2010年09月02日

2010/9/ 2
第394号『五島列島小値賀島』

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【島へ】

先週、夢の扉を開けようとしている男に会いに行った。

長崎県五島列島、小値賀(おぢか)島。
面積12.22km²、人口2942人。
漁業と農業以外、主な産業はない。
高齢化は長崎県で最も高く、しかも、毎年100人上の人々が島から出て行く。
高齢化と過疎化が進む典型的な町である。

この町で昨年、1億円の売り上げを稼いだ男がいる。
男の名は、高砂樹史 44歳。
現在、NPO法人 おぢかアイランドツーリズム協会、専務理事である。
この、何も無い島に1万人もの人を集客した。

もともと、高砂氏はこの島の出身ではない。
京都の大学を出た後、劇団わらび座のメンバーとして活動していた。
5年前、この地で子育てをすると決め、家族と島に移り住んだ。
住みはじめて、気が付いたのが過疎化の問題。
このままでは、終の住処と決めた町が崩壊する。
この事態を回避するにはどうしたら良いか?
全ては、ここから始まった。

彼は何をしたか。
体験学習というカタチで、福岡や東京・大阪からの修学旅行を誘致した。
だが、島にあるホテルや旅館の数は限られている。
高砂氏は考えた。
子供たちに、島の人々の家で宿泊してもらう。
漁師の家では、魚をさばき、農家では、野菜の収穫を手伝い、獲れたもので食事の支度をし、みんなで食卓を囲む。
こうしたふれあいが心に響き、遺る。
「また、小値賀島に行ってみたい」と、子供たちや先生に評判となった。
これを、「民泊」と名付けた。
そしていま、この成功を次へと繋ぐプロジェクトが、始動している。
それは、古い民家を宿泊施設やレストランとして再生し、あらたな集客と、雇用を生み出そうとしている。

夜、高砂氏と酒を飲み、島の料理を喰らい、想いを聞いた。
彼の野武士のような無骨な面構えと屈強な体躯からは、想像もつかない笑顔にやられ、ファンになった。
andparty」に参加しているお料理の先生(マイスター)と、その生徒(ファン)の方々とともに、夢の扉を開ける後押しをしてみたいと思った。

2010年08月25日

2010/8/25
第393号『困難ではあるが不可能ではない』

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【麦わら農場の野菜】

毎月1回、ファンサイト浜町アトリエで開催する「らーぷのスタイリッシュダイニング」で、半年ぶりに「株式会社麦わら農場」の代表、青木理沙さんと再会した。

青木さんは現在、千葉県多古町で無農薬・無化学肥料の野菜を生産しながら、農業コンサルティング事業を展開している若き経営者である。
この夜、甘く、瑞々しい麦わら農場の野菜を使い、らーぷが見事な一品を創作した。

初めてお会いしたのは今年3月、お仕事でご一緒させていただいている、株式会社日本リサーチセンター、新価値創造プロジェクト、エグゼクティブリサーチャー安藤雅登さんのお引き合わせである。
ファンサイトで運営している食のコミュニティーサイト「andparty」について、お話したことがきっかけだった。
安藤さんから、きっと何か繋がるのではないかと、柔和な笑顔で青木さんをご紹介していただいた。

青木さんの第一印象は、ナウシカ。
あの、宮崎駿の「風の谷のナウシカ」の快活さと、利発さを併せ持つ人のように思えた。
話しを伺うにつれ、間違いではなかったと確信に変わった。

2010年に農業法人を取得するまで、コンサルティングを生業としていた。
2003年 東京大学文学部言語文化学科・フランス語フランス文学研究室を卒業。
その春、アクセンチュア株式会社 戦略G入社。
その後、 SIGHT ENTERTAINMENT JAPAN株式会社にて、コンサルティング業務を行うが、2008年9月 SIGHT ENTERTAINMENT JAPAN株式会社取締役を退任。
2008年秋 千葉県旭市大松農場にて研修を開始。
2009年 麦わら農場として本格的に生産開始し、いまに至っている。

