2010年03月11日

2010/3/11
第373号『「井上有一遺墨展」を観た』

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【井上有一遺墨展ポスター】

みぞれ混じりの雨が降る日、隅田区のリバーサイドホールにて「井上有一遺墨展」を観た。

井上有一(1916年〜1985年)、書家。
海外での評価は日本以上に高い。
特に書法の国、中国での評価は突出している。
ルネッサンス以降の101人を選んだ叢書「世界の名画家全集」でセザンヌ、ヴァン・ゴッポと列び、日本からは井上ただ一人、選ばれている。

この、展覧会のもう1つのタイトルは「三月十日東京大空襲」。

昭和20年3月10日、夜半12時8分、第1弾のナパーム製高性能焼夷弾が投下された。
そして、2時間半にわたり、江東区・墨田区・台東区に波状絨毯爆撃が行われた。
阿鼻叫喚。
あたり一面、火の海となり、人々は火の猛威から逃げまどい、性別もわからないような塊の炭と化すまで焼き尽くされた。
死者10万人、負傷者4万人、被災家屋約27万世帯。
焼失面積41万平方メートル。
虐殺である。

井上自身、65年前のこの日、墨田区の横川国民学校に教員として勤務していて罹災。
構内で1000人余の焼死体の中から奇跡的に救出され、7時間後に蘇生した経験を持つ。
この、仮死体験が井上の人生にとって大きな転機となった。

展示された「噫横川国民学校」は東京大空襲の日から“三十三回忌”の年に書したものである。
その、書の前に立つ。
まるごと原体験をたたきつけるような筆致から、唸るように激しい怒りと哀しみが、生のまま伝わってきた。
文字は、怨念をも伝えるうるものなのか。

会場を出ると、みぞれがさらに激しく降ってきた。
65年前、みぞれではなくナパーム弾が降り、全てが焼くつくされた街を想像してみた。
いま街は、その痕跡すら見つけることが難しい。
しかし、いやむしろ、街から全土に、心の焼け野原が広がり続いているように感じた。

2010年03月04日

2010/3/ 4
第372号『映画 インビクタス 負けざる者たち』

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【INVICTUNS】


週末、久々に映画を観た。
クリント・イーストウッド監督作品『インビクタス 負けざる者たち』。
昨年は、「グラン・トリノ」「チェンジリング」と傑作を連発し、その力量の凄みと厚みを改めて感じた。
そして、今作品でもイーストウッド監督の、新たな挑戦を楽しむことができた。

主人公は南アフリカ初の黒人大統領として1994年に就任したネルソン・マンデラ(モーガン・フリーマン)。
翌年1995年、奇しくもラグビーワールドカップが南アフリカで開催された。
これまで、黒人のスポーツはサッカー、白人のそれはラグビーである。
まさに、白人支配の象徴、それがグリーンとゴールドのユニフォーム、ラグビーチーム「スプリングボクス」だった。
だから、多くの黒人たちはこのチームが勝つことより、負けることを喜んだ。
しかし、マンデラ大統領はそのことを良しとはしなかった。
積年の恨みを黒人が白人にぶつけることで、国が二分することを恐れたからだ。
そして、このチームを見事、優勝へと導くために、様々な支援策が描かれていく。

この映画は、有り体に言えばスポーツを政治統制に利用したマキャベリズムを描いたものである。
どこか危うげで、胡散臭くなるテーマにも関わらず、むしろ清々しく感じた。

それは、大衆のうちにある永遠の欲望・野心・怨念・失望・不平に火をつけ、それを焚き付けることに成功したレニ・リーフェンシュタール監督によるヒトラーの五輪映画『オリンピア』の対局にあるからだ。
ヒトラーは誰をも信ぜず、死んでも嘘をついてやると決心し、実行した男である。

ネルソン・マンデラは、アパルトヘイト解放を叫び、27年余もの間、牢獄に幽閉されながら、これまで圧殺してきた白人社会への報復による政治を行わなかった。
それよりは、むしろ許すことで、和解することを選んだ。
なぜ、その奇跡が可能になったのか。
それは、自分を信じ、自らの魂の指導者は自らでしかないという、負けざる魂『インビクタス』を持ち続けてきたからである。
奇跡的名人芸の域に達した、クリント・イーストウッド監督ならではの天晴れな作品である。

