、視る、匂いを嗅ぐ、そして舐める。
つまり、味の期限の決定は、売る側ではなく食べる側にあった。
しかし、いまでは「賞味期限」という基準が出来たことによって買ったものが食べきれず、期限が過ぎればどんどん捨てている。

農林水産省の統計によれば、06年度、家庭での食べ残し廃棄量は一人一日41.6グラム。
4人家族で年間60キロもの食品を捨てていることになる。
さらに、この調査で、食品のむだを少なくするために気をつけていることは何かとの質問に、「製造年月日が新しいものや、賞味期限が長いものを選ぶ」が72.5%と最も高い数字であった。
いまや、僕たちは「賞味期限」というモノサシがなくては食べていいのかどうかの判断すら、出来なくなってしまった。
だからこそ、偽装表示が露呈する度に、TVで「何を信じればいいのかわからなくなった」という消費者からの怒りのコメントを聞くことにもなる。

考えてみれば、ほんの10年前まで僕たちは「賞味期限」の表記なしに、自らの嗅覚と視覚と味覚で、めったなことでは食あたりなることもなくやっていたのだ。
勿論、表記改ざんの企業が許されるはずもない。
しかし、商人のモラルの低下以上に、王様として甘やかされてきた僕たち消費者の五感の劣化ぶりのほうが、遥かに問題なのではないか。

2007年12月13日

第265号『自由』

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【白いコーヒーカップ】

ウィキペディアによれば「自由」とは、他のものから拘束・支配を受けないで、自己自身の本性に従うこと、と記載されている。
さらに、この語の訳者、福沢諭吉がリバティを訳するに際して、初めは「御免」と訳す予定であったが、上意の意味が濃すぎると考え、仏教用語より「自由」を選んだとある。

つまり、「自由」という概念は、福沢諭吉によって明治以降、日本に導入されたものである。
福沢自身、下級武士から国の中心的な地位に駆け上がって行くその様に合わせ、自由な競争が生む社会とは、個人の努力によって、入れ替え可能な社会であるとの好意的な文脈として理解されてきた。

そして、100年の歳月を経て「自由」が化け物のように肥大し、闊歩している。
視たくもない光景であるが、コンビニエンスストアの前でしゃがみ込む若者、電車の中で化粧をする女学生、果ては、官僚さえもが、接待ゴルフだ、麻雀だと「他人に迷惑をかけなければ、何をしようと個人の自由だ」と振る舞っている。
僕は到底こうした考えに与しない。
いまやこの国は「自由」によって振り回され、行く先を見失っているように思える。

そもそも、「自由」な競争が生む社会がそれほど素晴らしいとは思えない。
なぜならば、入れ替え可能な社会の基準とは、その人にどれだけの能力があるかではなく、その人の代替えがどれほど出来にくいかで決まるのである。
つまり、どんなに有能な人であっても、その人が担当している業務を、もっと安く出来る人がいれば、それに取って代わられる。
つまり、替えのきく人間を切り捨て、替えのきかない人間を残す。
これをリストラと呼ぶのである。

こうして「自由」の果てに辿り着いたのは、階層と差別と失望に満ちた硬直した社会の到来だったのではないか。

2007年12月20日

第266号『努力するということ』

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【石庭】

自慢にもならないが、僕は負けることや、上手くいかないことには慣れている。
世の中にはどうにも手に負えないことや、どうやってもかなわない相手が山ほどいる。

今年は、いろいろな出来事が続いた。
アトリエの開設と同時に、年間契約をしていた企業の業 績不振で契約更新することが出来なくなった。
しばらくして、今度はまとまりかけていた仕事を理不尽な理由で破棄された。
いろいろある。
でも仕事は失ったら、また獲ればいい。
それより、もっと辛いことに、大切な仕事仲間だった料理研究家のカマタスエコさんが病気で倒れ、突然の訃報を受けた。
さらに個人的なことではあるが、母も亡くした。
悲しいとが重なり、辛い一年だった。

人生は公平ではない。
いや、むしろ基本的に不公平なものである。

さらに、僕は器用な人間でもない。
だから、どんなにリスキーな状況のだとしても、やるからには全部にコミットしないと気が済まない。
こうして、これまで痛いおもいをし、身銭を切りながらやってきた。
そして、身に付けたことがある。

それは、諦めずに努力するということ。
もちろん、時間も労力もかかる。
しかも、報われないことも多々ある。
でも、不器用であれ、不公平であれ僕は諦めない。
なぜなら、どんな不公平な状況にあっても、その不公平さの中に公平さを見つけ出すことができる、と、僕は信じている。

結果は終わるまでわからない、だから諦めない。
なにが起こるかわからないのではなく、諦めないから、なにかが起こるのだ。

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