The Value of Life

2018年04月13日第447回 初七日の奇跡

先週の父の永眠からちょうど1週間が経った初七日の昨日、無事に告別式を執り行うことができました。

母は長女で、三人の妹と一人の弟がおり、その子供や孫も含めなんだかんだと30名以上にもなりました。
私が小さいころからしょっちゅう集まっていて、笑いの絶えない宴の中心にいつも父がいました。
その父の明朗という名の通りの明るい性格から、湿っぽい会は望んでいないはず。
無宗教のためお坊さんも呼ばず、そのかわりに言葉の人だった父との関わりを、おなじように言葉で送ってもらおうと、数人に弔辞を述べてもらいました。

家族葬でありながら、どうしても来たいと名古屋から来てくれた作曲家の藤村先生ご夫妻。
父の最期の日まで真心のこもったケアをしてくれたグループホーム「つくしの家」のみなさん。
そして誰よりも父が可愛がっていた姪っ子。

団地のまつりで初めて浴衣を来た姪にご機嫌な顔。

どの言葉も、それぞれの人のなかに残る父の姿がありありと浮かぶ、素晴らしい弔辞でした。
式後に残った親戚で実家に戻り、父の写真を囲み、笑いの絶えない思い出を共有しました。

そんな一夜が空けた今朝、知らない番号の着信に出てみると、昨日式に来てくれたつくしの家のOさんでした。
もうすぐ父親になるというOさんは弔辞で「明朗さんのことをとても好きでした。生まれてくる子供を柳澤さんに抱いてほしかった」と言って号泣してくれました。

そのOさんが「不思議な体験をしました」というのです。
葬儀のあとご自宅に帰り着替えていたところ、身重の奥さんが突然大きな声で「ちょっと来て!」と叫んだそうです。
聞くと玄関から影のようなものが来て、奥様の身体をすっと抜けていったことに驚き、大きな声を出してしまったとか。
不思議なことに、全く怖いという感情が奥様にはなかったと聞いたOさんは「わたしがあんなことを言ったから、柳澤さんが生まれてくる子どもに会いに来てくれたんだと思います。ご家族なら信じていただけると思って。」と言ってくれました。

その言葉を電話で聞きながら、目頭がまたもブワーと熱くなりました。
なによりも子どもが好きで、その未来について希望を持ち、語り続けていた父のことですから、Oさんのお願いを聞いて矢も盾もたまらず挨拶に、赤ちゃんに会いにかけつけたんでしょう。

なんとも父らしいこのエピソードを、みなさんにお伝えしたく、今日のブログの内容を急遽変更しました。
このような話しを信じる信じないはもちろん自由ですが、私は必ず魂の存在はあるとこれまでも思ってきましたし、Oさんのこの体験は、その確信をさらに確固たるものにしてくれました。

一夜あけた今朝は母を病院へ戻し、仕事へ行く兄とも分かれ、家族はふたたび普段の生活に戻り始めました。
しかし、人のつながりをどこまでも信じていた父が演出した「初七日の奇跡」は、今日のおだやかな天気とともに、私をとても清々しい気持ちにさせてくれました。

父上も粋なことするね。お疲れさま。本当にありがとう。

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執筆者

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柳澤 史樹

フリーライター/ 自分史アドバイザー。
歴史を楽しむ情報サイトや企業ファンサイトのマネージメント、ビジネスコンセプトやコピーの執筆、多数の著名人取材などの他、現在は一般社団法人 自分史活用推進協議会認定 自分史活用アドバイザーとして、個人の軌跡を残す「自分史」を活動の軸とする。
2016年暮れ、地元横浜から相模原市緑区へ引越し、農的暮らしと執筆生活の両立へシフトチェンジ中。

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