学歴や経歴に、拘泥しているわけではない。
しかし学歴も経歴も、とあえず、人ひとりの軌跡ではある。
コンサルタントにしろ、農業にしろ、どちらにしても険しい道であろう。
だが、青木さんは農業という、より困難な道を選んでいるように見える。

「風の谷のナウシカ」で劇中、予言を口ずさむ大ババの言葉が甦る。
「その者青き衣をまといて金色の野に降り立つべし。失われし大地との絆を結び、ついに人々を青き清浄の地に導かん」

今度お会いした時、青木さんに聞いてみたい。
この、困難な道を歩む原動力は何か?と。

2010年08月19日

2010/8/19
第392号『これが飲みたかった』

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【美味く絞ってるな〜】

この夏休み、友人に誘われ仙台に遊びに行った。
彼が住む、多賀城市は仙台駅から仙石線で30分ほどのところにある。

七夕を観て、松島まで遊覧船に乗り、岩牡蠣を食らい、「一の蔵」を飲み、海鞘を食らい、「四季の松島」を飲み、牛タンを食らい、「浦霞」を飲んだ。
この季節に、この地で獲れた旬を食べ、飲む。
馴染み具合が良く、うま味が口の中にひろがる。
なんだか、全てが利に叶っているように感じた。
「食う、飲む、遊ぶ」の二泊三日の旅は、こうして瞬く間に終わった。

この旅で、印象的だったことが、もう1つある。
それは、キリンビール仙台工場の見学。
友人が事前に調べ、用意してくれたイベントの1つである。

ほぼ毎日、多賀城駅から送迎バスが出ている。
ジリジリとした日差しの中で待っていると、七夕や伊達政宗の絵が描かれた専用バスがやってきた。
少し、ワクワクしながらバスに乗り込む。
なんだか、気分は遠足である。
駅から20分ほどで、工場に到着。
この日、参加した午後の見学者は10名ほど。

ほどなく案内係の女性があらわれ、説明がはじまる。
概要説明の映像を観た後、案内係の誘導で原料のホップや麦に触ったり、臭いを嗅いだり、ビール瓶の軽量化で実際どの程度軽くなったかを確かめるなど、工場内の製造工程を回る。
こうして、普段なにげなく飲んでいるビールが、どんなプロセスを経て誕生しているのかを知ることができた。

最後は試飲会。
しかも、おかわり1杯とつまみまで付いている。
なにしろ、真夏日の暑さと工場内を歩いた後である。
普段、居酒屋で注文する時「とりあえず」と歯牙にもかけないビールが、この時は、なんとも神々しく見えた。
友人からのクチコミで知るきっかけができ、見学を通して美味さの意味を納得した。
もはや気分は、「とりあえず」ではなく「これが飲みたかった」に変わっていた。

ふと、マーケティングの師、コトラーの言葉が頭を過った。
「マーケティング(mark-eting)とは、的(mark)に命中させる能力のことなのだ。」
これが、いま私が欲しいモノだと、欲望の的にグサリと刺さった。
そして、乾きを癒す黄金の液体が、喉をゴクリと通ってゆく。

2010年07月29日

2010/7/29
第391号『ねぷた太鼓』

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【野に咲く白い花】

9年前、2001年7月12日早朝。
弟が永眠した。
脳腫瘍と闘かった3年間だった。
長男である私の代わりに家業を継ぎ、地元の商工会や、ねぷた祭りの運営の先頭に立って動いていた。
誰からも信頼されていた。
帰省したときなど、もっと活気のある町にするためにはどうすればよいかを、夜遅くまで話し合った。
映画が好きで、バイクにまたがり、笑顔がさまになる奴だった。

その弟の死を目の当たりにして、はっきりとわかったことがある。
人は必ず死ぬという事実。
知っていることと、わかることとは違うということがわかった。
頭で知ることと、身体でわかることは違うのだ。
それまで、カッコつけていた。
それなりのポジションで、それなりにお金が稼げていればいい。
知ったかぶりを決め込み、誰かの片腕として重宝がられる自分でいいと。

でもそれは、主役でも脇役でもなく、自己満足に浸っているだけの傍観者でしかなかった。
自分の人生を他人の手に委ねていただけのことだ。
自分の人生を自分で切り開く。
だから、ファンサイトを起業した。

