花期花会

2019年10月31日第46回『地域イノベーター紹介-その13』

折込広告文化研究所の鍋島です。

前回に引き続き、我が関心事、地域をデザインしているイノベーターを紹介します。

へぇ~、こんな面白い人が、こんな素晴らしい人が、いるんだ~と軽く受け止めていただければ幸いです。

「地域イノベーター」シリーズその13

今回の地域イノベーターは、北海道の札幌市、札幌新陽高校で日本一若い校長さんとして本気で教育改革・学校改革に挑戦・取り組んでいる荒井 優(あらい ゆたか)さんです。

< 荒井 優さん >

札幌市澄川に在る札幌新陽高校について説明します。

この学校は荒井さんのお祖父さんが戦後、これからは教育が大事だと札幌商業高校の教員を辞めて36歳で立ち上げた学校です。

しかし無念なことに、ご本人は3年後に心筋梗塞で亡くなりますが、学校そのものは続きます。

< 札幌新陽高校の入り口 >

荒井さんのお父さんは学校を継がず、国選に参加します。

衆議院議員です。

しかし、お父さんも札幌地区70もある高校の中で偏差値が最低クラスという理由で、定員割れが数年続き、経営の立て直しするために、2015年に70歳で理事長に就任します。

が、国会議員さんが理事長になったことで、今までいた校長とは折り合いがつかず、校長は辞めてしまいます。

次の校長になる人を探さなくてなりません。

そこで優さんが登場します。

2016年2月1日に荒井さんは校長になります。

さて、荒井さんは40歳まで何をやってきたのでしょう。

荒井さんは大学卒業後にリクルートに入社し、その後、2008年にソフトバンクに移ります。そして、ソフトバンクの孫社長の社長室に配属されます。

2011年3月11日に東北大震災が発生します。

1ヵ月後、孫社長と電話回線などの現状を把握するために震災現場に行きますが、帰りの車中で孫社長から「これからの復興のために個人で100億円寄付するから使い道を考えなさい」と言われます。

これが転機になります。

そこで、公益財団法人東日本大震災復興支援財団専務理事に就任し、被災地の支援活動に従事します。

荒井さんが、その支援活動で、いつも気にしていたのは地元の子供たちのことでした。

原発から30キロのところにある広野町に、ふたば未来学園という県立高校ができますが、その学校のビジョンをつくるところから荒井さんは参画します。

30回以上「双葉郡子ども未来会議」を開き、学校にいろんな新しい手法を取り入れることもしました。

そういった経験が札幌新陽高校の校長を引き受ける「覚悟」に繋がったと荒井さんは言います。

「僕は本当に教育の素人だけど、産業界から参加させてもらっている身として、こういう学校があったらいいなと常に考えています。」

では、荒井さんが校長になって、どんな変化があったのでしょう。

荒井さんが校長になる直前のオープンスクール(学校説明会)には中学生や保護者70人しか参加せず、入学生は定員280人のところ155人、定員に対して55%しか入学しませんでした。

2016年2月1日、荒井さんは「覚悟を決めて」校長に就任します。

校長就任後、10月から12月にかけて多くの中学3年生と保護者に向けて講演を続け、その年のオープンスクールには400人の中学3年生と保護者が出席し、何のために高校があるのか、新陽高校の取り組みを説明した結果、2017年4月の入学生は322人と定員を15%上回りました。

< 校舎窓下のスローガン >

また、その新入生322人でYOSAKOIソーラン祭りに出場しようと決め(荒井さんが大学生の時にYOSAKOIソーラン祭りの実行委員長をしていた)、職員たちの反対を押し切って「まずやってみよう。新しい新陽高校の伝統を創ることにチャレンジしよう」と実行しました。

その結果、多くの市民や観光客が見守る晴れ舞台で、1年生たちは踊り切り、笑顔が溢れ、誇らしげな顔つきになり、一体感が生まれた。保護者もよろこびました。

さすがに産業界にいただけあって、異業種との提携(コラボ)は得意です。

アウトドア用品メーカーでアウトドアライフを提案するスノーピークと提携して、野外で教科書を使わない授業を取り入れました。

プロバスケットボールチームのレバンガ北海道とコラボし、レバンガの選手が新陽高校バスケットボール部の外部コーチとして指導する代わりに、部員がレバンガの試合でモッパー(コートにモップを掛ける役目)を務めました。

