The Value of Life

2018年07月27日第456回「民衆の歌」を歌いました

 

先日19日、2011年の福島原発事故で神奈川に避難した方々が国と東電を相手に提訴した「福島原発かながわ訴訟」の最終結審がありました。

現在神奈川県には強制・自主避難併せ2400人ほどの方があの日を境に、慣れない生活のなか暮らしています。
この訴訟原告団は、その避難者で結成され、2013年に提訴。
これまで実に4年10ヶ月のあいだ横浜地裁での度重なる口頭弁論や意見陳述を続け、ようやく先日19日に最後の申立である結審日を迎えたのです。

私はその原告団を支援する「福島原発かながわ訴訟原告団を支援する会(通称ふくかな)」のメンバーとしてお手伝いをしていました。
その関係で今年の3月「最終結審日は、より多くの人にこの訴訟を知ってもらい、裁判官や世間にアピールできる施策を考えてほしい」と依頼されました。

「え!原告団の応援でアピールできるってなんだろう?声をかけるだけじゃないのか…」と最初は戸惑いつつも「5年近くをたたかってきた方々を労い、かつこれからにつながる元気をもってほしい」といろいろと考えました。

そこで、今年の3月に国会前の抗議行動で大きな話題となった「民衆の歌」をみんなで歌うという企画を思い出し、「あれしかない!」と早速友人らに声をかけてチームを結成することにしました。
「民衆の歌」は、有名なミュージカル「レ・ミゼラブル」で民衆たちがフランスの圧政に対し、力強く自分らの尊厳を歌い上げる名曲です。

実際に3月に国会前に参加し、とても感動した私は、このアピールは、反対や批判という拳を振り上げる形とは違い、多くの人の心に届きやすく、印象に残ると思ったのです。

とはいえ原告団の入廷は平日の朝9時。
合唱はもちろん、伴奏の楽器隊も必要だし、仕事もあるなかでどれだけの人が来てくれるのかが分かりません。
そうした不安もありましたが、告知を開始したらFacebookで繋がっている多くの仲間たちが、わざわざ仕事を休んでまで予定をあけてくれ、一緒に協力してくれました。

そして当日。
快晴で猛暑のなか、原告の入廷を前に、のぼりを立てる人、横断幕を持つ人、楽器を準備する人などが地裁前に溢れかえりました。

いよいよ原告団の入廷がはじまりました。
みなさんを大きな歌声が包み込み、彼らが入廷するまでそれは続きました。
その様子をカメラクルーの橋本さんがまとめてくれました。どうぞご覧ください。

そして午前の審議が終わり、昼休みは裁判所近辺を300名以上の人達でデモ行進し、午後の審議をした後に報告集会という長い1日が終了しました。

4年10ヶ月のうちに6名の方がふるさとを恋しがりながら亡くなったといいます。報告集会はその方々への黙祷から始まりました。
しかし、この日参加していた神奈川県以外で同じように訴訟をたたかう原告団の方から「今日のみなさんの支援に本当に感動し、励みになりました」と、私らが思っていた以上に彼らを勇気づけることができたようでした。
弁護士さんも「行進していて本当に泣きそうになりました。この歌を各地の原告団や応援にも知ってもらいたいです」と言ってくれたのです。

裁判の原告を歌で応援するという企画は、過去記憶にありません。
その意味ではとても画期的だと思いましたが、私が特別になにかをしたわけではなく、みんながこの企画に賛同し集まってくれたからこそ実現したのです。
音楽のもつ力を心から感じた素晴らしい体験をさせてもらい、原告団や協力してくれた友人らに心から感謝しています。

この訴訟の判決日は2019年2月20日。
これから裁判官はこれまでの資料をもとに判決文を仕上げるとのことですが、この日までにも引き続き私ら市民が、この事故に対して忘れていないこと、そして原告団の勝訴を勝ち取るためのアピールを署名で行うことになりました。

下記にリンクを貼っておきますので、ぜひご協力いただけたら嬉しいです。
スマホやPCから入力可能。ダウンロードしてプリントアウトもできます。
https://sites.google.com/site/fukukanaweb/home

そして来年2月20日、判決の日。私は原告団や支援者の方々と勝利の歌を再び歌おうと思っています。
またこちらでもお知らせしていきますので、あの日以来、未だに現実生活に戻れず、たたかわねばならない方々が全国にいることを覚えておいていただければ幸いです。

 

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執筆者

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柳澤 史樹

フリーライター/ 自分史アドバイザー。
歴史を楽しむ情報サイトや企業ファンサイトのマネージメント、ビジネスコンセプトやコピーの執筆、多数の著名人取材などの他、現在は一般社団法人 自分史活用推進協議会認定 自分史活用アドバイザーとして、個人の軌跡を残す「自分史」を活動の軸とする。
2016年暮れ、地元横浜から相模原市緑区へ引越し、農的暮らしと執筆生活の両立へシフトチェンジ中。

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