そして、いままた「やりたいこと」で頭がいっぱいだ。
しかし「やりたいこと」をカタチするためには、情熱というエネルギーだけでは実現できない。

「夢」だけではなく「現実」を、「やりたいこと」だけではなく「できること」をまずは冷静に書き出してみる。
例えば、
・ 資金はどのくらい必要なのか
・ 自分に与えれた残り時間はどのくらいか
・ 共に闘える人は誰と誰か
・ 1年後の売り上げは、5年後は、10年後は

クラクラするほど、実現したい山は大きく立ちはだかる。
そして、果たして自分にできるのかと、不安にかられる。

津軽はもうすぐ祭りの季節だ。
耳を澄ませば、弟が打ち鳴らす、ねぷた太鼓の音が聞こえてくるような気がする。
兄貴頑張れよ。と。

【ファンサイト通信夏休みのお知らせです。】
8月6日、13日はお休みとし、 次号は20日(金)配信とします。
よい夏休みを、お過ごしください。

2010年07月22日

2010/7/22
第390号『嬉しい事件』

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【プーケットビールとプレゼント用グラス】

些細なことであれ、何か楽しそうにしている人たちがいると、なぜ楽しいのか知りたくなる。
去年12月にスタートしたandparty(アンドパーティ)は、現在、お料理教室を主催する30数名の先生(パーティマイスター)とその生徒(ファン)600数名が集うコミュニティサイトである。

andpartyの意味は、「●●とパーティ」つまり「●●」に当てはまる様々なテーマで、お料理パーティを楽しむ、リアルとウェブにまたがるコミュニティである。
特徴は、お料理教室というリアルな場に集まる仲間がネット上でも情報交換する場、それがandpartyである。
だから、リアルが中心のABCクッキングスクールともネットだけのクックパッドとも違う。

最近、ちょっと嬉しい事件が起きた。
andpartyのマイスター・らーぷさんが主催するお料理教室「スタイリッシュダイニング」から3組ものカップルが誕生した。
そして、その中の一組がめでたく、9月にご結婚するとの報告があった。

食べることは、とても原初的な行為である。
その時空を共有していると、人との相性もわかり易くなるのかもしれない。
みんなで学び、作り、食べ、そしてつながる。
結局、楽しそうにしている人のまわりに、人は集まる。


【コラボレーションイベント開催のお知らせ&プレゼント】
いま、下記のイベントに申し込みされた方、先着4名様にプーケットビール特製グラス(写真に写っているグラス)プレゼントします。(ファンサイト通信を見たと一言添えてください)そして、あなたにも素敵な出会いがあるかも。

andparty(アンドパーティ)」に参加しているフレンチ・イタリアンの先生、土器絵里子さんと、「日本料理ふるけん」のオーナーシェフ、古川弘英氏によるコラボレーションイベントを開催します。


日時:7月25日(日)11:00〜14:00 18:00〜21:00 
入れ替え制 立食スタイル
募集数:各回30名

場所:西麻布ふるけん 
料金:¥6,000-(税込)
ご興味あるかたは、下記まで、

andparty運営事務局 担当:柳澤 090-6134-1397  
または「M3イベント告知ページ」にてお申し込みください。
andpartyのご登録は無料、是非ご参加ください。

2010年07月15日

2010/7/15
第389号『捨て耳効果』

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【光る女】

お客様から「スタッフのみなさん、いつも挨拶や電話の応対がいいですね」とお褒めの言葉をいただくことがある。
この一言は、なによりもうれしい。

ひとり一人、抱えているプロジェクトも多い。
達成しなければならない目標や、日々の対応にも追われている。
余裕がなくなり、弊社のような小さな組織ですら意思疎通が滞ることがある。

時々、コミュニケーション度を確認するために5つのチェックリストを用意している。

□ 出社、退社の時のあいさつに元気さを感じない。
□ スタッフの出勤、外出時の状況が把握できていない。
□ お客様へのプロジェクトの企画意図の説明内容が、人によってばらばらである。
□ お客様からの伝言が伝わっていない。
□ お客様からの問い合わせがあっても、担当者がいなとまったくわからないことが多い。