モッパー役の部員6人は彼らが自分たちで考えた「新陽ソーラン」を踊りながらコートを拭いたら評判になり、ホーム試合は全て新陽高校バスケ部がモッパーを務めることになりました。

入学金も一人親の家庭(札幌市はシングルマザーが多い)などでは負担が大きいから25万円を10万円にし、更にオープンスクールに2回参加したら半額の5万円にしました。

2019年度からは教育改革として、これまでの「覚えるだけ」を「考えて実践していくこと」に変えるため「探求コース」を設けました。

誰かに教えられたものではなく、自分だけの自分が創り出した解を身に付け、仲間と協働して本気で課題解決に取り組む、そんな探究コースです。

広報活動ではありませんが、新陽高校の現状を、今を知ってもらうために、荒井さんも校長日誌をほぼ毎日アップしており、新陽高校には、たくさんの公式SNSがあります。

公式Facebookには動画がいっぱいあり、公式インスタグラムからは写真で学校の雰囲気が伝わります。先生たちのブログや各部活の取り組みや様子なども公開しています。

荒井さんが校長になって4年目、これからもPDCAを回しながら、常に本気で挑戦する生徒・先生・校長の新陽高校、目が離せません。

昨年10月27日の土曜日、私が札幌に行った時、アポなしで新陽高校のスローガンの写真を撮りたくなって校内に入りました。

すれ違った生徒が校長さんがいるよと教えてくれたので、校長室をノックし中に入った時の荒井さん。

「なんで東京にいる鍋島さんがいるの?」

荒井さんを驚かせました。

< 私が突然訪問した時の荒井さんとの握手の写真 >

次回また、素晴らしい地域イノベーターをご紹介したいと思います。

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「鍋島」のプロフィール

鍋島裕俊(折込広告文化研究所 代表)

*1950年、佐賀県佐賀市に生まれる。

*1980年に朝日新聞社系の折込広告会社に営業で入り、その後、出版、マーケティング、社長室、メディア戦略を経て、無事に卒業(2015年)。

*折込広告全国大会の研修会・分科会や本会議での研修講師や基調講演の講師をプロデュースしている。これは業界への恩返しと考えてのサポート。

*研究テーマは、①折込広告の全般研究、②折込広告史の研究、③地域メディアの研究。

*お節介していることは、全国各地のまちづくり・地域づくりの当事者やそれを紹介するメディアの編集者たちを、勝手に紹介・繋いだりすること。

*2014年に「折込広告文化研究所」を設立。

*折込広告に関する執筆は、「商業界」「食品商業」「宣伝会議」「販促会議」「物価資料」など、過去に多々掲載された。

*印刷会社の“街おこし” 一般社団法人マーチング委員会の渉外部長。

*全日本印刷工業組合連合会(全印工連)CSR認定委員会の委員(前認定委員長)。

*その他、数店のお気に入り店舗(飲食店&本屋さん)の口コミ宣伝部長の名刺がある。

*オリケン・セミナーを定期的に主宰(達人シリーズ、著者シリーズ、今が旬シリーズ)。

*facebookでの発信は、多岐に渡る。

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執筆者

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鍋島 裕俊

(自称:折込広告研究所所長)

1950年、佐賀県佐賀市に生まれる。
1980年に朝日新聞社系の折込広告会社に営業で入り、その後、出版、マーケティングを経て、現在、メディアの方向性を考える戦略セクションに所属。
折込広告全国大会の分科会やセッションのプロデュースを担当(2000年の横浜大会、2008年の東京大会、2010年の東京大会)。
研究テーマは、(1)折込広告の全般研究、(2)折込広告史の研究、(3)新聞販売店のイノベーション研究など。特に新聞販売店のイノベーション研究は、2011年9月から早稲田大学ソーシャルアントレプレナー研究会で新規講座を開催。
折込広告に関する過去の著作は、「商業界」「食品商業」「宣伝会議」「販促会議」「物価資料」などに掲載。

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