お知らせ
3月1日、弊社で企画、運営の「andparty」が中央エフエムで取材され、オンエアーされました。
内容はここでご覧いただけます。

2010年02月25日

2010/2/25
第371号『100人プレゼン法』

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【語り合うおやどりとひな】

ほぼ毎日、自己満足的なアイデアを思いつく。
大概は、思いつくだけで忘れてしまうか、自分で却下してしまう。
しかし、そんな中で、渋とく生き残るアイデアもある。
決まって、生き残るアイデアには共通する行動が伴っている。

それは、思いついたアイデアを紙に書き、しばらく眺めている、という一連の動作である。
アイデアは、何もしなければ「単なる思いつきの願い」でしかない。
アイデアを「目標」に変えるためには、「目標」に対する具体的なイメージが必要になる。
つまり、イメージをよりリアルに描くために書く。
しかし、書くことで、あたかも「願い」が実現したように錯覚し、満足してしまうこともしばしばある。
当然のことであるが、書いただけで「目標」が実現するわけではない。
ではどうするか。
「目標」を実現させるため、環境を整えることが必要になる。
僕のやり方はシンプルである。

「100人プレゼン」と命名した方法だ。
まずは、男女、年齢に関係なく、プレゼンする相手を100人選びノートに書く。
そして、翌日からアポをとり、プランを話す。
相手に指摘され、論破された点をノートに書き、考え、修正する。
ただただ、それを繰り返す。

ところが、80人を超えたころには、否定的な意見も少なくなり、「なるほど」という賛同を引き出すことが出来るようになる。
さらに、この方法の良いところは、プレゼンをしている自分自身が「実現」したい「目標」に飽きていないかも確認することができる。
「願い」を書き記すことで「目標」を明確にし、その「目標」を飽きずに、多くの方々に語ることで「実現」へと近づくことができる。

数は質を凌駕し、本質へと迫るのだ。

2010年02月18日

2010/2/18
第370号『絆再生プロジェクト』

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【出番を待つ椅子とテーブルたち】

有楽町西武、吉祥寺伊勢丹、四条河原町阪急など、百貨店の閉鎖が止まらない。
伊勢丹吉祥寺店では、衣料品の在庫が集積し、あたかも「アウトレット」のような店内に連日買い物客が溢れた。
わずか1ヶ月間の閉店セールで、前年の2ヶ月分に相当する売り上げだったという。
閉店間際の活況は、皮肉にもこれまで百貨店が提供していた商品とお客様のニーズとのズレを露呈させる結果となった。

同様の状況は、TV・新聞・ラジオ・雑誌など従来のメディアでも確実に進行している。
『テレビCM崩壊』(Joseph Jaffe著/翔泳社刊)『2011年新聞・テレビ消滅』(佐々木俊尚著/文春新書)と、昨年から唯ならぬ現状を裏付けるような書籍も相次いで上梓されている。

百貨店では、商品というコンテンツを物流で集つめ、場所=プラットホームを貸すことで成立させている。
かたや、各メディアも紙面や、時間といったカタチで場所(プラットホーム=広告枠)を売っている。
しかし、ウェブの登場によりプラットホームは無限に拡がっていき、しかも限りなく無料に近い状態で利用することが出来る。
百貨店にしろ、メディアにしろ、いわば場所貸し利権と、マスを握ってのビジネスモデルが立ち行かなくなったということである。
加えて、永きにわたりマスで生産されたモノによって個が消費する経済的仕組みが、結果として共同体を破壊してきた。
こうした現状への異議申し立てと、共同体回帰は必然の理である。

長蛇の列に並ばなければ、見ることの出来ない催事も、国民的な流行歌も、お茶の間を独占する番組も、もう生まれ得ないだろう。
こうした、コンテンツのマス化が減少していくなかで、どのようにメディアは変容するのか。

おそらく数千から数万人の規模で且つ、特定の信頼関係で結ばれた集まり=共同体(つまりファンサイトなのだが)に情報発信するミディアムなメディアが、これからの中心になる。

それに伴い、これから当然コンテンツビジネスの有り様も変わってくるだろう。
ふさわしいカタチとしては、コンテンツを供与する者と、そのコンテンツを享ける者との信頼関係が維持担保できる程度の商いが、頃合いとして良いのではないか。
それは、これまでの「消費」に向かって欲望を駆り立てる「(顔の見えない)ビジネス」から、個人として自立し、共に生きることで絆を再生する「(顔の見える)商い」への変貌を模索することではないか。