2つ以上なら、要注意。
3つなら、即改善の対応が必要である。
要するに、必要としている情報が共有されておらず、仕事の達成目標の共有理解もない。
結果として、相手を理解しようとしていない。

こうならないために、師匠から習った3つの方法がある。
いたってシンプルである。

まずはあいさつ。
ただし、ただあいさつをするのではダメである。
明るく元気に、聞こえる声であいさつをすること。
そして掃除。
これも、それぞれがバラバではNG。
同じ時間に、全員で掃除をすること。
最後は捨て耳。
これは、各自が仲間の仕事の内容について日々、聴くとはなく聞いている様を「捨て耳」という。
親戚の伯父さんとか、近所のおばさん感覚である。

結果、お客様からの問い合わせに対して「担当者が不在なので、わからない」と素っ気なく答えることが間違いなく激減する。
「捨て耳」をしていると「いつもお世話になっております」という言葉が不思議なくらいスムーズにでてくる。

駄洒落ではないが、この「捨て耳」、以外と効く。
お試しあれ。

2010年07月08日

2010/7/ 8
第388号『キルギス共和国って?』

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キルギス伝統楽器「口琴」

リウマチと前向きに闘う人を応援しよう。
「リウマチファンサイト」は、財団法人・日本リウマチ財団「平成17年度・ノバルティス・リウマチ医学賞」を受賞され、現在、東京医科大学医学総合研究所教授、中島利博先生の呼びかけに賛同し集まった、会員数300名ほどのコミュニティサイトである。
ファンサイトは、この運営をお手伝いしている。

「リウマチファンサイト」で、2年前から行っているプロジェクトが「ハーティスマイル」である。
このプロジェクトはソビエト連邦崩壊後の中央アジア、とりわけキルギス共和国における小児リウマチ熱の撲滅を目標に掲げている。

なぜ、中央アジア、キルギス共和国なのか。
このエリアのリウマチについて研究しようとしていた中島医師(聖マリアンナ医科大学難病治療研究センター副センター長時代)と、弊社顧問、宇田が、たまたま愛知万博で中央アジア共同館のコンセプター・プランナーをしていたことで繋がった。
ご縁である。

その後、現地調査でわかったことであるが、ソビエト連邦崩壊後、医療の後退によりリウマチ熱で苦しむ患者が2,8倍も増加していた。
この対策として、現地での医療サポートはもちろんのこと、キルギス共和国から医師を日本に招き、共同研究を重ねた。
こうした、中島医師の活動が認められ、キルギス共和国国家顧問(保険分野)としても活動している。

数週間前、TVでキルギス共和国の映像が流れた。
それは、多くの市民が暴動を起こしているシーンである。
この事件で、死者が2、3千人にも達したともいわれている。
事件の全容や、問題の解決はすべてこれからである。

訪ねたこともない国であるが「ハーティスマイル」の活動を通して、在日キルギス人の若者とも交流ができた。
穏やかで、日本人と良く似た顔立ちの彼らの表情は、焦りと不安と無念が、色濃く滲みでていた。

私たちにできることは多くはない。
しかし、ご縁という絆で出会ったことを大切にし、出来る限りのことはしてみたい。
特定非営利活動法人「シルクロードの健康的な未来を考える会」の設立も、目前である。

さらに詳しくは、こちら


2010年07月01日

2010/7/ 1
第387号『企業ウェブサイトの行方』

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【囚われし石】

無人駅の駅前にお店を出したり、看板を立てても意味がない。
そもそも、一日の乗降客が十数人規模ではどうにも話しにならない。
ところが、近くに集合住宅地が開発されマンションや一戸建て住宅が建ち並び、数万人規模の町が形成され、一日の乗降客が数百人、数千人なると事情は一気に変わる。
駅前や駅中に、ショッピングモールがつくられ、看板が立ち並ぶようになる。
つまり、単に鉄道が敷かれていることと、利用されていることとの差は天と地ほどの違いがある。
この状況はインターネット上でもまったく同様である。