【コラボレーションイベント開催のお知らせ】

「andparty(アンドパーティ)」はファンサイトが運営する[食]のコミュニティーファンサイトです。(スタート2ヶ月余、現在マイスター(先生)21名 メンバー370名登録)
今回、その活動の一環として「andparty(アンドパーティ)」に参加しているお料理の先生、らーぷさんと、フジテレビ「ハピフル」や各種メディアでもおなじみの麻布長江オーナー、田村亮介氏によるコラボレーションイベントを開催します。
イベント申し込み枠を開催事務局から3名分、手に入れることができました。
ご興味あるかたは、下記メールにて、川村まで。
r-kawamura@fun-site.biz

日時:3月3日 19:00(開場)19:30〜22:00 立食形式
場所:麻布長江(西麻布) 
料金:¥6,000-(お料理10品、ワイン、ビールなど飲み物含む)

2010年02月11日

2010/2/11
第369号『みぢゃげど』

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【みぢゃげどの暖簾】

ビクターエンタテインメントのプロデューサー、牧元裕之さんとの待合せで、谷中にある料理屋に向かった。
はたしてこの道で間違いないのかと、少し不安なりながら、地図を片手に15分ほど歩く。
街灯も疎らな細い路地沿い、藍染めの暖簾に「みぢゃげど」の白抜き文字を見つけ、くぐった。

縁あって、ある日、牧元さんと酒を酌み交わした。
僕が津軽の出身だと告げると、「みぢゃげど」って店を知っているか、と問われた。
記憶が一気に甦った。

津軽郷土料理店「みぢゃげど」は今年32年目。
津軽ことばで「みぢゃ」は水場(台所)「げど」は道の意である。
女将の北澤美枝さん、旧姓、石場。
石場家は津軽藩の御用商人として、わら製品や、津軽一帯の魚市場を仕切っていた。
弘前城の裏手にあるご実家は、現在、国の重要文化財でもある。
その直系の長女として、石場家代々の台所の味を受け継いだ。
だから、正確に言えば津軽料理であり、且つ石場家の振舞い料理ということになる。

食材はすべて津軽からの取り寄せ、水も岩木山の伏流水を使っていたというが、さすがに今は、その水の味にちかい富士山の伏流水を使用しているという。
口にする一々が、紛れも無く、かつて食べたことのある味の記憶を甦らせる。
ひょっとしたら、地元の津軽でも、この味を再現できないし、味わえないのではないか。
その石場家の味をいまは、女将からお孫さんが守り受け継ぎ、板長として腕を振るっている。

じつは二十数年前、従兄弟と、この店に来る機会があった。
従兄弟の結婚相手が、女将と従姉妹という関係にあり、挨拶に伺うはずだった。
理由は忘れたが、その折の訪問は叶わなかった。
それ以来、従兄弟との酒の席で、今度「みぢゃげど」に連れていくからと、何度か空約束が交わされた。
その従兄弟も亡くなり、「みぢゃげど」は幻の店として頭の中から忘れ去れていた。

そして、この日、遂に僕にとって幻の店「みぢゃげど」の席に座ることができたのだが、不思議なことに初めて、という気がしなかった。
ずっと昔から変わらないものの心地よさ、味も、女将との津軽弁での会話も。
それは、酒で酔ったせいばかりではないと、感じた。

2010年02月04日

2010/2/ 4
第368号『3分間プレゼン』

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【IKEAディスプレイ】

どうしてもアプローチしたいと思っていたメーカーの役員に、幸運にもプレゼンをする機会を頂いた。
入念に準備し、その場に望んだ。

ところが、プレゼンが始まってすぐ、緊急の連絡が入った。
秘書からのメモに目を通した後、役員の表情が曇っていくのが見て取れた。
「直ちに、此処から出発しなければならないことが起きた。」
非を詫び、再度予定を組むからと丁寧に言われた。
「勿論!」と答えたが、この後再びプレゼンの機会をいただけるとすれば、かなり先になりそうな予感がした。
そこで、役員が出かけるために秘書が準備をしている間の時間をいただき、プレゼンさせてくれと頼んだ。

「では単刀直入に」と前置きし、「ファンサイトとは何か?」と問われた。
「時間もないし、一言で答えて」と。

「ウム」と息を呑み、「ファンサイトとはファン=お客様を集めてから、ビジネスを考えるというマーケティングの方法です。」と答えた。
「つまり、集まっていただいファンに、どんなサービスや商品なら欲しいか、と聞いてからアイディアを練り、提示する。」のだと答えた。

企業が予め用意したサービスやモノを提供するための方法を考えることが、いままでのマーケティングだとすれば、その真逆の仕組みを提示することなのだ。と。

役員は「なるほど・・・」と云い、足早にエレベータに乗り込んだ。
役員室に一人取り残された格好になった。
慌ただしさの中で、予め用意していたことではなかったが、この時、確かに「ファンサイトとは何か」がポロリと生まれ落ちたと感じた。