ここ数年、「企業は新たなマーケティングチャネルの一つとして、ウェブを活用しなければ生き残れない」。
この議論が叫ばれて久しい。
高速でインターネットが繋がり、携帯電話は当然のこと、PCの普及率も高い。
結果、もはやウェブサイトを持たない企業はないだろう。
さらに、リアル店舗の縮小とウェブ店舗への拡大移行が、ますます加速している。

しかし、どれほどの人たちが日々、企業のサイトを訪問するであろうか。
勿論、企業にはそれぞれ利害関係のある人々は存在する。
ところが実際サイトを活用しているのは、会社訪問を予定している業者か、就職活動中のリクルーターが、その大半なのではないか。
現状、リアルでの告知量の多い企業へのアクセス数が多く、そうではない企業のアクセス数は微々たるものになっている。
この事実はウェブがメディアでもある、という側面は証明された。
もっとも、いままで広告費を計上できなかった中小でも、早くからネットを戦略的に利用していた企業は恩恵に浴することが出来たであろう。
しかし、多くの企業にとっては、もはや従来の4マス(新聞・雑誌・ラジオ・TV)などの他に、新規の媒体としてカバーしなければならなくなり、負荷がかかるだけの話しである。

つまり、これまでのところ、多くの企業にとって自社サイトの構築とは、インターネット回線(鉄道網)を利用して、サイト訪問者(乗降客)のほとんどいないサイト(駅舎)を作ったに過ぎないということになる。

乱暴な議論をしていることは承知している。
しかし、どう贔屓目に観ても多くの企業ウェブサイトは期待していたほどには機能していないと言わざるを得ない。

ではどうすれば、この状況を変え、あらたな価値を作り出せるのだろうか。
答えは、ファンが集えるサイトを企業が提供することである。
自社の商品やサービスを支持してくれているファンは必ず存在する。
ただし、その規模はその商品やサービスに属するから、必ずしも期待取りの売り上げや集客に結びつかないかもしれない。
それでも、もはや自社商品のファンが集まるサイトの提供以外、企業サイトの存在する理由が見当たらない。

ドラッカー曰く。
「市場において目指すべき地位は、最大ではなく最適である」と。


【コラボレーションイベント開催のお知らせ】

「andparty(アンドパーティ)」はファンサイトが運営する[食]のコミュニティーファンサイトです。(スタート6ヶ月余、現在マイスター(先生)30名 メンバー593名登録)
今回、その活動の一環として「andparty(アンドパーティ)」に参加しているフレンチ・イタリアンの先生、土器絵里子さんと、「日本料理ふるけん」のオーナーシェフ、古川弘英氏によるコラボレーションイベントを開催します。
ご興味あるかたは、下記メールにて
andparty運営事務局 担当 柳澤 090-6134-1397  または http://andparty.jp でお申し込みください。

日時:7月25日(日)11:00〜14:00 18:00〜21:00 入れ替え制 立食スタイル
募集数:各回30名
場所:西麻布ふるけん 
料金:¥6,000-(税込)

ご興味あるかたは、下記まで、
andparty運営事務局 担当:柳澤 090-6134-1397  または 
andparty.jp「M3イベント告知ページ」にてお申し込みください。

アンドパーティのご登録は無料、是非ご参加ください。


2010年06月24日

2010/6/24
第386号『わかりにくいということ』

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【2つのシンボル】

わかりにくいということは、必ずしも悪いことではない。

1980年代、池袋西武百貨店にあった西武美術館は、現代美術の聖地といっても過言ではなかった。
そこでは、例えば、脂肪・蜜蝋・フェルトなど独特な素材を用いたドイツの作家、ヨーゼフ・ボイス展での作品に説得力を感じた。
さらに、高さわずか60センチの陶製の小便器に「泉」と題した作品でも知られるマルセル・デュシャン展での「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」。
この、大ガラス作品の細部の繊細さと、野放図な構図に圧倒された。
そのどれもが、決してわかりやすいものではなかった。
いや、むしろ、理解しうる回路がないことに戸惑った。

難解な作品の極めつけを挙げるならば、スタンリー・キューブリック監督作品、映画「2001年宇宙の旅」がそれである。

平たい石盤のような謎の物体「モノリス」を巡る展開ではあるが、特に主人公もなく、それぞれのシーンも特別な関連性が乏しい、そして、これといったナレーションもない。
これはドキュメンタリーか、あるいは何かの環境映像ではないかとさえ思った。
それにしても、冒頭、古代の人猿が骨を頭上高く放り投げると、星屑のひろがる天空に浮かぶ宇宙船へと変わっていくシーン。
漆黒の宇宙に浮いた宇宙船が、ヨハン・シュトラウス2世作曲「美しき青きドナウ」のワルツに乗って表れたときの新鮮な驚きは、いまだに忘れられない。

難解な映画や音楽、絵画などに接したとき、人はどんな反応をするか。

まずは、自分の身の回りにある既に知っている何かとの類似、類型を探す。
それでも解明出来ないとき、「これは何だろう?」という畏怖の念を持つ。
そして、頭をフルに稼働させ、感覚を最大限に広げる。
すると、圧倒されたり、心地よいと感じたり、新鮮だと受け止めたりしたことがらの中に、自分の感受性の幅が確かに広がったと感じる瞬間に出会う。

なにも、わかりやすく、大衆的なものを否定しているのではない。
ただ、優れて手応えのある本物は、往々にしてわかりにくく、受け入れにくいことが多い。
随分と永きにわたり、甘く、柔らかく、可愛いく、わかりやすいもので埋め尽くされてきた。
そろそろ、苦く、渋く、固く、わかりにくいものも人は求めはじめているのではないか。

2010年06月17日

2010/6/17
第385号『日記の効用』

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【日記帳】

かれこれ、日記を付けはじめて10年になる。
今年も、ほぼ中盤にさしかかり、これまでの日々を読み返してみた。

例えば、数日前の日記(一部)でこんなことを書いた。
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6月15日 火曜日 晴れ 6時起床

午前、日本工学院にてマーケティングの講義。
事例として「AKIBA 48」をとりあげてみた。

それにしても、「AKIBA 48」を使って仕掛けた総選挙という方法は、聴けばシンプルだが巧みである。
要するに、百数名いるメンバーの選抜や、舞台での立ち位置を決めるためのランキング投票なのだ。

投票の権利を有するためには、新曲CDを買うこと。
CD1枚購入につき、1投票権が付いている。
だから、贔屓の子を上位にするために熱狂的なファンはCDを何枚も買う。
なかには、一人で500枚も購入する者もいるという。
仕掛人である秋元康は、これがビジネスモデルだと言っている。
かつて、売春行為を援助交際と言い換えていたのに、ニュアンスが似ていなくもない。
だが、たしかにこれもモノを売る仕組みには違いない。
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いま、自分にとって何が好きなのか、どんなことが許せないのか。
日記を付けるという事は、「自分のことが、どのくらいわかっているか」という自己確認でもある。
一日や二日では見えにくく、わかりにくいことも、日々積み重ねた言葉から透けて見えてくるものがある。

そして、一方で危険信号のようなものも浮かび上がる。
これは修正しなければ、この先、生きていけなくなる、というようなことも判る。
では、どうやって修正するのか、その答えも日記のなかから生まれてくることが多い。

好き嫌いの感覚を研ぎすまし、自分を律するためにも書き続けたい。

執筆者のプロフィール

ファンサイト有限会社
代表取締役
川村隆一

1952年1月生まれ。
日本大学芸術学部卒業。
日活株式会社、日本工学院専門学校映像デザイン美術科(現)グラフィックデザイン科専任教師、株式会社Cカンパニー、株式会社ナガセ等を経て、ファンサイト有限会社を設立。
資生堂・イオングループ・キリンビール・マツダ等の企業コミュニケーション/広報活動のためのディレクションとプランニングを手がけてきた。

【書籍】「企業ファンサイト入門」日刊工業新聞社刊 2006年

【賞】経団連海外広報センター最優秀デザイン賞(横浜銀行アニュアルレポート)

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