2010年01月28日

2010/1/28
第367号『顧客真理 その3』

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【らーぷのスタイリッシュダイニング】

成熟する消費市場と少子高齢化する消費者。
宣伝費を押さえつつ、商品やサービスを繰り返し購入・利用する顧客をどう育てるのかを模索する企業。
かたや節約し、より価値あるものを手にしたい消費者。
この2つの利害を合致させる「リピート型消費」をいかに形成するのかが、企業にとってますます重要な課題となっている。

毎月1回、浜町にあるファンサイトのアトリエで、お料理教室と食事の会を開いている。
外資系に努めていた旧友が好きな料理の道で独立したい。
彼女の想いを妻とともに応援したい。
それが、きっかけだった。

会の名は「らーぷのスタイリッシュダイニング」
料理研究家、らーぷがタイ料理をベースにアレンジした様々な創作パーティ料理を披露してくれる。
おもにMixiやブログで呼びかけた方々が会費を払い参加する。
会費は6000円、決して安くはない。
当初、ウェブでの告知だけで人が集まるのだろうかと、不安であった。

始めたばかりのころは10数名の参加であったが、いまでは定員20名のところに、毎回30名以上もの方々集まる。
参加される方々の構成は、女性80%:男性20%。
リピーターの方が30%、残りは、そのリピーターの方が連れてこられた方と、自らネット上で探して参加された方である。
地域も都内だけではなく、神奈川、千葉、埼玉、軽井沢からの方もいる。
さらに、遠く北海道から参加する方もいる。
これまで、延べ500名もの方々が参加された。

理由は「美味しい」ということは勿論だが、それだけではない。
参加を通して、帰属感や共感といった「居心地の良さ」を求めているように見える。
そして、この輪は、いま「andparty」という食をテーマにしたコミュニティーサイトへと拡がっている。

2010年01月21日

2010/1/21
第366号『顧客真理 その2』

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【ありふれた川岸の風景】

シンガーソングライター、KOKIAの「ありがとう」を聴いた。
この歌と歌手の存在を、若い友人から教えてもらった。
KOKIA?これまで聞いたことも見たこともない存在だった。

普段、TV等メディアに登場することもない。
しかし、いわゆるインディーズとは違う。
KOKIAはすでに香港や台湾、そしてヨーロッパでも多くのファンを持ち、コンサート会場を埋め尽くしている。
4年前のパリを皮切りに、昨年はドイツやポーランドでも公演している。
勿論、CDも売れている。
自作の楽曲の歌詞はほとんど日本語だが、パリ公演では「ありがとう」の合唱が会場から聞こえてくる。
中には、KOKIAのブログを英訳し、配信している人もいる。
それほどに、ファンはKOKIAについて知り、詳しい。

あのキムタクでさえ、進出することが困難だった海外市場に、いとも簡単にスルリと入り込んでいる。
なぜか?
答えは、KOKIAの歌と歌う姿を世界の何処からでも、何万回も観ることができたからだ。
しかも、すべて無料で。
「YouTube(ユーチューブ)」、ウェブ上にある映像配信システムがそれを可能にした。

未来学者マクルーハン博士の言及を待つまでもなく、メディアの歴史はグーテンベルク以来、活字・新聞、ラジオ、TVと情報を多量に安価に提供できるものが、そうではないものを駆逐してきた。
それがメディアの特性である。
そしていま、YouTubeがTVを駆逐しようとしている。

結果として、ネット上で繰り広げられるコンテンツは容易に複製され、コモディティ化[競合商品の差異がなくなり低価格になり普及が進むこと]が加速する。
特に、一般的な情報は限りなくタダに近づき流布する。
では、どこで価値を維持するのか、あるいは稼ぐのか。

一つの方法としては、無料の情報の傍に希少性のあるモノを用意する。
例えば、KOKIAのコンサート会場でのリアルな体験や、ダウンロードからではなく手に入れたパンフレット、限定発売の音源など、KOKIAのファンとして所属していることで価値が保証される仕組みが必須となる。
つまるところ、これから「ファン・コミュニティ」が市場形成の重要なポイントとなるのではないか。

2010年01月14日

2010/1/14
第365号『顧客真理 その1』

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【ガラス器に生けられたエアープラント】

10年以上も前から馬鹿の一つ覚えの様に、これから企業はファンと本気で向き合わなければ、二進も三進もいかなくなる。
だから企業は自社サイトとは別に、熱のある顧客=ファンのための「ファンサイト」の設置をするべきだと、声を挙げてきた。

昨秋より頓に、企業のリーダーの方々からファンサイトづくりを試行したい、との相談が多くなった。

例えば、村上龍氏と経済人とのトーク番組をまとめた『カンブリア宮殿3 そして「消費者」だけが残った』から、ファーストリテイリング会長兼社長、柳井正氏の発言を引く。

「利益は血液のようなもので、それがないと活動できないわけですから絶対必要なのですが、会社の活動の目的は我々のファンを作ること、顧客を作ることだと思います。服を変えたり、世界を変えたりしていかないと、ファンはできないですよね」

さらに、日経新聞2009年11月3日付け「ニッポンの競争力」という特集で、資生堂社長、前田新造氏は以下のごとく言及している。

「人口減で顧客が減るという前提に立ち、事業モデルをどう組み替えるかが日本企業共通の課題となっている。解を探るには、顧客とどれだけ深く良い関係を保つかに尽きる。当社は美容部員や営業担当者の売り上げノルマを撤廃し、顧客の来店率などで評価する手法に改めた。顧客との関係作りの重要性に目を向けさせるためだ。きめ細かな顧客対応は、世界市場で成長するための競争力にもなる」

このリーダーたちの発言は、いずれも企業が目指す方向はどこかを明快に示している。

いま、インターネットという武器を手にした顧客は増々手強く、賢く進化し続けている。
熱のある顧客=ファンのニーズとウォンツを知らなければファンを満足させることなど、到底できない。

我が師、セオドア・レビット曰く。
「産業活動とは、製品を生産するプロセスではなく、顧客を満足させるプロセスであることを、すべてのビジネスマンは理解しなければならない」

しかし、この理を真に解し、実行している企業はまだまだ少数である。

2010年01月07日

2010/1/ 7
第364号『自愛自信』

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【束ねられた薪】

なんの因果か1月2日の生まれである。
一応、戸籍謄本にはそう記載されている。
故に、誕生日会もバースディケーキに立てたロウソクの火を吹き消す、という経験も持ち合わせていない。
祭の準備の高揚感も、祭り日の陶酔感もない。
ただ、祭りの後の散乱したカオスだけが残っている。
1月2日とはそんな日である。

仲間との集まりやパーティが好きだ。
子供時代の欠落を埋めるための渇望であろうか。(笑)
そんな事情もあり、いつのころからか一年の計は2日に立てる。
では、元旦は何をするか。
ひたすら日記を読み返す。
ともあれ、カオスから這い上がるためには、まずは足 下の一年分のゴミを拾うことから始まる。
そして2日にそのゴミの中からこれは捨てられないと思うコトや、磨けばキラリと光るモノを寄せ集める。
勿論、積み残したままの野心も。

今年、10の実現することを備忘録として記す。

「企業ファンサイト入門」の続編を書く。
・週1回勉強会を開催する(参加ご希望の方一報下さい)。
・昨年末オープンしたコミュニティサイト「andparty」 の本格始動、参加する先生100名、メンバー5000名規模にする。
・新規の企業ファンサイトを5つ手掛ける。
・関節リウマチ研究の第一人者、 医学博士中島利博先生(平成17年度ノバルティス・リウマチ医学賞を受賞され、現在キルギス共和国大統領医療顧問)主催「シルクロードの健康的な未来を考える会」NGO法人の設立する。
・3つのロードレースに参加し完走する。
・本100冊読む 。
・映画50本観る。
・人間ドックで検診する。
・黒字経営を死守する。

心掛けていることがある。
自分を愛すること、そして自分を信じること。
自愛自信。
逆が自暴自棄である。
他に憧れて自信を失えば自ずと醜くなる。
他を低く見て、増上自慢すれば自ずと卑しくなる。
これは、理である。

この一年、最高の年になるよう一つ一つ積み重ねたい。
今年もよろしくお願いします。


執筆者のプロフィール

ファンサイト有限会社
代表取締役
川村隆一

1952年1月生まれ。
日本大学芸術学部卒業。
日活株式会社、日本工学院専門学校映像デザイン美術科(現)グラフィックデザイン科専任教師、株式会社Cカンパニー、株式会社ナガセ等を経て、ファンサイト有限会社を設立。
資生堂・イオングループ・キリンビール・マツダ等の企業コミュニケーション/広報活動のためのディレクションとプランニングを手がけてきた。

【書籍】「企業ファンサイト入門」日刊工業新聞社刊 2006年

【賞】経団連海外広報センター最優秀デザイン賞(横浜銀行アニュアルレポート)

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